終章
再会
前方に砂塵を見つめて伸び上がった。加えて上空にはオオタカ。爆走する集団のさらに後ろから射落とそうと矢が飛んでいるが、賢いそいつはのらりくらりと避けては糞を落としている。
追撃を逃れつつ交戦しては人を欠かせていくアニロン軍、目的の人物はいまだ認識に至らないが、ともかく胸が高鳴って手を振ろうとした。が、横の斜面からさらに大きな土埃が沸き立つのを見て息を飲んだ。
「伏兵だ!」
なだれ込んだドーレン軍は行く手を
無意識にセルラーパを促し、真正面から突進した。
敵が気づいた。恐ろしい形相で固そうな盾と剣を掲げてやってきた。
なぜか恐怖は無かった。代わりにあるのは煮えたくるような
絶対に許さない。
今しがた打ち合っていた敵が自身の首を次々に掻き切って落馬するのを見て驚きに戸惑う。敵方も異常な事態に泡を食い混乱した。とはいえ、アニロン兵には経験があった。この呪われたような不可思議な状況は身をもって知っていた。
転げた馬と死体を踏みつけてやってくるのは巨犬――その上にうつ伏せたのが少女と分かり口々にどよめく。
「ツェタルだ」「ツェタルさま?」「ツェタルどの!無事だったのか!」
話しかけられたが反応する意識はほとんどなく、一点を目指す。『入って』、『入って』、『入って』。
適当に選んだドーレン兵の魂を乗っ取っては潰した。
ンガワンもまた混乱を見てとった。
『ざまぁねえ!お前ら呪われたな!』
東語で言ってやると不可解だという顔をしたが、次には血飛沫を上げ、何も分からないうちに地に落ちた。そうしてできた死体はいまや百を越えている。
ドーレン兵が口々に何かがおかしい旨を言い合って及び腰になる。ンガワンはそのうち幾人かを
「――――チビ、でかした」
呼びかけに隣の彼も頭を上げた。
ついに併走し馬上を凝視する。
「…………ツェタル?」
囁きが鼓膜に響き、心臓がどくりと鳴った。
「な……んで…………」
豊かに編んでいた白銀の髪はすべての房を無残に刈り取られ汚されて、以前の眩しさは掻き消されている。傷だらけで泥だらけの体、そしてなにより、
「あ…あ……‼」
「ツェタル」
ふらふらと馬を下りてきて広げた腕のなかにツェタルは飛び込んだ。顔を包む。汚物にまみれてなお端正な面差しが血涙のせいで歪んだ。
「どうして……なんで……」
あの湖面のように澄んだ双眸はもうどこにも無かった。
「ひどい……あんたが、なにしたってんだ……!」
悲しみと怒りが噴き出して首に抱きつく。そちらもまた、戻りきらない力で抱きしめ返してきた。
「ツェタル。お前は、無事か?」
「う、ん……いや、わたしも眼を片方
そうか、とおぼつかない手を当てて確認してくる。「すまなかった。ごめんな」
だから、なんで謝るんだ、と泣きじゃくりながらしがみついた。
「なにも悪くない!なにも、悪いことしてないのに‼あんたのおかげで、わたしは生きてるのにっ!」
「ツェタル、逃げなさい」
「イヤだ‼」
渾身の拒絶に苦笑され頬を膨らませた。
「なに笑ってやがんだ!」
「そうだぜ。敵サン、諦め悪くまた来たぞ」
ンガワンが馬上で
「チビ、センゲの中に入れ。そうすりゃどうにか動けるだろ?入れ替わった本体をデカ犬に運ばせろ」
「いいや、ンガワン。俺は平気だ」
「嘘こけ」
「嘘じゃない」
「待ってよ、こんなにふらふらなのに?」
「戦わなければ、生き延びられない」
ツェタルはかぶりを振った。
「で、できない……できない」
「できないじゃねえ。このままじゃ死ぬ確率が高まる。てめえが入ってどうにか動かせ」
「無理……無理だ。入れない」
「はあ、お前な」「ドーレン人に入って殺す。わたしが蹴散らすから、その隙に逃げて!」
入れない。分かる。分からないが、きっと無理だと知っている。
センゲには、入れない。
しばらく無言だった王は剣を杖代わりに立ち上がった。
「お前はもう何も見るな」
「えっ⁉」
役立たずだと捨てられるのか。しかしひょいと肩に担がれた。
「入らなくていい。もう決して誰も殺すな。ただ、俺の眼になってくれ。後ろはセルラーパに、前はお前に任せる。それならできるだろう?」
すらりと力みもなく抜剣した。こんなにずたずたで、弱りきって、まだ戦うというのか。体が燃えているようだ。もう立っているだけでやっとのはずなのに。
「頼むぞ、俺の
「……うん。わかった。
いくぞ、とセルラーパが吠えた。
右、左、上。
彼が
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