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「間宮くん……俺は高いよ?」

「あんたもうホストじゃないでしょ。足代宿代飯代は持つんだから手伝いなさいな」

「はー、人使いが荒いったら」

 翌週。間宮最と市岡いちおかヒサシは間宮探偵事務所の社用車に乗って、此枝花見の出身地であるQ県に向かっていた。ハンドルは間宮が握っている。

「DJナインフィンガーと友だちだなんて知らなかった〜。俺一回だけ仕事で会ったことあるけどさぁ」

「そうなの? 仕事って?」

「あの子アレでしょ、変なもの見えるタイプでしょ」

 助手席の窓に頬を押し付けた格好でヒサシが言う。間宮は黙って煙草を咥え、片手で器用に火を点ける。

「なんか相方周りにやべーのが出るって、どっかから経由でりんちゃんに話が来てさ。その時稟ちゃん裁判があったから、俺が代わりに行ったんだけど」

「やべーの、出た?」

「出た出た。あれ、あの子が気付かなかったらもっとヤバくなってたね」

 市岡ヒサシはヒモである。以前はホストのバイトをしていた。その前は大学生だった。それより以前は出身地である片田舎の高校生だった。

 彼の兄である市岡いちおか稟市りんいちもまた片田舎で生まれ育ち、高校進学を機に上京し、第一志望の大学に入学、卒業後は少年時代からの目標であった弁護士として生計を立てている。


 市岡兄弟には、祓いの力がある。


 彼らが生まれ育った場所では、市岡家といえばその土地一番の名家として知られていた。『お山の市岡さん』の愛称で知られ、その響きの通り大きな山の山頂に市岡の名を冠した神社を構え、狐を遣うとか祓うとかなんとか、間宮は詳しい話を知らないが、とにかく死んだ人間が蘇るなどという胡散臭い一件には最適な一族、それが市岡だった。本来ならば市岡家の長男であり、今の市岡でいちばん強い能力を持つという兄の稟市に同行を頼みたかったのだが、多忙な彼を簡単に引き摺り出すことはできなかった。「案件が山積みなんだよ。ヒサシなら暇してると思うから連れてって」というそっけないメッセージを受信した時にも、間宮は大して落ち込まなかった。

 ヒサシもなんらかの能力を持っているそうだが、詳細を間宮は知らない。ヒサシと稟市、本当に秀でているのはどちらなのかも知らないし、興味もない。重要なのは彼らふたりがふたりとも怪異に強いということだ。間宮は私立探偵で捜査と推理は得意だが、いざ本物の悪霊や妖怪、怪物なんかが出てきた日には何の対処もできない。だから非日常の、異常への耐性がある同行者が必要なのだ。

「間宮くん俺にも煙草ちょうだい。あと資料見せて」

「いいけどあんた車酔いするでしょ」

「したらサービスエリアで停めて〜」

「甘えんじゃないよ。……足元のバッグ」

「サンキュー!」

 長身を屈めて助手席の足元に置かれた帆布バッグを引っ張り出したヒサシは、まず煙草に火を点け、それからバッグに突っ込まれていたクリアファイルを取り出す。

「依頼人──小野美佳子。誰?」

「だからその、ナインフィンガーに連絡してきた昔の同級生」

「ああね。じゃあマジの第三者か」

「でも目的地に着いたらまずその子に話聞くから。あんたはおとなしくしててよ」

「はあい。で……死んだはずなのに生きてるのが」

「そう。桧原ひのはらハジメ」

 現地に向かう前に、できる限りの下調べは行なった。DJナインフィンガーこと此枝花見の許可を得て、小野美佳子とも直接のコンタクトを取った。ヒサシの言葉を借りれば死んだはずなのに生きている、桧原ハジメは小野、此枝両人と同世代の人間である。亡くなったのは此枝が地Q県を去った後。高校生の頃だと小野は言っていた。

 他殺だった、と小野は言った。

「死因は凍死。場所はQ県、X市、河川敷。遺体は全裸の状態で発見され、体中に無数の傷跡があった。どれも致命傷ではなかった。死因は、凍死。後に桧原が通っていた高校で同級生からいじめを受けていたことが判明する。実行犯は5人の同級生と、それから彼らの中学の先輩であり卒業後高校に進学せずに過ごしていた17歳の少年がふたり──」

 読み上げるヒサシの声を聞きながら、嫌な事件だと間宮はくちびるを噛む。本当に嫌な事件だ。

「この実行犯たちは今も地元で自由にやってるんだよね? なんで?」

「遺族が大事おおごとにするのを拒んだ」

 短く言う。ヒサシにはいまいち伝わらなかったようで、助手席で紫煙を吐きながら首を傾げている。

「なんで?」

「そこが問題なんだよね」

 小野によれば、桧原ハジメはふつうの男子生徒だったという。

「ふつうって」

 ヒサシが薄く笑う。

「基準が曖昧だよ。ふつうってなに? どの線を越えたら異常になるの?」

「私もそこは気になる、だからもちろん聞いてみたよ」

 桧原くんは──と小野美佳子は言った。

 お父さんがヤクザだったんです、と。

「ふつうとは程遠いのでは?」

「私もそう思う」

「でもふつうだった?」

「そう。ふつうだった」

 桧原ハジメの両親は、入籍をしていなかったのだという。愛人の子というやつだ。桧原の実父についても調べたが、彼は三度結婚し、二度離婚し、実の子どもが6人と、婚外子が亡くなったハジメを含めて3人いる。

 桧原ハジメの実父は息子とその母親に定期的に生活費を渡していた。決して裕福ではなかったが、母ひとり子ひとりで暮らすにはそこまで苦労しているようには見えなかった、と小野美佳子は語った。そして桧原ハジメは、ふつうの子だった。父親がヤクザであることは、狭い町内、それに顔見知りばかりの高校生活で隠すことはできなかった。誰もが知っていた。誰もが桧原ハジメを遠巻きにするのを、ハジメは心の底から悲しんでいた。

「美術部……この絵が桧原さんの?」

「作品だって。県内のコンクールで賞を取ったんだって」

「俺絵のこと分からんけどこれはカッコいいんじゃないかな」

「うん。で、その絵から色々変わり始めたらしい」

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