「もしもし? 誰?」

『此枝か? 此枝このえ花見はなみだな?』

「は? マジで誰? 名前ぐらい名乗ってほしいんじゃけど」

『名乗らねえと分かんねえのかよ? ほんとに脳みそ足りてねえんだな』

「切るで」

『俺だよ! 北都ほくとだよ。中学で一緒だった……』

「あのさ、どの番号でかけてきても着拒するけえね。僕きみと喋ることなんもないし」

『おまえになくても俺はあるんだよ! ニュース見ただろ? 半年前……』

「事故の件? なんや弁護士立てて騒いどったけど、結論は出たじゃろ? きみの指がのうなったのは、事故。僕はなんも関係あれへん」

『クソが! 関係あるに決まってるだろ! じゃなかったら俺がわざわざ……』

「何台スマホ持っとるん? あんまりしつこくしたら通報するで」

『こっちは話があるから連絡してるんだよ。それをブチブチ切りやがって、マジで常識ねえな』

「きみに言われたないわ。で、なんなん。ダンサーでインフルエンサーでオンラインサロンまで運営しとるHOKTOさんはお忙しいんと違うんか」

『指の件だよ』

「ほじゃけえ、事故」

『てめえの指の件だよ!』

「……」

『分かってるんだろ、事故なんかじゃないって。あれは呪いだって』

「僕の指、結局見つからんままじゃったなぁ」

『……』

「呪ったんはきみか」

『だったらどうする』

「どうもせん。指が一本のうなってもできることはようけあるしな」

『そんなこと、思ってねえだろ』

「は?」

『そんなこと思ってねえよ、おまえは。俺のこと恨んでるし憎んでる。ずっと。そうだろ』

「いや別に……マジで別に……この番号もすぐ着拒するし」

『おまえが俺のこと恨んでないとか有り得ねえんだよ! 認めろよ此枝!!』

「ええ〜……」

『此枝てめえ! また切りやがって、逃げんのか!』

「これから仕事なんよ。HOKTOくんに構ってる暇ないねん」

『じゃあせめて認めろ。10年間俺のことを考え続けてたって。憎んでたって』

「むり」

『あ?』

「無理なもんは無理。ほんまに無理。僕、この瞬間まできみのこと忘れとったもん」

『てめえ……!!』

 だったらどうして、とスマートフォンの向こうでダンサー兼インフルエンサー兼オンラインサロン経営者の北都西男は叫んだ。

『どうして、俺の目の前に毎日指が落ちてくるんだよ!!』

「は?」

 ポタリ、と音がした。

 反射的に振り返ると、楽屋の隅に先ほどまでは存在していなかった何かがあった。見てはいけない。近付いてはいけないと本能が警告しているのに、花見の体は勝手に動いた。未だ喚き続けている北都西男をハンズフリーで放置して、部屋の角、薄暗い影が溜まっている場所にしゃがみ込む。


 ──ああ、指だ。

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