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小野美佳子とはQ県内でいちばん大きな駅で合流した。新幹線も停まる駅。俺帰りは新幹線に乗ろうかななどとヒサシが嘯いているが、間宮とて単独での移動ならクルマではなく新幹線を利用した。ふたりだと切符代よりもガソリン代の方が安いのだ。帰りも市岡ヒサシには間宮最が運転するクルマに乗ってもらう。
小野美佳子は制服姿の少女を伴って、駅ビルの中にある喫茶店で間宮と市岡の到着を待っていた。ちらりと店の入り口に貼ってある紙を確認したところ「お喋りは最低限に」「マスク必須」「店内全面禁煙」と書かれている。それはまあそうだろう。
「お待たせしました、小野美佳子さんですね?」
声をかけたのは間宮だった。コーヒーを飲みながら窓ガラスの向こう、改札に続く長い階段を上ったり下りたりする人たちをぼんやりと眺めていた黒髪の女性が、弾かれたように間宮を見上げた。一方同じく黒髪ではあるがインナーカラーに燃えるような赤を入れている間宮は、できるだけ物騒に見えないよう目だけで微笑んで見せる。
「間宮最と申します。此枝花見さんからご依頼をいただきました」
「あっ……、お、小野です。初めまして。あの、遠くから、ありがとうございます」
肩口で切り揃えられた髪をふわりと揺らし、小野美佳子が頭を下げる。まあまあもっと気軽にいきましょうよ、などと言いつつ間宮は小野と制服の少女の正面に腰を下ろす。ヒサシは──未だ自己紹介もしていない市岡ヒサシは、なぜか木偶のように突っ立ったままだ。
背の高い男である。190センチ近い長身だ。それに見た目がいい。過去ホストをしていたというのも大学時代のバイト程度らしいのだが、当時知り合った女性たちが今も大挙して彼の面倒を見たがるというのだから、美形とは厄介なものだと間宮は思う。そして今も、ぼうっと突っ立っているだけだというのに、小さな喫茶店中の視線を集めている。
「ヒサシ」
「んあ。ごめん」
黒いリネンジャケットの袖を引くと、ヒサシはようやく我に返った様子で間宮の隣に長い腕脚を折りたたむようにして座った。小野美佳子の視線も何の前触れもなく現れた訳が分からないレベルの美形に釘付けだ。制服姿の少女は──なぜだか、間宮のことをじっと見詰めている。
「探偵さん?」
その少女が口を開く。頷いた間宮はふところからカードケースを取り出すと、名刺を女性たちに渡し、
「間宮最です、よろしく」
「あ、名刺……ありがとうございます」
両手で名刺を受け取る小野と、『間宮最』の文字と間宮本人の顔を黙って見較べる少女。特に不快感を抱くようなことはないが、不思議だとは思う。不思議なほどに、落ち着いている。
「失礼ですが、あなたは?」
「あ、彼女は……」
「
制服姿の少女が名乗った。摂津。間宮とヒサシは思わず視線を交わす。この土地で、その名は。
「摂津宣隆の娘です。死んだ桧原ハジメは腹違いの兄」
いきなりすごいの来ちゃったな、とヒサシの顔に書いてある。無駄に雄弁な男だ。その感想が依頼人に伝わってしまったらどうするつもりだ。
「摂津さん……ですか」
「スナオでいいです。摂津は、この土地にわりと多い苗字なんで」
「そうなの?」
ヒサシが口を挟む。
「俺の事前調べだとこの土地に多い苗字は──」
「やめろヒサシ。すみませんね助手が」
「助手なんですか? ヒサシさんは」
小野美佳子は早くも市岡ヒサシの美貌にうっとりしている。そんな場合ではないだろうに。いやでも、そんな場合ではないからこそこの見た目にうっとりして空気を和ませる必要があるのか? そういう意味ではヒサシは既に役に立っているのか? 良く分からない。だが、とりあえず。
「このお店あんまり長話すると怒られそうですし、どこか移動しましょうか」
「あ、それじゃあ」
「うちに来てください」
小野美佳子の言葉を遮って、摂津スナオが言った。
「スナオちゃん」
「いいんです。だって間宮さんは探偵さんなんじゃろ? それなら、うちを見てもらうんがいちばん早いよ」
小野美佳子は明らかに戸惑っており、腹が決まっているのは摂津スナオの方だった。運ばれてきたアイスコーヒーをストローも使わずにひと息に飲み干したヒサシが、にんまりと笑う。
「んじゃ、お言葉に甘えてスナオさん家にお邪魔させてもらいましょ!」
威勢の良いその言葉で、今後の動きが決まってしまった。
