第1章 真祖の吸血鬼

20××年、6月1日 01


「……クソ、熱ィ」


 日差しが晴喜の身体を照らすかのように輝いているように見えるのは気のせいだと思いたい。

 このまま溶けて消えてしまいたくないと思いながら、大嫌いな日差しを少しだけ避けるようにしながら、制服の上に来ているフードをかける。

 今日も大量の数学のプリントをやらされ、それが終わって外に出てみると、太陽が強く晴喜を照らしてくる。

 暑さに耐えながらいると、隣で大きく笑っている人物がいた。

「あはは!はるくんもしかして夜型?」

「……まぁ、そんなところだよ」

「今の季節は夏だから、これから暑くなるよ?はるくん長袖着て大丈夫なの?」

「……大丈夫だよ。これは俺の命の源なの」

「うーん、よくわからないけど……まるでそれじゃあ漫画やアニメとかに出てくる『吸血鬼』みたいだよ、はるくん」

 美智子のその言葉を聞いた瞬間、体が反応してしまった。

 彼女の言う通り、本当にそのような存在に見えてしまうのかもしれないが、晴喜は正真正銘『吸血鬼』なのだ。

 心臓がドキドキしかけているが、美智子は気にすることもないように晴喜の前に行く。

(そりゃあ……俺は今、『吸血鬼』だもんなぁ……)

 晴喜はもう自分自身が『人間』ではないと実感してしまう言葉だったのかもしれないと考えながら、息を吐く。

 だが、これは全て晴喜が決めた事でもある。

 『人間』という存在をやめてしまったからこそ、もう二度と戻るつもりはないし、戻れる状態でもない。無駄なのだ。

 そっと、左手で自分の頬に触れるようにしながら、歩き始める。

 数学のプリントが早く終わったため、四郎にカラオケに誘われたので、今回美智子、海、四郎の四人と一緒に向かっている。

 四郎と美智子は何を歌うか二人で話し合っている。

 対し、晴喜はカラオケボックスの店に行くため無言で歩き続けていると、同じように黙っていた海が隣に近づいてきた。

「……寿」

「んぁ……ああ、黒雪。そういえばお前カラオケ大丈夫なのか?俺の勝手な想像なんだがお前の歌うところなんて想像出来ないぞ?」

「……うるさい。俺だってカラオケぐらい行くに決まって……そんな事はどうでもいい」

「え?」

 海はそのように言った瞬間、突然晴喜の頬に手を伸ばし、触れてきた。

 まるで子供の用に熱を計るような、そんな触れ方だ。

「顔色が悪い」

「へ?」

「無理するものじゃない……大丈夫か?」

「え、あ……ああ、いつもの事だから気にしなくて大丈夫だ。春風が言った通り、俺夜型だから昼に弱いんだよ」

 触れてきた海の手を軽く振り払いながら笑って返事を返すが、海は黙ったまま晴喜の表情を見ている。

 どうやら顔色が悪い事で心配させてしまったらしく、少し考えるようにしながら、晴喜は答えた。

「本当に大丈夫だから、気にしないでくれ。心配してくれて悪いな」

「心配などしていない」

「あ、そうなの?」

 きっぱりと発言した海は大丈夫だと認識したのか、それ以上しゃべる事なく晴喜から少し離れ歩き出してしまう。

 海の後ろ姿を見つめてしまった晴喜だったが、彼が自分を見ていない事を確認した後、口元を手で抑えた。

「……ッ」

(実際、いや、正直やばかったんだよなぁ……)

 具合が悪くないというのは、晴喜にとって嘘と言うものだった。

 実際に気持ち悪かったというのは本当の事であり、顔色が悪いという事も本当の事だから、否定ができない。

 だが、これは晴喜にとって、『空腹』という合図だ。

(クソ……血が飲みたくなってきやがった……)

 晴喜が具合が悪い理由――それは、『吸血鬼』なら起こる事、『吸血衝動』だ。

 歯を噛みしめるようにしながらとりあえず耐える事しか今はできない。

 急いでポケットから『血液錠剤タブレット』を取り出そうとしたのだが、手が少しだけ震えてうまく取り出せない。

「チッ……」

 舌打ちをした後、深呼吸をし、震えた手でカバンからもう一度取りだそうとした時、目の前に美智子の顔があった。

「ッ!!」

「どうしたのはるくん?もしかして本当に具合が悪い?」

「い、いや……」

 顔を覗かせて近づいてくる美智子の行動に対し、晴喜にとって迷惑としか言えなかった。

 それは、美智子の首筋が綺麗に見えて、仕方がない。

 口から一気に嚙み砕き、その中にある血液を吸い出したい衝動に駆らわれる。

 友人の血を飲むつもりもないし、そもそも生き血をこれからも吸うつもりはない。

 言い訳を考えながらカバンを急いであさり、なんとか『血液錠剤タブレット』を取り出すことに成功した晴喜は一粒、口の中に入れて噛み砕く。

 噛み砕き、飲み終わると、もう一度深呼吸をしてから一歩後ろに下がる。

「はるくん?」

「……大丈夫。ほら、顔色悪くないだろう?」

「うーん……本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。だから気にするな春風」

「なら、良いんだけどね……さっき食べたのは何?」

「ラムネ」

 先ほど食べたものを見ていたので気になって声をかけてきたのだが、ラムネと言っておけば大丈夫だろうという事で話は終わる。

 再度美智子はその場から離れて四郎と会話を続けるが、やはりどこか心配なのかちらっとこちらを見てくる事もあった。

 視線が合った時に、美智子に対し晴喜はそっと笑いながら手を振る。

 そして再度、空を見上げてみた。

(……やっぱ、太陽に嫌われているよな、俺)

 もう、自分自身は人間という生き物ではなくなってしまい、『化け物』と言う存在になってしまったと考えてしまう。何度も。

 普通の生活など、これからも出来るわけがないとわかっていた。

 いつものように朝食、昼食、夕食を食べても空腹と言う存在が襲い掛かる。

 『生き血』を飲めと言う衝動が。

 だが晴喜は吸う事が出来なかった。

 今まで普通の『人間』として生きてきたからなのかもしれない。

 そのため、一度も衝動に駆られることなく人間を襲っていない。

 いや、これからも人間を襲う事なく、『血液錠剤タブレット』を使って生き続けようと思っている。

 これは、晴喜にとって『掟』でもあったからだ。

(例えどんな『誘惑』があっても、絶対にやらないぞ!)

 先ほどの『吸血衝動』の際に、美智子の白い首筋に噛みつきそうになってしまったが、それでも自分自身で押さえつければ、今後も大丈夫であろうと考えている。

 晴喜は拳を握りしめ、小さくガッツポーズをした。

 そんなガッツポーズをしている晴喜の姿を見て、美智子や四郎、そして海の三人が見ていたなんて、知るよしもなかった。

「……どうしたんだ、晴喜?」

「やっぱり具合悪かったのかな?」

「……阿呆」

「おいこら黒雪!今俺の事阿呆って言ったな!!」

 最後の海の言葉のみ、晴喜の耳に入っていた。

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