「死者の復活? ウケる。本気で言ってんの?」

 私立探偵の間宮まみやかなめは乾いた声でそう言い、紫煙を事務所の天井に向かって吐き出した。

「そう言わんでくださいよ間宮先生〜。先生ぐらいしか頼れる人がおらんでここまで来たんじゃけえ」

「可愛い可愛い相方はどうしたのよ。家に置いてきた?」

「こんな訳分からん話にさいくんを巻き込めるわけないじゃろ。意地悪じゃなあ間宮先生は」

 透明の硝子の灰皿に紙巻きを押し込む間宮に新しい煙草を差し出しつつ、此枝花見は大仰に肩を落とす。小指の欠けた右手で煙草を受け取りながら、

「私しか頼れないぃ? 言うようになったじゃない、DJナインフィンガーくん。メジャーデビューまで王手って話、私の耳にも届いてるわよ」

「アハッ、それはそれ、これはこれ……確かにメジャーに来んかっちゅう話は色んなとこからいただいとりますけど、今僕はDJナイではなくひとりの人間として間宮先生に……」

「その先生っての上滑りしててムカつくからやめてくんない? ハナちゃん」

「ほな、僕も、カナメさん」

 間宮の煙草に火を点けてから、此枝も紙巻きを咥えた。ふたりはSNSで知り合った仲だ。所謂怪談、怖い話を好むコミュニティで、特に集団の名前はなかった。メンバーも固定ではなく、昨日までうるさいほどに書き込みを繰り返していた人間が急に姿を消すこともあれば、突然「噂の心霊スポットに行って来たんですけど!」と見も知らぬ人間が参加してくることもある、そういう場で間宮と此枝は出会った。仕事が忙しくなってきた此枝は最近はあまり出入りしていないが、間宮は趣味と実益を兼ねて今も頻繁に顔を出しているという。

「で? 死者の復活? なんなのそれ」

「いや僕も正直よう分からんで困ってるんですよね。ただ、先週末急に昔の知り合いから連絡が来て……」

「あんたが卒業しなかった中学の同級生でしょ? そんなやつの相談聞いてやる必要あるの?」

「ははあ。カナメさん、さては僕がいじめかなんかに遭って転校したって思うてますね?」

「思ってますねえ」

「まあ、そうなんじゃけどね」

 此枝このえ花見はなみは中学三年生、14歳の時に出身県を離れた。理由はたしかに『』である。だが此枝自身は我が身に降り掛かる嫌がらせの数々を、ほとんど気に留めていなかった。どうでも良かったのだ。主犯格は同級生の北都ほくとという名の男子生徒で、彼は同じ中学で同じクラスの此枝のことを異様なほどに嫌悪していた。北都から恨みを買うような真似をした覚えは此枝にはなかったが、そこは人それぞれ、よほど気に食わないことがあったのだろう。此枝には北都と和解する意思がなかった。繰り返しになるが、短い学生生活、手狭な公立中学という空間で生じる軽度な憎しみなど、此枝にとっては心底どうでも良かったのだ。その態度が、事態を悪化させたのかもしれないが。

「僕、指ないでしょ、左手のくすり指」

「あーね。なに、いじめっ子にやられたの?」

「デッカい鋏かなんかでバツン! て? まさか。事故ですわ。せやけどいじめに関係ある……っちゃあるかな。これが原因で僕はピアノもバイオリンも辞める羽目になって、おかんは鬱、おとんもメンタルの病気になって此枝家はわやくちゃ」

 此枝家は国内屈指の音楽一家だった。両親、祖父母のみならず、親戚もほとんど全員がプロのミュージシャンで、唯一花見の実姉だけがロックバンドのベーシストという一族からすれば一風変わった職に就いていた。花見もまたヴァイオリニストとしての将来を期待されていた。しかし。

