【地鶏屋シリーズ】(二次創作)

夜蛙キョウ

第1話 「下地鶏(詞漏示肚裏)」

注意 こちらの作品は下地鶏様をモチーフに書かせて頂きましたが下地鶏様を始め登場人物のモデルになった方はあくまでモチーフでありフィクションですのであしからずでお願いします。



 「あ〜ダメだ、サッパリ進まない。」

PCの電源を落としてヘッドホンを外し、ボキボキと凝り固まった首や肩を回して解す。スマホの時刻表示を見ると17時、夕食にはまだ時間があるがどうにも行き詰まってしまい作業が進む気がしない。

私は「下地鶏」という名でとある音楽サークルの主宰をしており、秋に控えたイベントを前に新譜作りに追われていた。

今年もありがたいことに所謂「壁サー」といわれる良い場所を頂くことが出来たので新譜を落とす訳にはいかなかった。しかし、8月を半ば過ぎた今になっても進捗は思わしくなかった。

「気晴らしに散歩でもしてみるか。」

部屋を出て玄関に向かい、妻に一言かけて外にでる。

外に出た途端に纏わりつく様な湿気と突き刺ささる西日に一気に体温があがりじわりと全身から汗が出る。どちらかと言えば雪国のイメージの方が強い東北の片田舎ではあるが暑いものは暑い。

もうすでに引き返したくなったが戻った所で作業が進むとも思えなかった。

「山沿いの道なら日陰になるし涼しいかもな。」

そう考えて歩き出す。

しばらく歩いて目的の道へ出ると思った通り山の木々が陽光を遮る少し暗い道に出た。この道を20分程歩けば確か神社がある。子供の頃は良く神社で遊んでいたので毎日の様に通った道だったが駅や商店とは逆だった為、歳を重ねる毎にだんだん通らなくなっていた。最後にこっちを歩いたのはいつだったかな?と考えながら神社を目指して進む。

青々とした木々が並ぶ山とその下を流れる用水路を眺めながら作りかけの新譜のメロディを口ずさむ。

曲の大まかな形は出来ているがどうもしっくりこない部分が幾つかある。思いつくままに修整案を脳内に浮かべては声に出して音の繋がりを確認するが、これだと感じられるものは、まだ浮かんではこなかった。

煮詰まった思考をどうにかしようと景色に意識を向けた瞬間に立ち止まる。

先程から感じている「どうにもしっくりこない違和感」が目の前の景色にもあった。

薄暗い木々の中に隠れる様に佇む古ぼけた鳥居。

そしてその中にうっすらと見える草木が茂る獣道の様な細い道があった。

目的の神社の入口まではまだ距離があるはずだ、こんな所に鳥居や道などがあった記憶はない。

当時は良く自転車で駆け抜けていたから気づかなかったのだろうか?そんな事を考えながらムクムクと好奇心が湧き上がってくる。おそらく今の参道が出来る前の道か何かだろう。もしかしたら神社への抜け道か参道の脇にでも繋がっているかもしれないと思い、鳥居の前で一礼を行い獣道へ分け入ってみる。下草が生い茂り何度も道を見失いかけながら山を登っていった。

「参道というか最早ただの山道だなぁ」

そんなことを呟きながらしばらく歩くと道が徐々に開けてきた。その道を進んだ先には朽ちかけた鳥居に苔生した狛犬、枯れた手水舎と古びた社殿がポツンと佇んでいた。

やはりかなり昔に役目を終えた神社の様だ、ひとまず社殿に向かい二礼二拍手一礼を行ってから周囲を散策してみる。社殿の脇を覗き混んだ時にあるものを見つけた。それは胸のあたりの高さの木枠に簡易的な屋根をつけた絵馬をかける台だった。台には絵馬がいくつも掛けられたままになっている。

撤去し忘れたのか?とも思ったが他の設備に比べて妙にキレイに感じた。

もしかして今でも願いをかけている人がいるのだろうか?

