たぬきたなんでも店

 ダンジョンビレッジで使用できる武器には制限がある。

 例えばダンジョンの外から包丁を持ち込んだとしよう。

 探索者ならばそいつでモンスターにダメージを通すことは可能だ。

 だが、同じ形状、同じ質量の包丁がダンジョン内で手に入った場合、ダンジョン産の包丁は、持ち込まれた包丁の10倍以上のダメージをモンスターに与える。


 と、エージェントPはかつて俺に説明してくれた。


 どうしてそんなことが起こるのか。エージェントPは詳しい原理を知っているようだったが「ダンジョン生物学の修士なら話についてこれるが」と言っていたので、俺はその先を聞くことを自ら辞退した。

 重要なのはモンスターと戦うのならダンジョン産武器を使う必要があるということだ。


 ”持ち込まれた武器のダメージがカットされる”。これは普通は珍しい異常現象らしいが、ダンジョンビレッジでは複数のダンジョンが集中して出現した影響で、ダンジョン同士が融合し、溶け合っており、この”持ち込まれた武器のダメージがカットされる”がダンジョンビレッジ全体に感染しているという。


「へえ、だからダンジョンビレッジのみなさんは旧時代的な武装をしていらっしゃるのですね」

「そういうことだ。ついたぞ。『たぬきたなんでも店』。エージェントPが教えてくれたダンジョン産武器を安く手に入れられる場所だ」


 繁華街の一角にひっそりとたつ雑居ビルに入り、カビ臭い狭い階段を登っていく。ビルの2階、扉を開くと「チリンチリン」と懐古的なベルの音が鳴った。


「いらっしゃいませだなも」

「こちらがエージェントPが紹介してくれた優良な武器商人のたぬきたさんだ」


 見た目は完全にデカいたぬき。

 だが、人間だ。なぜなら聞いたから。

 本人は自信満々に「ボクは人間だなも」と答えてくれた。

 なので多分、人間なのだろう。


「これ大丈夫ですかね……」

「え? 何がだ?」


 お雪はジト目で俺とたぬきた店長を交互に見る。


「久しぶりだなも。もう名前は忘れたルーキーくん。とっくにダンジョンで内臓ぶちまけてくたばっていたと思っただなも」

「店長、たしかに俺は逃げた。だが、もう決めたんだ。ここで立身出世するってな」

「いい面構えだなも。ボクもここからビジネスを大きくしていこうと思っている挑戦者だなも。キミと同じ。ボクは勝ち続けている者より、挫折から立ち上がった者を称賛するだなも。気に入っただなも」


 たぬきたさんに認めてもらえたようだ。


「ボクのお店はボクが直接ダンジョンに潜ってアイテムを発掘しているだなも。仕入れから違うから、他の店より安くできるだなも。そのかわり毎月のほとんどはダンジョンに潜ってて営業日は少ないけど……」

「たぬきたさんってすごい方なんですね」

「ふふ、それほどでもないだなも。ささ、ゆっくり商品を見てほしいだなも」


 俺とお雪は武器を吟味する。

 手頃なのは短剣2万円ほどから。

 高いものは天井知らずなので見ないようにする。


「わたしは赤宮さんと同じ武器が欲しいです」

「このボロの鋼剣か?」

「従者は主人より良い武装をするものではありませんから」

「別にそんな気を使わなくても。俺の剣は品質なんて求めて選んだわけじゃないし。というか従者になったのか?」

「狐は御恩を忘れません。赤宮さんが死に塵となるまでお供すると決めたのです」


 そんなに感謝されるようなことしてないのにな……。

 申し訳ないくらいの恩返し、何とか報いなければならない。

 その意味では嬉しい。そばにいてくれるなら俺も恩返しがたくさんできる。


「なので従者となったこのお雪には、大した武器を選んでいただなくて良いです」


 そう言うわけにはいかない。

 考えた結果。俺は自分の鋼剣をお雪に渡した。

 俺より品質の低いものを使うと言うなら、俺が良いものを使えば良いのだ。


「赤宮さんからの初プレゼントというわけですか、お雪は嬉しいです!」


 尻尾がパタパタ揺れ動く。可愛い。

 すまん、こんなもので喜ばせてしまうなんて。罪悪感すらある。


「武器にはステータスがあるだなも。相手をぶち殺し、血祭りに上げるための得物についてはちゃんと知っておくだなも」


 たぬきたに言われ、お雪は『ボロの鋼剣』のステータスを開いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━

『ボロの鋼剣』

 品質★

 基礎攻撃力 物理 刺突 2

          斬撃 2

          打撃 1

 耐久力 43 / 100


 補正値

 防御 F 筋力 E 技量 E

 知力 F 抵抗 F 敏捷 F

 神秘 F 精神 F

━━━━━━━━━━━━━━━━


 お雪は武器を軽く振って、感触を確かめる。

 正眼の構えは武芸者のものだ。凛とした表情。

 素人目にも剣道のような雰囲気が漂っていることがわかる。

 俺より遥かにさまになっているが……。


「武器のステータスはあくまで基準だなも。使い手次第で性能は変わるものだなも」


 今、お雪に渡した剣は、俺がダンジョンビレッジに来た初日にたぬきたさんのところで買った物で、価格は5万円ほどだった。

 今は予算が12万円あるので、計算上はもっと良いものが買えることになる。


「新しい武器が欲しい」

「さっきの話は聞いていただなも。5万円以上の品質の武器だなも」

「そうだ」

「予算はおいくらだなも?」

「10万円までなら出せる」

「ふむ。10万までなら選択肢は多少広がるだなも。どんな武器が欲しいだなも? 剣? 槍? 斧? 弓? 棍棒? 槌?」

「そう言われても俺は武器なんて素人だからな、何か知恵を貸してくれると助かる」

「基本的に刃があるものは技量ステータスを要求されるだなも。じゃないと刃に負荷がかかってすぐ刃こぼれするからだなも。打撃系の武器は多少乱暴に使っても安心だなも。とにかく『パワー!』と叫ぶ頭の悪い人間にピッタリだなも」

「自分のステータスから武器を選ぶってことか?」

「そうだなも。あるいは何か武器を扱った経験はあるだなも? 学生時代の部活は? 弓道とか剣道とかはやっていただなも? 薙刀道でもいいだなも」


 経験ゼロ。今まで武道に触れた経験はない。


「そういうルーキーには、ボクのおすすめは決まっているだなも。確実に棍棒だなも。安く、扱いやすく、技量がなくても安定した攻撃力を期待できるだなも。咄嗟に振り回しても操作に間違いがないだなも」


 なるほどな。


「欠点は威力をだすためにどうしても打撃部位が重たくなりがちだなも。だから装備重量が高くなる傾向があるだなも」

「それは由々しき問題だな……」


 特に俺にとっては。スピードを俺からとったら何も残らない。


「難しいだなも。それじゃあ、ステータスで際立って高いステータスはあるだなも? そのステータスから特殊な補正値の武器を選んでもいいだなも」


 そういえば武器の補正値というものがあったな。装備者のステータスと武器の補正値があっていれば、それだけ高度に武器を扱うことができるという。つまり高いダメージを出せる。


「敏捷ステータスの補正値が高い武器はあるか? 俺はスピードだけには誰にも負けない自信があってな。逆にいえば、それ以外はゴミなんだぜ」

「自信満々に言うことではないだなも。かなり特殊だなも。ふむ、敏捷特化なら……ふふ、そういえばアレがあっただなも」


 たぬきたは怪しげな笑みを浮かべ、カウンターの奥の扉を開き「特別に見せてやるだなも」とバックヤードへ俺たちを誘った。

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