中学生の頃の同級生から電話がかかってきた。僕は携帯電話(今はスマホか)の番号を一度も変えていないので、時折こういうことが起きる。

『あ、の、此枝このえくん?』

 スマートフォンの向こうで喋っているのは女性だ。声が震えている。緊張しているのだろうか。

「はい、僕です。どなたですか?」

 番号を変えたことは一度もないが、アドレス帳はしょっちゅう空にしている。最近は電話とメール以外のアプリでも他人と連絡が取れるようになったから余計に、ああもうこの連絡先は要らないなと思うとすぐに消してしまう。卒業せずに途中で転校した中学生の頃の同級生の番号なんて、ひとつも残っていない。

『うち、小野……小野おの美佳子みかこ……』

「……ああ! 小野さん! はいはい、久しぶりじゃねえ!」

『良かった! 覚えててくれた!』

 スマホ越しの声が一気に明るくなる。小野さん。覚えてる。修学旅行の時に同じ班だった女子生徒だ。まあ、その程度の印象しか残っていないのだけど、それにしても記憶していたことを褒めてほしい。

「どないしたん。急に」

『ああうん、ごめん。ほんとに急に。此枝くんは今……何しとるんかなって』

「いま?」

 それは、今、現在、この瞬間何をしているのかという問いなのだろうか。だとしたら僕は今地元のクラブの楽屋にいて、お湯を注いだカップラーメンができ上がるのを待っているところだ。

 そういう意味ではなく近況を知りたいという意味だとしたら──

『DJやっとるんよね? ネットで見た』

「おー。知っとるん。恥ずいな」

『なんで! カッコええやん! 動画も見たよ』

「ほんまに〜。あ、今ちょっと飯食おうとしとったとこなんじゃけど、ええかな、食うても」

 5分経った。ハンズフリーにしたスマホを楽屋のテーブルの上に置き、箸を割る。ああっ、ごめんね、もう切るけえ、と小野さんは慌てた様子で言う。切っちゃうのか、と少し不思議な気持ちになった。こんな風にアドレス帳から削除したはずの電話番号から連絡が来る時は大抵、ステージを見たいから招待してくれ、こないだ共演していたアーティストの誰々を紹介してくれ、もしくは金を貸してくれのどれかが相場だとなのだが──

「小野さん?」

『え、?』

 小野さんは、どうやら違う。先ほど僕の名を呼んだ時とは違う感じで息が荒く揺れている。これは。

「どないしたん。なんかあったん」

『此枝くん……』

「誰かに僕に電話せえって言われた? 脅された? 同級生で僕の番号残しとるやつなんてほとんどおらんみたいやしね」

 実際、出身県(地元という表現を使いたくない)にいた頃には一度も口を利いたことがないやつから連絡が来ることも珍しくなくて、そういうやつは僕と多少なりとも接点を持ったことがある人間を探し当てて、無理やりにこう──アレだ。そういうことだ。

『違う、違うんよ』

「そうなん? それならええんじゃけど」

『違うんじゃけど……』

 コンビニでいちばん安いラーメンを買ったのだが、味は悪くない。咀嚼音が聞こえないよう顔を逸らす僕に、まるでこちらの顔が見えているかのように真っ直ぐな声で小野さんは言った。

『此枝くん、死んだ人間が生き返ったとこ、見たことある?』

 本当はここで通話を終えておけば良かった。深入りすべきではなかったのだ。

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