20××年、6月7日 03
晴喜はふと、友人の事を思い出す。
友人がその言葉に背中を押してくれたかのように感じた晴喜は、家に居るアクアの事をこれからも絶対に守らなければならない、と言う使命感に駆られつつ、同時にアクセルに対し、何故そんな事を聞くんだよと言う顔をしていた。
晴喜の言葉を聞いた瞬間、一瞬目を見開いていたアクセルはそのまま口から何かを吹き出したかのように突如笑いだす。
「……おい、何がおかしいんだよ?」
「フフ……いえ、そんな事を言うんですねって思いまして……この前も言いましたが、あなたは純粋すぎて、優しすぎます」
「まぁ、それは自覚してるが……優しくはねぇぞ?」
「優しいですよ……あなたは、穢れと言うものを、知らない綺麗な女性だ」
「……」
――お前は、汚れた世界を知らないんだな。いや、これからも知らない方がいい。
嘗て、兄だったあの男もそのようなことを言っていたことを、晴喜は思い出す。
あの家族の中で、唯一普通に接してくれた、優しいのかわからない兄。
兄である真桜が何を考えているのか、晴喜には到底理解出来なかったが、それでもまともな環境に育ったのは、兄であった真桜のおかげでもある。
昔、そんな兄がそのように言っていた。
純粋で、汚れた世界を知らない、と。
その時は真桜がどうしてそんな事を言うのか理解する事はなかったが、今となってはどうでもよい事でもあった。
それと同時、晴喜は自分の両手に目を向ける。
この手は、どんな理由であっても、もう汚れを知っている手になってしまった、と言う事を。
「……汚れてるよ、俺は」
「え?」
「俺は、あの時からもうこの両手は、真っ赤だ」
友人を亡くしたあの時から、必死で生きなければならないと誓った。例え、人間だった存在を虐殺しようとも。
兄であった真桜ですら、あの時の晴喜は手にかけようとした。
友人を殺したあの少年も、殺そうとした。
暴走した自分自身を止める事が出来ず、いつの間にか周りにあったのは、家族だった人間たちが血まみれで死んでいる光景だった。
あの時から、もう汚れ、穢れ、綺麗な世界にはもう居られない存在になってしまったのだと、自覚した時――晴喜はその時友人の為に生きなければならないと、誓って逃げ出した。
犠牲があったからこそ、『寿晴喜』と言う存在は今、ここにいるのだ。
「……」
「晴喜さん?」
「……なんでもねェよ。次、綺麗だって言ったらぶっ飛ばすからな、アクセル・ディナイスト」
「ええ、どうしましょう……晴喜さんに殺されるのは本望ですね」
「……」
晴喜はそれ以上何も言えなかった。
本当に楽しそうに笑いながら答える目の前の男は、絶対に性癖は歪んでいるんだなと理解したからである。
絶対にこの男の理解者にはならないと思いながら、晴喜は早く学校に行かなければと思いつつ、素早い動きで歩き始めた。
その時、晴喜は足を止める。
同時にアクセルも足を止め、鋭い目つきで周りを見回し始めた。
「……おい、アクセル・ディナイスト」
「なんですか、寿晴喜さん?」
「お前の知り合いに――」
アクセル同様に、晴喜は周りに視線を向けながらため息をつく。
「黒服でサングラスで、殺気を漂わせているオトモダチでも居るか?」
途中までその気配に気づかなかったことに落胆しながらも、ため息を吐く。
そして、晴喜がその言葉を口にした瞬間、二人の周りに数人のサングラスをかけた黒服の男たちが道を塞ぎ、立っていたのだ。
人数で言うと、数十人ほどいる。
殺気を漂わせ、明らかに敵意を丸出しにしている奴らに、晴喜はため息を吐きながら左耳のピアスを外した。
「……えっと、アンタらこの前の奴らと同類だよな……俺たちに何か用?」
「報告があった。そこに銀髪のガキ……青い髪の少年を保護していると聞いている。その少年をこちらに引き渡してもらおう」
「全く心当たりがないんだけど……第一俺がその少年をお預かりする理由がないんですけどねぇ……なぁ、アクセル・ディナイスト?」
「そうですね……利益がないですからね。因みに僕も全く心当たりはありませんよ?」
「……」
会話のように答えるアクセルと晴喜に対し、口を出した男は黙ったまま、周りの男たちに再度視線を向け、次の瞬間、彼らが取り出したのは拳銃、ナイフ、懐に隠せるような武器たちが姿を見せる。
つまり、彼らは嘘を言った所で諦めない、と言う事らしい。
逃げることが出来ないという事を悟った晴喜は再度ため息を吐きながら、アクセルに視線を向ける。
対し、アクセルは笑っていた。
「あはははっ!それで僕たちに立ち向かおうとしているのですね……実に愚かな存在たちだ……僕たちが『真祖』だという事を知っているのに、そんな武器で倒せるとでも?」
「……ああ、全く持って茶番だ。こんな奴らは俺一人で十分だから下がってろ、手を出すな」
「お手伝いしましょうか?」
「狙いは俺だ。無関係のお前に手伝わせるわけにはいかない」
「一応僕もかかわっているんですが……まぁ、良いでしょう」
左耳のピアスをとった事で、晴喜の姿が少しだけ変わっていく。
『真祖』と呼ばれるのに等しい、赤の薔薇の紋様が左頬と左手に浮かび上がってくる。
同時には晴喜の身体を包み込むように、『魔力』が抑えきれないと言うばかりにあふれ出してきている。
(なるほど……左耳のピアスは魔力制御装置……抑えられない魔力を抑えるためのピアス、だと)
フフっと笑いながらアクセルは晴喜を見つめ、楽しそうに眺めている。
因みにアクセルは手出しをするつもりは全くない。それ以上に彼女の実力と言うものがどんなものなのか見てみたかった、と言うのもある。
周りに居る者たちは晴喜やアクセルにとっては、雑魚と言っていいほど、弱い生き物なのだから。
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