赤い縞瑪瑙のツェタル༄༅།གཟི་མིག་དགུ་པའི་སྤྲུལ་སྐུ།།༗

合澤臣

序章

別離



 そのとき初めて頭を撫でられた。包み込むほど大きな手で。


玉座いすの下に入れ。何があっても声を出すな」


 そして、といつもと変わらない感情のない調子で続けた。


まぶたを全て下ろし、。すべてが終わるまで奥にちぢこまっておれよ。良いな?」

「……わかった……」


 気丈に答えたつもりが、鼻を鳴らすようなか細い呻きにしかならなかった。あるじの袖を握った自分の手が死人のもののように青白く震えているのをどうしようもなく見つめ、非礼を承知でさらに強く引き寄せた。


「離せ」

「イヤだ…………‼」


 離したら、きっと、きっと……合わない歯の根をどうにか噛み合わせようとした。そんな下僕を主は無言で見下ろし、小さなこぶしを軽くはたいた。

「俺の言うことが聞けないか」

 睨み据えられ、二つの恐怖に身がすくんだ。主のめいに背けば嫌われてしまう。けれど今ここで行かせたら、主は、主は。


「い……いっしょに、連れてって」

「ならぬ」


 即座の短い禁止はそれ以上の会話を締め切った。さっと立ち上がった男は泣きながら途方に暮れる下僕を最後にもう一度一瞥し、それから背を向けた。もう何の未練もないというように。

 身体からだは凍りつき、声を絞り出すことかなわず、ただ接近してくる荒々しい怒号にこれからの災厄の予感を確信に変えてうずくまった。


 剣の鞘走りを聞いた。同時、扉が内側へと爆散し木っ端が飛んだ。


 なだれ込んできた敵たちはたった一人で剣を構える主を取り囲む。心臓が一瞬にして凍りつくような激しい剣戟けんげきの音に瞼はそこで降りた。ただ震え、両手で口を押さえて悲鳴をあげたいのを必死で耐えるよりほかなかった。




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