20××年、6月1日 02


 カラオケ店に入ると、まず仕切ってくるのがこの二人、暁四郎と春風美智子だ。

 入るなり用紙に書き始め、そしてカラオケの機種をどれにするか二人で話し合いながら決め始めている。

 晴喜と海の二人はそういうのは全く詳しくないので、近くの用意されている椅子に座り、二人が決めるのを待つ。

 その際、海が晴喜に声をかける。

「……寿」

「ん、何?」

「お前、本当に大丈夫なんだな?」

「顔色が悪いってことか?それならもう悪くないだろう?」

「……そうか」

 まだ、顔色の事を心配してくれたのか、同じ言葉を口に出し、そしてそのまま再度海は黙ってしまった。

 簡単な会話が終了し、沈黙が続く。

(やばい、めちゃくちゃ気まずい)

 海とこうして二人っきりになるのは正直苦手だった。

 彼は会話というものはあまりしないし、無表情だし、寧ろ友人関係になったとしても彼が笑った所を晴喜は見た事がなかった。

 視線を四郎と美智子の二人に向ける。

 早く機種を決めて、こっちに来てくれないだろうかと言う視線を向けながら、二人を待っていた時だった。

 カラオケ店の入り口の扉が開く。

「いらっしゃい――」

 ませ、と言う言葉が続かなかった。

 無意識に扉にひっかけてある鈴の音で、晴喜も入り口に視線を向けてしまった。

 すると、そこには一人の少年の姿があった。

「……ん?」

 入ってきた少年に目が行ってしまった晴喜だったが、その少年はどこか普通の人間ではない、異常な雰囲気を漂わせているように見える。

 微かに『同じ』に見えてしまったのは、気のせいだろうか?

 珍しい青い髪に両目の赤い瞳。そして首に見えるその紋様を見た瞬間、晴喜は目を見開く。

 首にはっきり見えたのは、間違いなく薔薇の形をした紋様。

(……はぁ!?)

 一瞬声に出しかけてしまったが、声を出さないようにすぐさま口元を抑えて声を飲み込む。

 少年の首にある黒い色をした薔薇の紋様――あの紋様には人間ではない何者かという印のようなモノであり、意味がある。

 何も知らない『人間』にはわからないが、『吸血鬼』としての晴喜たちにとっては、意味があるようなものだ。

 しかもあの大きさからして――。

 だが、晴喜は違和感を覚える。

 吸血鬼の薔薇の紋様だというのはすぐさま同じ種族としてわかるのだが、黒い色の薔薇の紋様は見た事がなかった。

 一方、少年は辺りを見回すようにしながら視線を動かした後、口を抑えて声を飲み込んでいる晴喜と目が合ってしまう。

「……!」

 少年は晴喜を見た瞬間、目を見開き、同時に何かを感じ取ったかのように急いで近づいた瞬間、そのまま両手を伸ばし、晴喜に向かって勢いよく抱き着いてきたのだ。

「ぐふっ!?」

 突然勢いよく抱き着かれ、口の中に入っている内臓まで飛び出しそうになったぐらい、彼は強く抱き着いていき、そして離れない。

 一瞬、自分の身に何が起きたんか理解できず、急いで少年に視線を向けて放してもらおうとしたのだが、この少年力がめちゃくちゃ強い。

 そんな二人の光景を黙ってみている三人がいた。

「「「…………」」」

 四郎、美智子、そして海の三人はそんな晴喜の状況を呆然と見つめている様子があり、思わず晴喜は顔を引きつっている状態になってしまった。

 強く抱きしめた後、少年は顔を上げる。

 ゆっくりと顔を上げた少年が視線を向けた先にいるのは、抱き着いている晴喜だった。

「あいたかった、です」

「は……?」

「ぼくは、あなたに、あいたかった、です」

 途切れ途切れ、一生懸命答えている少年に対し、晴喜は振り払う事が出来ない。

 必死に、一生懸命、何かを訴えているような気がして、何も言えなくなってしまったからだ。

 全く考えがまとまらない晴喜は考えようとした矢先、カラオケ店の外で黒服の男たちが何かを探しているような姿を見る。

 晴喜の勘が、あの男たちと目の前に居るこの少年と会わせてはいけないと、察知する。

「ッチ……」

 もしかするとこれは何か厄介なことに強制的に巻き込まれてしまったのではないだろうかと思った晴喜は抱き続けている少年の身体を抱き上げるようにしながら立ち上がった。

「……悪いけど、今日は先に帰る。緊急の用事が出来た」

「え、はるくん?」

「おい晴喜!」

「埋め合わせは絶対にするから!」

 今の状況を説明してほしい友人たちに別れを切り出した後、すぐにカラオケ店から出ていき、走り出す。

 向かう先は自分が暮らしているマンションだ。

 黒服の男たちに見つからないようにしながら、全力で走り出す。

 晴喜が出て行った後、海が晴喜と少年の背中を見つめながら、静かに何かを呟いていたなんて知らないまま。


「……『吸血鬼』か」


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