間宮の運転するクルマに小野美佳子と摂津スナオを乗せ、摂津邸へと向かった。摂津邸は想像していた通り横長の壁に守られ巨大な門が鎮座している日本住宅で、いかにも高そうなクルマが何台も停まっている駐車場に間宮もクルマを置くように言われた。助手席のヒサシがにやにやと笑っているのが腹立たしかった。
周りのクルマにぶつけぬよう細心の注意を払ってクルマを停め、スナオに先導されるがままに門を通り、敷地内に足を踏み入れた。別に広い庭をドーベルマンが走り回っていたり、黒服強面の男たちがスナオに向かって「お嬢、おかえんなさい!」などと言う展開にはならなかったが、
「……ならなすぎんね〜」
スナオ、小野、間宮、ヒサシの順で長い廊下を進む。その際、間宮の耳元に顔を寄せてヒサシが呟いた。
「すっげ静か」
間宮も同じ感想を抱いていた。こんなに広い(と思われる)家なのに、人間の気配を感じない。ここにいる4人だけがすべて。そういった、不穏な寂寥感に包まれている。
「お茶持ってきます」
「スナオちゃん、うちも手伝うよ」
「ありがとう、小野さん」
間宮とヒサシを10畳ほどの和室に通し、スナオと小野は再び長い廊下へと消えていった。部屋の中央にはちゃぶ台、その周りに点々と置かれた座布団の上に、ヒサシは迷わず腰を下ろした。長い足をうんと伸ばし、
「クルマ〜〜〜〜自分で運転じゃないと疲れないけど足腰にクる〜〜〜〜」
「まだ全然若いのにそういうこと言わない」
「いやでも俺今年で30なので」
「若い!」
間宮も青い座布団の上に座り、引っ提げてきたトートバッグからファイルを取り出す。依頼人である此枝花見の証言。電話で聞き取りをした小野美佳子の証言。それから、以前インフルエンサーHOKTOこと北都西男の代理人である弁護士と接触したことがある、市岡ヒサシの実兄・稟市弁護士の証言。これらすべてをすり合わせなくては、スタート地点にも立てない。
「お待たせしました」
スナオがお茶を、小野が切り分けられたロールケーキが乗ったお盆を持って部屋に戻ってきた。間宮は背筋を伸ばし、ヒサシはわーいケーキだー、と呑気な声を出している。
「東京……からいらしたんですか? クルマで?」
制服から私服に着替えたスナオが尋ねる。間宮が頷くと、
「遠くないですか?」
「遠いですね」
「新幹線の方が楽じゃと思うんですけど」
「これを」
と間宮は顎でヒサシを示し、
「連れてくる必要があったので、そうなると新幹線よりクルマの方が安く済むんですよね」
「そうなんですか。うち、東京、行ったことなくて」
「行ってみたいんですか?」
訊けば、少女は曖昧に肩を竦めて笑った。この話題はここまでだ。
「さて、小野さんとは既に電話でお話しさせていただいたんですが、本題に入っても構いませんか?」
手元のロールケーキをヒサシの皿に乗せながら間宮は問う。小野、スナオ両名が神妙な顔で首を縦に振った。
直接の依頼人である此枝花見からは、本当に死人が蘇っているのかを生まれ故郷で確かめてきて欲しいと言われている。その死人というのは。
「兄です。桧原ハジメ」
スナオが、一瞬の躊躇もなく断言する。ヒサシが傍らで眉を顰めているのが分かる。
「他人のそら似、とかではないんですね?」
「ないです。ね、小野さん」
「うん」
小野美佳子。此枝花見にこの話を持ち込んだ女。此枝花見とは中学三年間に渡ってずっと同じクラスで、花見の薬指がなくなった例の修学旅行では同じ班に割り振られていたらしい。
「小野さんは桧原ハジメさんとは面識があったという風に伺いましたが」
「はい。小学校からずっと一緒で……桧原くんがあんなことになるまで」
「友だちだったわけではないんですよね?」
「……はい」
何かの罪悪感を覚えているような顔で、小野は小さく答えた。別にこの土地で桧原ハジメを知り、彼と友だちではなかった人間は小野だけではない。そんなに気にするようなことではないと間宮は思う。少なくとも、現在得ている情報の中では小野は傍観者ではあったが加害者ではないのだ。市岡稟市弁護士先生に言わせれば、傍観も加害の一種という結論になるだろうが。
「トイレ借りていいっすか」
ヒサシが唐突に発言した。胡乱な目を向ける間宮にてへへと笑って見せた彼は、コーヒーとお茶一気飲みは駄目だね……とまるで他人事のような調子で言い訳をする。
「案内します」
スナオが立ち上がり、ヒサシを連れて廊下へと消えて行く。和室には小野と間宮だけが残された。
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