少しあたりを見回すと社殿の壁面にカウンターの様に板が張り出しており、その上に数枚の白紙の絵馬が重ねて置いてあるのを見つけた。

「私も何かお願いでも書いてみるか。」

そう思い絵馬を一枚手に取る。

書くものは見当たらなかったがボールペンとメモ帳は常に持ち歩いているので問題は無かった。

愛用のペンで絵馬に願い事をしたためていく。

絵馬を掛けようとして台の方へ向き直った時にふと一つの絵馬に目がいった。

中心で真っ二つに割れた絵馬がぶらりと垂れ下がっている。奥の方にかけられているのでかなり古い物だろうこちらから見える表側は黒く汚れてくすんでしまっている様だった。

湧き上がる好奇心に負けて台の裏側へ回る。

しかし、かなり劣化していたのか絵馬に触れた途端に紐が切れてしまった。手の中の片割れを残してもう片方が落下し乾いた音をたてる。

その瞬間、感電したと錯覚する程の悪寒が全身を駆け抜けた。

マズイものに触れてしまった。手に取ったもう片方も反射的に落としてしまう。

今すぐ回れ右をして逃げ出したかったが金縛りにあった様に身体が動かない。

視線でさえも足元に転がった絵馬に釘付けになってしまい逸らすことができなかった。

落とした絵馬は外側が焦げて煤けていて内側もなにやら赤黒い染みが滲んでいるが部分的に読み取ることができた。

「■■と■■■の縁■断ち■■■■に。■■」

これは、恐らく。

そう考えた瞬間に木々がざわめきどこからともなく突風が吹付けてきた。

吊るされた絵馬達がガランガランと音をたてて激しく揺れ動く。

その音にビクッと身体が震えたが同時に金縛りも解けたので踵を返し走り出す。

取水舎を抜け鳥居を抜けようとした所で立ち止まった。

足音が聞こえた。

誰かが坂を登りこちらへ歩いてきている。

どうするべきか迷ってる間に足音の主は坂を登り切り姿を表した。

淡い長髪に雪の様な白い肌、白いシャツに黒のホットパンツからは健康的で艶やかな脚が覗いてる。そして左手には猫のぬいぐるみが握られていた。

私はその姿に見覚えがあった。

「レイ、、ちゃん?」

レイちゃんは自身も配信等の活動をしていて、私の音楽サークルでも歌い手から売り子、裏方の雑務まで協力してくれているとても良い娘だ。

見た目はふんわりとした儚い印象だがそこから吐き出される小悪魔的な罵倒が堪らない。

あのゾクゾクする快感の為にならいくらだって課金、もとい応援してしまう。

そんなレイちゃんがこんな恐ろしい場所にいたら危険だ。

瞬時にそう判断して止まった足を動かし彼女の元へ駆け寄る。

彼女もこちらに気づいたらしく立ち止まりニッコリと笑みを浮かべている、天使の様だ。尊いっ!!

つい踏まれようと足元にスライディング土下座をしそうになる所をギリギリの理性で踏み止まる。

「レイちゃん!ここは危ない!逃げるよ!」

言いながら彼女の腕を取り走り出そうとする。

が、彼女は微動だにせず立ち尽くしている。

「なにしてるの⁉早く!」

もう一度彼女の腕を力任せに引っ張ると彼女がよろけ、その拍子に彼女のポケットから何かが落ちた。

カランと軽い音をたてたソレは、外側が黒く焦げ、割れた絵馬の半分だった。

さっきの絵馬かと思ったが何かが違う。

文字だ、絵馬に書かれた字が変わっている。

あれは私の字だ。でも、一体何故?

