第68話 依頼人に会います

「はぁ……」


 最近、溜息が増えた気がする。

 悩み事が多くなったと言うより、悩み事を気にすることが多くなった。

 力を持て余しているとか、抑えきれない衝動が俺の中にあって、それが今にも暴走しそうみたいな、そういう抽象的なものではなく、今の俺には考えることが多い。


 帝国魔法祭で優勝したこと自体に後悔はない。参加することは俺が決めたことだし、自分の能力を正確に把握できるようになってきて、もしかしたら優勝できるかもしれないとは思っていた。

 リリアナ皇女殿下に恋愛的な感情を抱かれていることにも、あまり問題はない。今のところ彼女は、学生恋愛という枠で俺との関係を楽しんでいる節があるし、将来的な婿としてはまだ考えていないだろう。

 冒険者になったことは間違いではないだろう。スケールさん、ガルデンさん、アルベルトさん、スイッチさん、キーニー。知り合った冒険者の数は多くないが、厄介ごとを向こうから持ってきそうな人は少なそうだ。


 俺の最近の溜息の原因は、もっと根本的な所にあると思う。自分のことなのに他人事のようなことを言うが、なんだか誰かの意図を感じてしまう動きなのだ。力を持つ俺を、そういう風に誘導しようとする誰かの動きを、感じてしまう。


「おぉ……来てくれたのは君だったか、ライト・リースター君。5等級冒険者になったようだね」

「ご無沙汰してます。アストリウス辺境伯」


 冒険者協会の馬車に乗ってカーナリアス要塞都市までやってきた俺は、要塞都市の支配人であるリンドールアストリウスその人に会った。

 依頼人がこの人本人なのだから仕方がないのだが、辺境伯とそのまま一対一で話す機会が生まれるとは思っていなかった。


「それで、冒険者を呼んだ理由を聞いても?」

「そう、だな……君とは色々と話してみたいところだが、今回は手早く本題に入ろう」


 俺が学生の身分であることを考慮してくれたのか、それともそんなことも気にならないほど切羽詰まった状態なのか。アストリウス辺境伯の表情や、ここまで案内してくれた使用人の顔色を見るに後者だろう。つまり、帝国が誇るアストリウス辺境伯ですら手を焼く事件が起きているのだ。


「今回、冒険者協会を頼った理由は実に簡単なこと。モンスターの対応は専門家に任せようと思ってね」

「モンスター退治、ですか?」

「そうとも。冒険者の仕事としては基本中の基本だろう?」


 帝国に所属する軍人は国を守り、他国と戦うことを想定して訓練している場合が多い。それに比べて冒険者協会は、実力者を募り、対モンスターを想定して作られた組織である。


「最近、カーナリアスの近くにあるモンスターがやってくるようになってね」

「あるモンスター?」


 そのあるモンスターとやらがアストリウス辺境伯を困らせているのだとしたら、かなり面倒なことになりそうだ。なにせ、帝国一の実力を持つとされる武官が、厄介だと言い切るモンスターだ。まずまともな相手ではない。

 そんな俺の悲観的な予想は、見事に的中してしまったようだ。


「山脈から降りてきたのだろう。昔から伝わる龍種の一体、クリムゾンドラゴンだ」


 出てきたモンスターの名前を聞いて、本日何度目かもわからない溜息が出てしまった。

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