第30話 実験が失敗しました

「ゲホッ!?」

「だ、大丈夫ですか教授?」

「う、うむ……助かった」


 固有魔法研究室の研究棟から白い煙が上がっているだろうが、その程度では誰も驚かないのがこの学園のすごいところだろう。なんなら、他の研究棟から火が出ているのを見たことがあるが、一瞬で消えていた。魔法の世界は何でもありだ。


「何をしていたんですか?」


 固有魔法の研究は、基本的にこんな煙が出るような事態は起きない。基本が魔力の性質であったり、他人の固有魔法を記録したりするのが主だからだ。なのに今日は何故か研究室から、科学実験に失敗したかのような煙が上がっていた。


「実は、君の『模倣』を真似しようと思ってね」

「も、模倣を真似するんですか?」


 模倣が大渋滞である。

 教授が何を言おうとしているのかは理解できているが、言葉だけで聞くと意味が分かり難い。

 つまり、教授は俺の『模倣』を真似て、他人の固有魔法を発動させようとしたのだろう。


「アリスティナ君がそこで疲れた顔をしているのは、魔力の使い過ぎが原因なのだが、研究室の煙は私のせいだ」


 そう言いながら、教授は一枚の紙を手に取って俺に見せた。そこには、教授が使っている『交換』の固有魔法よりも更に複雑な固有魔法の魔法構築式が書き込まれていた。真面目に学んでいない人では、理解することもできない構築式を見て、俺はそれがどんな効果を及ぼす固有魔法なのかを見抜いた。


「これは氷、いや『凍結』ですか?」

「流石だライト君。これは帝国魔法学園に過去所属していた生徒の固有魔法の構築式でね。彼女は優れた魔法師だったよ」


 この固有魔法の使い手が魔法師として圧倒的な才覚があるのは、構築式を見ればすぐにわかった。フリム教授のような一見すると複雑に絡み合っているようで、その実全く無駄のない構築式とはまた違う再現が難しい構築式。


「この魔法師は、構築式をオリジナルで変化させているんですね」

「そうだ。彼女は自らの固有魔法を高めるために、オリジナルの構築式を挟み込んだんだよ」


 信じられないことである。固有魔法の構築式にオリジナルを組み込むというのは、生まれた時から持っている感覚を一度捨て、身体を無理やり弄繰り回すようなものだ。二度と固有魔法が使えない身体になっていても、おかしくなかっただろう。


「こんな魔法師の機密同然である構築式があるのは、その魔法師がこの固有魔法研究室の所属だったからなんだがね」

「成程」

「それで、君の真似をして構築式を組み立て、魔力を少し変質させて流したらどうなるかと思ってやってみたら、ご覧の結果だ」


 フリム教授の思い切りのよさには苦笑いが浮かんでしまう。少しぐったりしているアリスティナも、きっとこのために魔力を注ぎ込んだのだろう。二人して固有魔法のことになると周りが見えなくなるらしい。

 俺がこの固有魔法研究室のブレーキ役にならねばと、一人で決心を固めた。

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