絵馬を見つめ混乱する私にレイちゃんが歩み寄る。

ハッとして彼女を見やる。

彼女は先程と変わらない笑みで私を見つめている。

変わらない、まるで貼り付けた様な表情で。

その表情にゾクリと怖気を感じた瞬間、彼女の口元が動いた。

「鶏兄ぃ」

そして彼女は私の胸に飛び込んで、、、ブツッ。

布と何かが裂ける音が聞こえ、腹に衝撃と激痛が走った。

足から力が抜け、膝立ちに崩れる。

彼女の手にはいつの間にかぬいぐるみではなく、黒く焼け焦げ錆びついた包丁が握られていた。

その刀身は今は赤い液体に染まり、西日に照らされ鈍い光を反射している。

(あれは私の血か。)

腹部を抑えうずくまる私の肩に容赦ない蹴りが入れられ仰向けに転倒させられる。

痛みに呻く私に馬乗りになると彼女は再びその黒い凶刃を何度も突き立て続けた。

相変わらず変化の無いマネキンの様な笑顔に返り血が飛び染めていく。

(これじゃあ、まるであのアニメの伊藤某みたいじゃないか、、、)

痛みと混乱と恐怖の中、そんな事を考えながら私は意識を手放した。


ふと気がつくと山沿いの道で鳥居にもたれ掛かる様に座り込んでいた。

慌ててシャツを捲り身体を確認するが傷一つ無かった。あたりを見回すがレイちゃんの姿もない。

それもそうだ、レイちゃんがこんなところに居るはずがないのだ。そもそも住んでる地域が違い過ぎている。

安堵して振り向き、本来の目的地だった神社へ駆け上がる。

あたりは既に夕闇が迫っていて夕食の時間が迫っていたが、こんな経験をして何もせず帰るという選択肢はなかった。

社務所へむかい扉を叩きながら知人の名を呼ぶ。

「冬彦!冬彦!いるか!?」

しばらくすると社務所の引戸が開けられ中から一人の青年が現れた。ここの神主の息子である冬彦だ。彼とは趣味を通じて知り合い、たまたま近所に住んでるということもあり友人となった。今では私の音楽サークルの常連でもある。今は神主姿ではなくラフなスウェット姿だ。

混乱して支離滅裂な話を喚く私をなだめつつ、とりあえず中へと部屋へ案内してくれた。

出されたお茶を飲み少し安心して改めて今までの経緯を説明する。まだ自分の中でも整理出来ていないのでどこまで伝わったのかわからないが冬彦は最後まで黙って聞いてくれた。

聞き終わった冬彦は少し考える様に目を瞑った後に一言、「それは、おそらくシモジドリですね。」と呟いた。

私が意味がわからず怪訝な顔をしていると軽く笑う。

「あぁ、鶏さんの事じゃないです。詞漏示肚裏と書いてシモジドリと読みます。『詞が漏れ示めす肚の裏』と言ってこの神社に伝わる話があるんです。読みが一緒なのは偶然だと思いますが。」

そう言って説明をしてくれた。

それはこんな話だった。

冬彦の何代も前の神主の時代にとある男女がいた。女の家は貧しかったがとある商家の次男と恋仲であり将来を誓い合っていた。しかしある日、男は女を裏切った。男に縁談の話が舞い込んだのだ。

男の父が、次男の為に付き合いのある金持ちの一人娘の所へ婿に出そうとしたのだった。

女は神社に向かい男との仲を絵馬に祈ろうとしたがそこで女は見てしまった。自分との縁切りを願う男が書いた絵馬を。

ショックで呆然自失となった女は神社の坂で足を滑らせ転落、怪我で伏せっている間に男は縁談の女と婚姻を結び最早自分の入る余地は無くなっていた。

絶望した女は深夜、男の屋敷に忍び込み男を殺害して火を放った。そして男の願いを叶えた神社にも火を放ち絵馬を叩き割り自害した。

神社は一度再建されたがやはり穢れがついてしまったのかその後も女の祟りと思われる事件が続いたのでその場所を忌地として封印し今の神社の場所に再建し直した。

「詞とは願いを書いた絵馬の事、漏示は内容がバレてしまった事、肚裏とは離縁を願った男の心の内を表していて本来なら『しろうじとり』と読みますが鈍ってシモジドリと読まれる様になったそうです。僕もこの神社の歴史として祖父に昔聞いたことがあっただけなので詳細まではわかりませんがね。」

