3.聖女

「ひー、ひー」


 やっと着いた。

 全力で飛んで来たんだけど、朝に出発してもう夕暮れが近い。


(まあ、途中疲れたから何回か休んだけど)


 思えば、魔の森の外に出たのは初めてかもしれない。ここの植物は魔族や魔物ではないようだ。意思疎通ができない。

 おばさんは、ただの植物でも毒をもっていたり、罠をはったりすることがあるので気を付けろと言っていた。油断はできない。



 ゆっくりと進んでいくと、すぐに音が聞こえてきた。


 ガチャ、ガチャ、がやがや。


 金属がぶつかる音と、人の話声が聞こえる。


 木の枝に止まってそっとのぞくと、たくさんのキラキラがいた。


(あれが、人族か。噂に聞く魔機族に近いのかな)


 魔機族とは、金属の身体を持つ、人型で魔物のゴーレムのような種族だ。


(住んでいるところが魔の森から遠いのか、一度も見たことがないんだよなあ)


 魔機族は、先代の魔王さまの種族なので、おばさんから聞かされていたのだ。


(金属かあ。かめなそうだし、血もおいしくなさそうだなあ)


 がんばって飛んできたのに、期待外れだ。


 たくさんいるけど何しに来たんだか。


(あ、そういえば、あっちに大きな泉があるって聞いたな。いっぱい飛んでのどがかわいたし、水飲もっと)


 飛び立とうとすると、人族の声が聞こえた。


「魔の森もたいしたことないな」、「この任務を達成したら俺もついに英雄の仲間いりか」、「俺、帰ったら幼馴染と結婚するんだぜ」


 気分が高揚しているのか、声が大きい。


(なんだい、ここは魔の森じゃないですよー!)


 なんだか、みんなをバカにされた気がして少し、イラっとする。


(ふん。ちょっと堅そうだからってなんだい。森に入ったら、みんなに締め上げられて小さくなっちゃうよ)


 人族にむかってベ~と舌をだしてから、泉へと飛んでいく。


 

 泉には先客がいた。


 真っ黒な髪に、透きとおるような白い肌。


(きれ〜)


 ついつい、見とれてしまう。


(あれは……、きっと女の子だな)


 おばさんに教えられた。人型の生物は、胸部が膨らんでいれば一般的には女の子だと。


 人族にも、ああいったやわらかそうな種族もいるんだ。


 体を清めているのだろうか。一人で泉に入っているようだ。


 危ないとはわかっているのに、ふらふらと飛んで声をかけてしまった。


「ねえ、あなたは何?人族だよね?」


 目を閉じていて、僕には気付かなかったようで声に驚いて身構える。


「だ、誰ですか?結界は?」

 

 きょろきょろと、周りを見回す女の子。


「僕は、吸血玉コウモリのコウだよ。結界ってなに?」


 おばさんに教わったとおり、名前を名乗る。初対面の相手にはこれが大切なのだ。


 僕に敵意がないことが分かったのか、女の子は落ち着いてこちらに向きなおった。


「コウさま。はじめまして。私はアリスと申します。お話ができるということは、魔族の方なのかしら?それともどなたかの使い魔?」


 僕は魔族と答えると、少し驚いたようだが結界について説明してくれた。


 今、この場所にはアリスさんに害をなすものは近寄れないように術がかけられているそうだ。

 それは、とても強く、どんなに強い力を持ったものでも必ず一度は防ぎ、反応するものらしい。


 特に、何の反応もなくこの場にいることが、アリスさんに敵意がないことの証明になっているようで、彼女は落ち着いているのだ。


「確かに悪いことをするつもりはないけど。けどね、もしよかったら血を少し飲ませてほしいんだ」


(彼女をみてから、吸血欲がすごい!)


 どうしても我慢できなくて、聞いてみた。


「血を?痛くはありませんか?少しでよいのなら」


 すこし困った顔をして悩んだようだが、こちらに右手を差し出してくれた。


 痛くならないように、その手をそっとかむ。


 チクリ。牙が皮膚に突きたち血がでる。



(おいしーーーーー!!)


