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兄、桧原ハジメの母である桧原
パパは三回結婚して二回離婚して、子どもはわたしとハジメ兄さんを含めて9人いる。ハジメ兄さん以外は全員生きてる。奇跡的に。でも誰もこの町にはいないんだ。パパの近くにはパパの子どもは寄り付かない。それはそうだよね。パパはヤクザだから。パパの側にいると、すごく悪いことが起きるから。実際ハジメ兄さんの身には最悪なことが起きてしまったから。
でも。でもね。ハジメ兄さんは帰ってきた。10年前、16歳で凍死したハジメ兄さん。嬉しいなんて思わない。どうして。怖いよ。もう死んだはずの人が家でパパとご飯を食べて水彩画の話をしてる。そんなのわたしひとりじゃ抱えきれない。それにわたし──わたしだってヤクザの娘だ。こんな異常なことを相談できる友だちはいない。ハジメ兄さんの件があるから、ハジメ兄さんを殺したやつらが今パパの下で人には言えない仕事をさせられてるってみんな知ってるから誰もわたしをいじめたり危害を加えたりはしないけど、わたしには味方がいない。誰も助けてくれない。どうしよう。誰か話を聞いて。もしもわたしが狂っているのなら、おまえが狂ってるだけだってわたしに教えて。
半泣きでハジメ兄さんの遺品を探っていたら、中から手帳が出てきた。ハジメ兄さんの几帳面な字で、何人かの名前と電話番号が書かれていた。兄さんの携帯電話は兄さんが殺された時に壊れてしまった。でも、あの人は几帳面な人だったから、仲良くなった人の名前と連絡先をこうやって書き残していたんだ。
ダメ元で3人に連絡して、やっぱりダメだった。摂津には関わりたくないって。そりゃそうだよね。それで4人目。小野美佳子さん。初めて女の人に電話をした。わたしの名前を聞いた小野さんは大きく息を呑み、桧原くんの話? と聞いてくれた。わたしはその場で──家の中で電話なんかしていたら誰に見咎められるやら分かったものじゃないから通っている高校の近くの公園にいたのだけど、泣き崩れてしまった。やっと話を聞いてくれる人がいた。兄さんが。ハジメ兄さんが家にいるんです。小野さん信じてくれますか?
小野さんは少しのあいだ沈黙し、すぐには信じられないけど、と小さく小さく呟いた。でも摂津さんがそんな風に追い詰められているのなら、わたしも何か協力したい。天使だ、と思った。天使。マリアママはキリスト教の人だった。わたしも聖書を読んで育った。小野さんは天使だ。わたしの話を初めてまともに聞いてくれた。それで小野さんとわたしは、こっそり連絡を取り合い、今家にいるハジメ兄さんについて調べ始めた。
小野さんが家に来たのは一度だけだ。探偵とその助手を招いた日をカウントしていいなら二度。その一度目は真夜中で、ハジメ兄さんとパパと新ママがお酒を飲んでいる様子を小野さんにも見てもらうためだった。そう、パパは再婚している。三度目の結婚だ。とても若い女の人。わたしはその人のことが嫌い。
小野さんにわたしの部屋の窓から家に入ってもらい、足を忍ばせてパパの部屋まで行った。パパの部屋は広くて、大きなテーブルがあって、パパは本当に気に入っている人間しかその部屋に入ることを許さない。引き戸は小野さんが来る前に少しだけ開けておいた。もう宴会は始まっていて、パパもハジメ兄さんも新ママもドアの方なんか見ていなかったから。それでドアの隙間から中を覗いて──。
小野さんはすぐに此枝さんという人に連絡を取ってくれた。DJナインフィンガーのことだよと言われてちょっとテンションが上がってしまった。DJナイとMC犀は女子高校生のあいだでも大人気だ。ふたりが高校からの親友っていうのがまたいいんだよね。っていう話はどうでもいいとして。どうしてDJナイに連絡するんって聞いたら、DJナイくんもお兄さんと同じ目に遭っているからと言われた。それは殺されたってこと? 違うよと小野さんは首を振った。
DJナイもね、手の指が一本ないんよ。
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