20××年、6月7日 04


 晴喜に唇から牙が見える。

 それは、本来の姿になったと言う証。

 しかし、晴喜はその場から動く事なく。

 興味をなくしたかのように黒服の男たちに視線を向けていなかったのだが、舐められたと勘違いした彼らはそのまま武器を握りしめ、数人が前に一歩出ようとする。



――燃えちまえ、跡形もなくバーン・フレイム



 指先をぱちっと鳴らした瞬間、空中に大きな魔法陣のようなものが出現し、まるで雨のような炎が黒服の男たちに降り注がれる。

 一瞬、黒服たちに何が起きたのか、後ろで近くにいたアクセルも驚いた顔をしながら、その光景に視線を向けている。

 雨のように、次々に無数の炎の球が降り注いでいき、黒服たちを焼き払うように燃え始めている。

 アクセルと晴喜の耳から聞こえてきたのは、無数に広がる黒服の男たちに叫び声や断末魔のよう――晴喜はその声を聞きたくないのか、カバンから取り出したヘッドフォンで耳を遮断する。

 呆然と燃え盛る姿を興味なさそうに見つめながら、再度指を鳴らした瞬間、空中に出ていた魔法陣は砕けるように粉々になり、跡形もなく消えていく。

 しかし、炎は本物なので消える事がなく、黒服の奴らが跡形もなく燃え続けている。

「やっぱりな」

 晴喜は燃えている彼らに視線を向けながら、まるで納得したかのような目をしている。

「おや、気づいていたのですか?」

「生きている匂いがしなかったからな」

「フフ、流石晴喜さんですね……ええ、彼らは生きていませんよ。例え断末魔をあげようとも、彼らに命と言うものはありません」

 笑うように答えるアクセルの姿が少しだけ恐ろしいと感じつつ、晴喜は燃え続けている彼らに視線を向けると、突然彼らの姿はなくなり、なくなったと同時に炎は一瞬にして消えた。

 晴喜は黒服の男たちが居た場所に向かい、そこに燃えカスになった一枚の紙に手を伸ばし、確認する。

「……『式神』だな。しかも人間の形をした『式神』を作れるのは高度な術師しかいない」

「ええ……そのような奴らが、かかわっているという事でしょう。晴喜さんはこのような高度な『式神』を作れる人は知っていますか?」

「……一応、二つの一族は知ってる」

 少しめんどくさそうな顔をしながら、晴喜は持っていた式神だった紙を燃やした。

 『式神』――術師が使役する鬼神の事。

 人型の『式神』を出せる高位の術師に関して知っている事を口にする。

「陰陽師、『柊家ひいらぎけ』の裏陰陽師、『葛城家くずきけ』の二つだ。確かこの当主二人がかなりの実力者だと聞く……葛城家の当主なら半年前に会った事あるから、知っているが……このようなやり方をする奴ではなかったがなぁ……」

「なるほど、陰陽師ですか……因みにその知り合いの陰陽師さんは男の方で?」

「ああ、そうだが?」

「なるほどなるほど……」

「??」

 アクセルは笑いながら何か納得している素振りを見せており、その意味が全く理解できない晴喜は首をかしげる事しかできない。


 日本には、二つの陰陽師が存在する。

 表で活躍する陰陽師――『柊家』は人々を呪いや怨霊から守る仕事の生業をしているが、その陰陽師にも裏が存在する。

 裏で活躍している陰陽師――『葛城家』人を術式で殺す暗殺の一族。

 そんな二つの陰陽師の一族は高度な術を使っており、元々魔術師の家系であった晴喜も術式は違うが何度もその話を実家で聞いたことがあった。

 因みに半年前に偶然その裏の陰陽師である葛城家の当主と知り合いになった事はある。

 そんな彼ら一族であるならば、人型の式神を作り、操るのは簡単な事だ。

「燃やす前に術式を少し確認しておくんだったなぁ……」

 少し後悔しながら、晴喜は再度ため息を吐く。

 しかし、既に燃やしてしまったからこそ確認が出来ない事に苛立ちを覚えながら、舌打ちをしていると、後ろに立っていたアクセルが燃やした紙に視線を向けながら問いかける。

「先ほど裏陰陽師……葛城家の方とお知り合いと言っておりましたが、連絡先は交換していなかったのですか?」

「……してない」

「お知り合いの方なんですよね?」

「『敵』と言う形だけどね」

「……ああ、なるほど」

 どうやら、晴喜の『お知り合い』と言う事は、味方でもなく、友人でもなく、『敵』として認識している相手だったらしく、そんな知り合いとは連絡は取っていないだろうと思いながら、アクセルは納得するしかない。

「しかし、晴喜さん言っていることが本当ならば、日本では人間の姿をする式神を扱えるのは、その二つの一族の当主だと?」

「ああ、そうだって聞いてるけど……」

「……なら、調べてみる価値はありそうですね。晴喜さん、式神の紙以外、燃えてないのはありますか?」

「燃えカスで良いなら少し残ってるのがあるが……」

 術式などは既に燃えてしまったので紙には見えていないが、燃えカスはまだいくつか残っているのは確認している。

 晴喜は一枚、先ほど燃やしたモノとは別の燃えカスに手を伸ばし、それをアクセルに渡すと、アクセルはポケットから小さいビニール袋を取り出し、無くさないようにする為に強くビニールを結び、持っていたカバンの中に入れる。

「これは僕の方で調べてみます。何か手掛かりが見つかるかどうかわかりませんが……もし、葛城家の人間であったら、晴喜さんはどうしますか?」

「別にどうもしねェよ……ただ、俺からするに、悪い奴ではなかった。寧ろ、悪いのは……いや、なんでもねェ」

「……?」

 何か意味深な言葉を残した晴喜は、それ以上何も言わない。

 ただ、アクセルが考えているのは、晴喜がその葛城家の当主の人物がそのような事をする人間ではないと信じているように見えて――当主と晴喜の二人に一体どんな繋がりがあるのか、それについても調べたくなってしまったなどと、晴喜の前ではそのような言葉を口に出す事をが出来ないアクセルであった。

(それほど、僕はどうやら……晴喜さんに興味を持っているんでしょうね。

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