そう言って冬彦はお茶を啜る。

「それで、私はその忌み地に入ってしまったから呪われたって事なのか?なんで私が?どうしてレイちゃんの姿だったんだ?」

私の問いに冬彦はお茶を置いて答えた。

「恐らく忌み地に残る女の怨念に引き寄せられたんでしょうね。鶏さんの話にあった神社へ続く道も鳥居も、もちろん社殿も僕らが産まれるずっと前に無くなっているはずですから。」

そこまで言って冬彦の視線が少し冷たくこちらを向いた。

「鶏さんが引き寄せられた理由はわかりません、なにかしらの縁があったのか、偶然なのか。鶏さんを襲ったのがレイちゃんの姿をしていた理由もわかりません。鶏さんの記憶から関係ありそうな人物の姿を借りたのかもしれません。」

そう言って話を締め括ってしまった。

「そ、それで私はもう大丈夫なのか?」

不安にかられ冬彦に問い詰める。

もうあんな怖い思いはしたくない。

「多分大丈夫だと思いますが、一応お祓いしておきますか?今日は父が所用で不在なので神主見習いのの私がすることになりますが。」

そう苦笑いする冬彦に少し安堵しながらお祓いをしてもらう事にした。後日、冬彦の親父さんに正式にやってもらう約束も取り付けた。

 お祓いを終えて帰路につく。

あたりはもう真っ暗になっていた。

すっかり遅くなってしまったので妻に連絡をしようと電話をかけたがしばらくコールをしても出なかった。仕方がないのでメッセージを送っておく。

その後にふと気になってレイちゃんにも電話をかけてみた、数コールの後に聞き慣れた声が聞こえた。

こちらに来ていたりしないかと聞いてみたが

「鶏兄ぃの地元なんて知らないし行ける訳無いでしょ。そんなコトもわからないの?このクソ雑魚トリ頭!」と罵られて切られてしまった。尊い!!

道すがらビビリながらも山側を観察しながら歩いたがやはり数時間前に見たはずの古ぼけた鳥居は見つかる事は無かった。

そうこう考えている間に自宅に帰り着く。

しかしどこか違和感を感じる、真っ暗なのだ。

玄関はともかくリビングや他の部屋にも明かりが点いている様子が無い。どこか買い物にでも出掛けているのだろうか?

鍵を開け玄関に入る、廊下の電気を点けようとスイッチを押すが反応が無い。ただいまと声をかけてみるがこちらも返事は無かった。

停電かとも思ったが隣や他の家は電気が点いているのでおそらく違う。

ならば廊下の電球が切れているのだろう、もしかしたら妻は電球を買いに出ているのかもしれない。

スマホもおそらく忘れていって部屋に置きっぱなしなのかもしれない。

そんな事を考えながら上り口に腰掛け靴を脱いで振り返る。

目の前に妻が立っていた。

「ひゃああっ!!」

思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「びっくりしたなぁ。居たんだったら返事くらいしてくれよ。なんで真っ暗なんだ?」

そう問いかけ妻の顔を見るが、妻は無表情のまま何も答えてくれなかった。

(遅くなったから怒ってるのか?)

「ごめんな、実は、、、」

と話かけるが妻はそのまま踵を返すと暗い廊下を戻っていってしまった。

相当怒っているのかと思い、追いかけようとするがその足に何かが当たってカランと音をたてた。

妻はその音にも反応せずに廊下の奥へ消えていく。暗い廊下の中拾い上げたソレを玄関の薄明かりが照らし出す。

背骨が凍ったような寒気が走った。

外側が焦げ付き赤黒い染みのついた半分に割れた絵馬。そして震える手の中にあるその絵馬の染みの隙間から見える文字は、あの時にあの神社で書いた私の願い事が覗いていた。

これは私が書いた、そしてレイちゃんが落とした絵馬の残り半分。

「あなた、、、」

廊下の奥の闇の中から妻が呼ぶ声が聞こえる。

部屋から頭だけがこちらを向いていた。

その顔には感情の無い笑顔がマネキンの様に貼り付いていた。

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