第73話 リンドール・アストリウス辺境伯4
「いやぁ……いいのを貰ってしまったな」
骨が砕けた左手をぷらぷらと揺らしながら笑う辺境伯に、苦笑いが出てしまう。普通、手の骨が砕けた状態で笑えるか?
彼が帝国最強の武人であると言われる理由も、なんとなくわかってきた。固有魔法が強いとか、圧倒的な身体能力とそれを強化する魔法なんて小さなものじゃない。
周囲で戦いを見守っているアストリウスの私兵たちも雇われた傭兵たちも、誰もがリンドール・アストリウスという男の勝利を疑っていない。そう思わせるだけの精神力と凄み。どちらも、強い固有魔法を持っただけの子供である俺にはないものだ。
「まぁ、だからこそ勝つんだけどな!」
歴戦の軍人にはそれ相応のプライドが存在するが、守られるガキにだって通したい意地は存在する。それだけの話だ。
「戦場で良い目をする。リリアナ殿下が気に入るのもわかる」
「っ!」
「ほう? やはりもう私の移動には対応してくるか!」
三度の瞬間移動。原理はとても簡単で、俺と辺境伯の間にある空間を圧縮することで飛んでいるのだ。空間を圧縮するなんて出鱈目なこと、模倣してもできそうにないが、この歴戦のおっさんである辺境伯は涼しい顔をして平然と行使する。
ただ、辺境伯の扱う固有魔法を完全に見切った今なら、もう俺に負け筋は存在しない。
「これならどうだ……『圧縮』!」
「『反転』」
「ぬぅっ!?」
両手を使って、俺の周囲の空間ごと全てを圧縮して潰そうとする辺境伯の固有魔法を、娘のミミーナ・アストリウスの固有魔法である『反転』で膨張させる。
圧縮されようとしていた空気が一気に膨張したことで、辺境伯は勢いによって弾き飛ばされた。
「これ以上、余計な抵抗はしないでください。お互いに、怪我じゃすまなくなりますよ」
「……お互いではなく、私だけだろう」
弾き飛ばされた辺境伯へ『転移』で近づき『火炎剣』を突き付ける。
アストリウス辺境伯ともなればまだ隠しの手札くらいあるだろうが、なにが来てもすぐさま『停止』が発動して『圧縮』を無力化できるようにしてある。
俺が思っていたよりもあっさりと、辺境伯は負けを認めた。実際、これ以上続けても俺が有利になるだけだが、無傷で終われるかと言われれば可能性は零ではない。だから、この辺でやめておくのが互いのためだ。
「本当に、辺境伯に勝っちまった……」
「あれが今年の魔法祭優勝者か」
「あれで5等級は詐欺だろ?」
周囲から色々な言葉が聞こえてくるが、俺の実力を否定するような言葉は聞こえてこない。そうなると、俺と辺境伯の決闘本来の目的は達成されたと言ってもいいだろう。
傭兵は実力社会であり、年下であろうが女であろうが自分より強ければ認める。そういう連中だ。
私兵も、辺境伯の力を信じてついて来ている奴が多いのだろう。辺境伯が負けることは信じていなかったが、それでも負ければ認める。軍人らしい連中だろう。
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