不満
「見つけ出して奴の〝足置き〟になる」
今日こそは。まだ陽も昇っていない朝、石の城は暗く冷えていてどこを歩いても同じような景色ばかり。しかしだいたいの位置は把握出来ていた。
ここの区画にはセンゲはじめ、谷の重臣たちがいたことはないからきっと別のところだろうと長い長い階段を降りて一度外へ出る。
各所に立つ衛兵たちは走る少女の姿に驚いたが、片耳に揺れる札を見て素知らぬ顔をする。〝ツェタル〟の娘の噂はすでに城内では知らない者はいないくらい有名で、決めたのが自分たちが何より尊敬する
とはいえ、絡まれるのも困った。
「おまえたち、
ひとりで探し回っても埒があかず、女官にははぐらかされるばかりなのでついに衛兵たちに尋ねはじめた。男たちは沈黙して首を振る。
「なんだよケチ!教えてくれたっていいだろ!」
よくわからないが王のツェタルなんだぞ、とえばってみせたがそれでも効果なし。
「ちぇっ。どいつもこいつも」
隣の棟に移ってふてくされながら階段を駆け、廊下を曲がった角で人にぶつかり尻餅をついた。
「すまない」
相手は跳ね飛ばしてしまったと焦って近寄ってきたが、互いにぱちくりと見交わした。
「イシグ……?」
アニロンの衣を身にまとっている彼はもうすでにヒュンノールにいた頃のような陰気な顔をしておらず見違えた。
イシグも驚く。
「オルヌド?……いや、今は違うんだっけか」
腕を引っ張り起こした。「なんでここに?」
「おまえ、ここの小姓になったんだよな?イシグがいるってことはゲーポも近くにいるよな?」
「ああ、今日は狩りについて行くけど」
「そうなのか?オル…わたしも行きたい!」
「だめに決まってるだろ」
イシグはツェタルが夜着なのを見て脱走してきたな、と顔をしかめた。「いいか、ここはもうヒュンノールじゃない。ここで暮らしていいと言われたならきちんと決まりを守らなきゃだ」
「なんだよ、おまえはいつもお願いを聞いてくれたのに」
「勘違いしてる。俺はお前のお願いじゃなく、
とはいえ長年共に仕えた仲ではあり、歳も近く気安い。イシグはツェタルの
「あっちにいた頃はきちんとおとなしく出来たろ?なんでここでは無理なんだ?」
「こんなに朝から晩まで働いたことなんてないぞ!ヤクの
地団駄を踏むツェタルにイシグは溜息をつき、両肩に手を置いた。
「いいか、まず
「ヒュンノールではしなくてよかった」
「それはお前が〝足置き〟だったからだ。ここでは違う」
「むぅ……」
なおも頬を膨らませていじけるツェタルに言い含めていると背後から声がかかった。
「おや、めずらしい」
イシグは緊張した面持ちでなおった。
「ユルスンさま。おはようございます」
「おはようイシグ。そしていつぞやの
笑いを噛み殺した様子でユルスンはツェタルの頭を撫でた。「またそんな裸同然で駆け回っていたのかい?僕の上着を貸したままのほうがよかったようだね」
「……あんた、ゲーポの弟だってな?」
「そうだよ。母親は違うけれどね」
「でも似てる。いつも平気な顔していけ好かないかんじが」
「そう?」
「おい、ツェタル!失礼だぞ」
ユルスンは腕より長い袖で
「元気なのはいいことだ。それも似合ってる。
「うるさいな。死にたくなかったから仕方なく聞いてやっただけだ」
「ふぅん」
ツェタルは邪険にあしらいしつつも、気になってもじもじとユルスンの頭らへんを見上げた。
「あのー、あのさ、今日はあの鳥はいないの?」
「ラクパシンパかい?あれは借り物だったんだ。会いたかった?」
「ちょっとね、かっこよかったし。さわれるならわたしの札を見せてあげてもいい」
「それは残念。動物が好きなんだね。……ところで、本当に綺麗な眼だ。いやなに、前は暗くて分からなかったから」
興味深げに覗き込み、「あの方が気に入るはずだ」と呟いた。
「……で、イシグ。この子はなぜここに?」
「それが、狩りについて行きたいと」
「へぇ。噂通りお姫さまみたいに育ったよう」
「わたしは馬に乗れるし、弓も少しはできる」
ユルスンはイシグを見、イシグは
「デルグが
「そうか、見学ではなく参加したかったのか。……なら、兄さんに頼んでみようか?」
「ほんとうか⁉」
「ユルスンさま、よろしいのですかそんなこと」
「僕もお誘いを受けたのだけれど、これから
瞳を輝かせて期待を向けるツェタルに微笑んだ。「言ってみよう」と差し出された手をツェタルはおずおずと握った。
「朝も魔物がいるのか?」
「しぃ。それは今話してはいけない。清き朝は不吉な噂ではなく祈りの言葉を」
静かに指を立てられて頷き、ようやく明るくなってきた石廊を渡った。
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