 今まで飲んだことのない、水よりもはるかに澄んだ、清涼感。まるで身体の中から癒されるような、力が湧き出る感覚がする。


 少し飲んだだけなのに、身体が熱くほてってきた。


(なんだろう。はじめての感覚だ)


 もしかして、毒?人族の血は僕にはあわなかったのか。


(が、がまんできない。爆発しちゃう)


 身体の中からあふれる何かにあらがえず、それを解き放った。



 ボン!


 

 小さな破裂音と煙。その中心にいた僕はコウモリの姿をしていなかった。

 アリスさんとさっきのガチャガチャと似たような姿。僕は、どうやら人族になってしまったようだ。


「これは、いったい……」


 アリスさんも驚いている。


 その時、泉の中から大きなヘビ型の魔獣が跳びかかってきた。


 アリスさんは、動くことができていない。


(なにがなんだか、わからないことばかりだけど、彼女だけは守らなければならない!)


 心に湧き上がる、使命感。


 不思議と体が自然に動き、腰にあった剣をひき抜いてヘビに向かって振りおろす。


 ヘビとは距離があったのに、剣からはするどい刃が飛んでいき、その巨体を切り裂いた。


 アリスさんの元へ駆け寄り、声をかける。


「アリス様。大丈夫ですか?」



(あれ?なんだか口調がおかしいような)


「は、はい!」


 アリスさんは頬を赤くそめ、緊張しているようだ。


(無理もない。いきなりあんな魔獣に襲われたのだから)


 強力な結界とはなんなのか。本当に信用できるのだろうか。


(結界などどうでも良い。私が守ればいいだけだ。その為にはもっと彼女の血を飲まなければ。……。あれ?)


 どんどんおかしくなっている。


 混乱していると、今度は力が抜けていく感覚。


 また、小さな破裂音と煙をでて、後にはコウモリの僕がいた。


 なんだったのだろうか。


 考えてもわからないので、一先ず置いておく。アリスさんにもこんなことは初めてだと伝えた。


 アリスさんは騎士さまとか、呪いがどうとかぶつぶつ言っていたがまだ動揺しているのだろうか。


 彼女が落ち着いたころ、人族が魔の森に来た目的を聞いた。


「私の国に、病がおこりました。それを癒すためには魔の森にあるという、奇跡の実が必要なのです」


 (奇跡の実。森にはいろんな実があるけど、どれのことだろう。おばさんに聞いてみるか)


「わかった!僕が森から持ってくるよ」


 アリスさんを森に行かせたくはない。あのガチャガチャたちも、アリスさんの仲間なら死なせたら可哀想だ。


「よろしいのですか?」


 彼女は嬉しそうだが、僕の身を心配しているのか不安げだ。


「けど、採ってきても今回みたいに上手くアリスさんだけの時に会えるかな」


 なにか、合図を決めなければならない。


「それならば、これをお使いください」


 アリスさんは、左手に着けていた銀の腕輪を外して、僕の左足に着けててくれた。

 ぶかぶかだった元腕輪、現足輪は不思議とちょうど良いサイズに変わる。


「それは伝達の神器。神器を意識して、私と話したいと願ってください」


 そう言い終えると彼女は少し離れて距離をとった。

 言われた通りやってみると、足輪から光の玉がでた。

 それがアリスさんの元へと飛ぶ。


「これで話をすることができます。やめたければそう願えば終わります。もし、実をもってこれたならば同じように使ってみてください」


 (すごい!あの距離がまるで目の前にいるように声が聞こえる)


 人族の技術に驚く。けれど、後からアリスさんに聞いたらこの足輪はとても貴重なもので国の宝らしい。

 似た魔術や、道具はあるがこれほど遠くまで、簡単に使うことができるのは伝達の神器だけなのだと。

 そんな大切なものを、こんなにあやしいコウモリ魔族に渡したアリスさんの信頼には応えたい。


 がんばって、アタおばさんのもとまで飛ぶ。



 行きの時よりも、休憩は少なかった。

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