20××年、6月7日 02


 学校に登校するために歩き続けて五分程度――眠気とだるさに襲われながら、晴喜はフードを頭に被せながらぶつぶつと呟くようにしつつ、空に視線を向ける。

 今日もとても良い天気で、紫外線がどーのこーの言っている場合ではない、綺麗な太陽が出ている。

 吸血鬼になって、太陽が嫌いになったので、毎日くもりになってくれないだろうかと思いながら、眠気に打ち勝つために、頬を軽く引っ張りながら意識を覚醒させる。

 ふと、アクアの事を思い出していた。

 彼は今、ちゃんと部屋で生活をしているのか、退屈しているのではないだろうかと、と言う言葉が文字となり、頭に過っていく。

 同時に、これから一年守ってきた平凡たる生活が、絶対に遅れないだろうと思いながら、晴喜は学校に行く意味をゆっくりと、遅刻しない程度に歩いていた。

 気合を入れて、学校に向かっていたはずなのに。



「やぁ、寿晴喜さん。学校かな?」



 目の前には吸血鬼の分際で朝からさわやかに挨拶をする男、青の薔薇の一族の真祖たる吸血鬼、アクセル・ディナイストが居たのであった。

 その場で立ち止まり、目の前に現れた男に目を向ける事なく横を通り過ぎようとしたのだが、アクセルはそのまま右手で晴喜の道をふさぐ。

 笑っているが、笑っていないのだ。

 舌打ちをしながら晴喜は答える。

「俺の視界から消えろ変態男」

「酷いですよ寿晴喜さん。またこの前の事を根に持っているのですか、胸を触ってしまったこと……ああ、掴んでしまったと言う事を」

「俺は別に気にしていないんだが、まぁ、お前の存在自体をなぜか否定したいんだよ……なんで俺の通学路に居るんだお前」

「偶然ですよ偶然。僕もこれから学校なんです」

「は……?」

 この男は一体何を言っているのか全く理解が出来ない晴喜だったが、良く見てみればアクセル・ディナイストが着ている制服に見覚えがある。

 晴喜の学校の近くにある、お嬢様、お坊ちゃまが通う、金持ち学園があった。

 アクセルが着ているのは間違いなくその制服なのだとすぐさま理解する事が出来、つまり学校も近いところに通っていたという事と、金持ちだと言う事を妬みたくなってきた。

「……お前、あの金持ち学校に通っているのか?金持ちなのか!?」

「ええ、『白鷗学園』ですよ。小等部、中等部、高等部とあり、あらゆる金持ちが通う学園です……金持ちですよ?何せ、長生きしてお金を貯める事が大好きでしたからね」

「……むかつくからそれ以上何も言わないでくれ、ぶっ飛ばすとアクセル・ディナイスト」

「気軽に『アクセル』と呼んでください。僕はあなたの事を『晴喜』と呼びたいですから」

「お断りだ」

 晴喜はこの時、どうして自分には運と言うものがないのだろうかと何回も思ってしまったが、そんな事を考えても何も始まらないと悟る。

 それと同時に、太陽の紫外線を少し浴びてしまったことが原因なのか、頭痛が少しだけ激しくなってきた。

 頭を押さえていると、アクセル・ディナイストがそっと差し出したのは、冷たい缶コーヒーだ。

「先ほど飲もうと思いまして買ったものですが、もしよろしければこれで少し頭を冷やしてみたらいかがでしょう?」

「別に……いや、良いところもあるんだな、お前」

「あなただけですよ寿晴喜さん……僕は、あなたの事結構気に入ってますから」

「……」


「――もちろん、異性として、ですよ?」


 いつの間にか目の前に顔があった事に驚いた晴喜はすぐさま一歩後ろに下がり、睨みつけるような視線でアクセルを見るが、彼はそれすらも楽しそうな顔をしているように見えるのは気のせいだろうか?

 すぐさま晴喜は理解した。

 この男は絶対に、死んでも優しいだなんて思ってはいけない、と言う事を。

 目の前の男は、『女』としての寿晴喜の事を好いている、気に入っていると言う事なのだろうと理解したからこそ、余計に好きになれない。

 缶コーヒーのみ、感謝をしながら、額に当ててみると冷たい感触がじんわりと伝わってくる。

「ところで、どうですか?」

「どうって、何が?」

「あの少年の事ですよ。数日暮らしてみて、どうですかって聞いてみたのですが……」

「……別に。お前には関係ないだろう?」」

 何も言うつもりなど、ない。

 缶コーヒーで軽く頭を冷やした後、睨みつけるようにアクセルを見るが、彼は相変わらず笑っている。

 まるで全て、その目で見てきたかのような、そんな顔をしていたからだ。

 彼は笑う。

 その笑いに『意味』があるように。

「気を付けてください寿晴喜さん……彼がもし、あの黒の薔薇の一族の真祖になっていると、すれば」

「……なっていると、すれば?」



「あの少年は全ての『闇』を飲み込み、全てを『無』にする存在ですから」



 アクセルは先ほどの笑みが一瞬で来ていたかのように、真顔でそのように答える。

 彼の瞳は何かを知っているかのように、真剣な眼差しをしている。

 晴喜その言葉に対し、寒気を覚えた。

 あの少年が、もしアクセル・ディナイストの言葉の言う通り、『闇』だとしたら――。

「……そんなの、関係ねェよ」

「え?」


「もし、何かをしようとするなら、俺が止めるさ。責任もって引き取るって言ったのは、俺だからな」


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