第72話 リンドール・アストリウス辺境伯3

「うーむ……本当にいい魔法師だ。すぐにでも私の家で囲い込みたいぐらいにな」

「光栄です」


 超高速で振り抜かれた拳を見送りながら、俺は必死に頭を使っている。リンドール・アストリウスの固有魔法は未だ正体が掴めない。今度こそ消失系の能力かと思ったが、どうやらそんな簡単な固有魔法ではなさそうだ。そうでなければ、俺の攻撃全てを消失させているはずなのだから。仮に、彼が消失系の固有魔法を使わない理由が、俺の固有魔法によって模倣されることを警戒してのことならば、それほど様子見に回る必要もないだろう。

 どちらからも大きく仕掛けることなく数分間走り回っている中、俺はある決断を下した。単純に、避けきれない攻撃をぶつけてやるだけだが。


「『停止』!」

「むっ、これはリリアナ殿下の……」


 彼が地面を蹴る瞬間に、リリアナ殿下の『停止』を使うことで身体強化の魔法を停止した。これで超高速の戦闘は封じられる。この状況ならば、彼も避けられる魔法は少ない。


「『毒矢』、『燃焼』」


 素早く虚空から毒の矢を放ちながら、それら全てを勢いよく燃やす。爆発するような大きな炎を発生させた燃える矢の雨に対し、やはりアストリウス辺境伯は笑顔のまま手を突き出す。


「……これでどうかな?」

「はは……マジですか?」


 今にも辺境伯の命を奪おうと迫っていた炎の雨が、全て消えてしまった。と思えば、アストリウス辺境伯が握っていた手を開けば、そこからぐしゃぐしゃに潰され、燃えカスになった矢が大量にこぼれ落ちていくのが見える。


「『圧縮』ですか」

「その通りだ。少しヒントを与えすぎてしまったかな?」


 今、辺境伯は炎の雨が降り注いでいた空間を圧縮して握り潰したのだ。『風の刃』を消したのも同様に、放たれた魔法を手で握りつぶしたのだ。これがリンドール・アストリウス辺境伯の固有魔法。単純にして強力無比な固有魔法だ。


「さて、本番だな」

「っ!?」


 言葉を受けて構えた瞬間に、辺境伯が既に目の前にいた。今までのような高速移動ではなく本当に突然、目の前に現れたのだ。

 彼の身体強化は未だに停止したままなのに、何故いきなり現れたのか。考える間もなく握り締められた拳を交差した腕で防ぐ。


 動きが見えないなら『未来視』で相手の動きを予測し続ける。

 俺の予知に映っている辺境伯は、やはり突然俺の目の前に現れていたが、じっくり眺めたことでその能力の正体もつかめた。


「ふっ!」

「むっ!?」


 瞬間移動から放たれた拳に、カウンターの要領で『強化』『加速』『加重』を合わせた拳を放つ。辺境伯は咄嗟に防ごうと左手を俺の拳の前に出すが、めり込むようにして指の骨を砕きながら殴り飛ばした。

 これで、ようやく高速移動するおっさんに一発叩き込めた訳だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る