第2話 助かりました

 死ぬ前に思い出すのは、前世で死んだ記憶。

 土橋光太という人間だった時の記憶。

 普通に生きていたのに、仕事帰りにトラックに轢かれて、呆気なく死んだ記憶。

 それから、神様には会えなかったけどネット小説の定番みたいな異世界転生をした記憶。


 お母様に愛されて生まれた。/母親は俺を嫌っていた。

 お父様も昔は優しかった。/父親は俺にはいなかった。

 お母様が死んでお父様は厳しくなった。/母親は俺にすぐ暴力を振るった。

 俺には才能がなかった。/俺には才能がなかった。

 お父様が新しい妻を作って家にいたくないと思った。/家にいたくないと毎日思っていた。

 弟が産まれて守ってやろうと思った。/仲のいい友達ができた。

 守ってやろうと思った弟の方が才能があった。/友達はなんでもできる奴だった。

 俺は家ではお父様に罵倒されるだけだった。/家では母親に殴られるだけだった。

 俺は貴族のパーティーに出ても嘲笑の対象だった。/小学校でもいじめられていた。

 弟は俺のことを馬鹿にしていた。/友達はなにもできない俺を笑っていた。

 俺は/俺は


 どうしようもない無能だった。




「目が覚めましたか?」


 死んだと思っていたのに、目を開けるとしわしわの顔があった。ぼんやりとした意識の中、その名前が記憶の中にある人間と一致した。


「アー、ノルド?」

「はい。昔に坊ちゃまの執事をしていたアーノルドでございます」


 お母様がまだ生きていた頃、お父様がまだ優しかった頃に俺の世話をしていた執事。かなり前に引退して、街で余生を過ごしていると聞いていた人物が目の前にいた。


「なんで……俺、生きてる?」

「私の固有魔法はご存じですよね?」

「……回復」

「正確には自然治癒力を助ける力ですが、概ねその通りです」


 アーノルドは俺に優しかった。孫を見ているような感覚だと昔、俺に話してくれた。お母様が子供の頃から仕えていた人らしい。


「何故ライトお坊ちゃまがあのような怪我を……いえ、誰がやったかはわかっております」

「なんで?」

「全身の骨が砕けるかのような一撃によって、ライトお坊ちゃまの身体は傷ついていました。こんな魔法、レント様の「衝撃」しか私は知りません」


 暗い顔をして俯いているアーノルドを見て、俺はぼーっとしていた。

 お父様が俺のことを才能のない奴だと、殺そうとした事実が受け入れられないのだ。俺が初めて触れた父親という存在が、前世の母親の顔をしたあの他人と同じだと、思いたくなかった。


「……お坊ちゃま、どうか気を確かに」

「確かにしてどうするんだよ……俺はもう生きてく場所も力も金もなにもない……そこらの浮浪者よりゴミだ」


 痛々しいものを見るような視線を向けてくるアーノルドの視線が、妙に頭に残っている。

 母から受け継いだ黒色の髪が、力なく垂れ下がっている気がした。

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