「薬指がのうなったら途端に僕はポンコツじゃ。なーんもできん。そんでまあ、しゃあなしに中学卒業を待たんで転校することになって」

「その……北都? ってやつが関与している証拠はなかったの? 法的措置を取ることだって」

「そこよ。カナメさんじゃったら分かるじゃろ。僕の指はね、この世のものじゃないもんに持って行かれたんよ。北都はこの世のものじゃないもんにお願いしただけ」

「──心当たりがあるんだ」

「あるよ。あるけえこんな平然としてられるんよ。まあ信じたんは姉ちゃんだけで、おかんもおとんも指がのうなったけえ僕がおかしくなったと思うとったみたいじゃけど」

 間宮は五本の指がある左手で四本指の右手を摩りつつ唸った。この世のものではないもの。この世のものではないものに頼んで、憎い相手が命と同じぐらいに大切にしている指を、奪う。なかなかに悪辣だ。

「なんでその北都ってやつはあんたを目の敵にしたんだろうね」

「分からん。今でも分からんし、まあ分からんでええと思うとる。ていうかたぶん、カナメさんも知っとると思うよ」

「なにを?」

「北都のこと。カナメさんも例の掲示板以外見いひんてわけじゃないじゃろ?」

 肩から提げているサコッシュからスマホを取り出す。テーブルの上に液晶画面が見えるように置き、顔認証でロックを解除、流れるようにSNSアプリを開いた。

「あー。これはまあ、日本全国全員登録してるじゃん」

「犀くんはしとらん」

「してないの? あんたたちの宣伝とか、じゃあどうやってやってるの?」

「僕がSNSとかホームページとか駆使してやっとる。犀くんはフライヤーのデザインだけ」

「ああ、絵が上手いんだっけ……ていうかあんた、相方のこと甘やかしすぎじゃない?」

「犀くんがおらんかったら僕は生きていけへんから、ええんよ」

 地元を離れ、流れ着いた地方都市。精神的に疲弊した両親に代わって花見を引き受けたのは遠縁の親戚だった。此枝姓ではない夫婦の手引きで引っ越し先の中学に編入し、卒業し、その後音楽とはまったく縁のない公立高校に進学した。そこで出会ったのが犀だ。本名は違う。だが皆に犀と呼ばれていた。動物の犀に少し似ているがっしりとした体躯の同級生は見た目の割に気持ちの優しい男で、この土地の方言ではない言葉で喋る、片手の指が一本ない花見を何かと気にかけてくれた。初めにDJをやってみないかと誘ってくれたのも犀だ。本当は一緒にラップをやろうと言われたのだけが、花見はひどい音痴だった。犀は未だにそんなことはないと言ってくれるが、発声を伴うパフォーマンスはやりたくないという花見の意向を汲み、ではDJならどうかと自分の手持ち機材一式を貸してくれたのだ。当時から犀は自ら歌詞を書き、ビートを作り、動画配信サイトなどで曲を発表していた。花見から見た犀は、彼の優しさや気遣いを差っ引いても才能の塊だった。だが宣伝がうまくない。発信方法が偏っている。このままでは、この才能が埋もれてしまう。それで花見は犀の相棒になることを決めた。幸い、ターンテーブルを使ってのパフォーマンスは花見の性分に合っていた。指がひとつなくてもそれなりにやっていける程度には、花見に向いていた。それにこれも音楽だ、と思うと両親にも前向きな報告ができる気がして嬉しかった。自分はもう一度、音楽をやることができる。

「あっ、こいつかあ。見たことあるわ。ダンサーでインフルエンサーのHOKTO」

「ね」

「オンラインサロンもやってるんだ。どれどれ月額は……いやいや毎月こんなに払ってこいつからなにを得ることができるの?」

「知らん。僕はメンバーやないし」

「で、こいつがあんたの指をぶっ飛ばしたと」

「かもしれん、ちゅう話よ」

「しかも地元で人を殺したと」

「そっちもかもしれん、ね。それでよ。カナメさん。頼みたいことがあるんじゃ」

「ようやっと本題だね」

 情報収集用のアカウントでダンサー/インフルエンサーHOKTOをフォローしながら、間宮はにやりと笑った。

「どんな面白い依頼が来るのかしら。おねえさんドキドキしちゃ〜う」

「そんなおもろい依頼はせんよ。ただ、僕の生まれた土地に行って、マジで死人が蘇ったかを見てほしいだけで」

「最悪の依頼じゃん!」

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