お狐の割引術
眼下、路地裏をかける巫女パーカーを発見。
俺は雑居ビルの上から、背後に音もなく降り立つ。
「お雪、服を頼む」
「ひやぁ! びっくりした……もう、赤宮さん早く服着てください!」
「すまない。またしても悪党を見つけたからつい」
すぐさま服を着込み、俺は狐面を外す。
ダンジョンビレッジに来て2日。
すでに12回もお狐全裸へのフォルムチェンジを余儀なくされている。
「どうして赤宮さんはそんなに人助けに一生懸命になれるんですか」
「……俺にも具体的なことは言えないが、たぶん贖罪なんだと思う。過去の自分の行いへの」
この赤宮禅、人間社会で生きていくなかで多くの悪事を見て見ぬ振りして生きてきた。学校ではいじめられている奴を助けなかった。酔っ払いにからまれてる女性を助けなかった。会社でのいじめも無視した。我が身可愛さにだ。
その時の俺に力はなく、そして俺の決断は俺以外の多くの人間もしていることだ。
「力のない者にとって、人助けはいつだって高リスクだ。危なそうな奴を相手にしてさから恨みなんてされたらたまらない。俺はそうした小さな歪みが辛かった。もし可能なら力があるなら助けてやりたかった」
「だから、今、悪党たちを……」
「自己満足、あとはストレス発散だ。悪党ならボコしても誰にも怒られない」
さて、この2日ほど随分と世直しに励んだわけだが、おかげで指名手配されてしまった。
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WANTED
『お狐全裸』
【手配度】 ★
【懸賞金】20万円
【特徴】
素早い身のこなし
白い狐面
なお全裸
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街中に貼ってある貼り紙を剥がす。
ふむ。懸賞金がかけられている。
正体をバレるわけにはいかないな。
「治安維持局は赤宮さんの活動をあんまり心よく思っていないのかもしれないですね……バレたら大変なことに……」
「大丈夫さ。俺は正義の全裸だ」
「そのガバガバ理論では信頼できませんよ……」
「なら木を隠すなら森の中でどうだ。変なやつらがいっぱいいる中で多少おかしなことしてても目立つことはない。それにお狐のお面がある。これをつけている限り、正体が赤宮禅だとバレることもないはず」
お雪は心配そうにしていたが、渋々と納得してくれた。
「ダンジョンへ潜ろうか。指名手配者を捕まえて賞金も貯められたしな」
「そうでしたね! 見てください、20万円です!」
俺とお雪は2日間、ただボランティア活動でお狐全裸していた訳ではない。
真の目的は軍資金の調達だ。というのも、実は俺たちには金がなかった。
貯金は底をつき、失業手当も打ち切られた今では、ダンジョンに潜るための装備を整えることすらままならない。
そのため、俺と同類さんたち━━つまりWANTEDな連中を探して、治安維持局へ突き出すことで、懸賞金を稼いだのである。
「おお、ルーキー、お前なかなかやるな」
と、エージェントPは俺にお礼を言ってすごく喜んでくれた。
なお俺とお雪が捕まえた賞金首は悪質なスカート捲りの達人『メクリー澤田』である。お雪にパーカーを脱いでもらい、待機してもらったところ、まんまと餌にひっかかりフォックスアタックで仕留め、無事にお縄に着いた。変態野郎め。ざまあないぜ。
「まずはポーションを買いに行こう」
雑居ビルの1階、入り口の扉が取り払われた、ポーション専門店『レヴィのポーションギャザリング』に入店する。コンビニで見かけるペットボトルの容器に、淡く光る水で薄めたポーションが入れられ並べられている。完全に闇市である。だが、ネオ群馬シティでは闇市じゃないほうが珍しいので驚くことはない。
「うわ、この瓶に入ったポーションこれっぽっちしか入ってないのに20万円って書いてありますよ!」
「それは水で薄めてないポーションだからな。鍵のかかったショーウィンドウに並んでるだろう」
「こんなの買ったら賞金首で稼いだ20万円もあっと言う間になくなっちゃいます」
「そうだ。だから最大希釈ポーション買う。それでも500mlで2万するが」
「買わなくていいんじゃないですか、お金がなくなっちゃいますよ」
「でも、ダンジョンで怪我した時の治癒手段がない。背に腹は変えられん」
俺とお雪、それぞれが1本ずつポーションを持つことにした。これでも最低限だ。金のある探索者たちはポーションを何本も用意して、準備万端でダンジョンへ降りるんだから。
「これ2本くれ」
「8万だよ」
「なんだと。おい、40代前半のパンクロック風女、お前はこの俺に、こんな色の薄いポーションに8万を出せって言ってるのか!」
「ここはあたしの店だ。嫌なら他をあたりな!」
「この前は最大希釈1本で2万だったぞ」
「ポーションの産出がここのところ悪いのさ。必然、相場も揺れる。ポーションは安いうちにたくさん買い込む。それが常識。覚えておきなルーキー」
店長のババアの背後には、ショットガンを布で磨く屈強な男がいる。用心棒というわけか。汚ねえ商売をしやがる。こいつも悪党か。
「ちっ、他を当たらせてもらう」
俺はお雪を連れてすぐに店を出た。
「赤宮さん、すごい迫力でしたね。あんなに堂々と凄みを出して喋られるとは思いませんでした」
「え? ああ……初めてダンジョンビレッジに来た時、エージェントPが教えてくれたんだ。『群馬じゃ舐められたやつから喰われる』って。だから、この街じゃ舐められないようにスイッチを切り替えて、恐くて強いやつを演じる。疲れるが」
「なるほど勉強になります。お雪も恐いやつになろうと思います、きゅえ!」
威嚇の方向をするお雪。可愛すぎてどう頑張っても恐くならない。
「次はどこのお店に行くんです? 見たところ、この近くにポーションのお店は他にないですけど」
「ちょっと待っててくれ。なんとかする」
━━お雪の視点
声に横を見やるとすでに赤宮の姿はなかった。
地面の上にはただ脱ぎ捨てられた衣類があるだけ。
お雪はすぐに察し「赤宮さんはすぐ脱ぐ……っ」と、服を拾い上げた。
「ひえあああ!」
悲鳴が聞こえ、何事かとお雪はきた道を引き返した。
悲鳴の出どころは『レヴィのドラッグギャザリング』だ。
店長の女のまえには狐面を被った全裸が腕を組んで立っている。
筋肉質高身長で仁王立ちする姿は威厳すら纏っている。
そばにはショットガンを片手にぎったまま屈強な男が泡を吹いて倒れている。
「ほう、貴様はこのお狐全裸に激薄ポーションを1本4万で買えと申すのか」
「(や、やべえやつに絡まれた、朝っぱらからとんでもねえのがいやがる。ネオ群馬シティで一番恐ろしいのはイカれたやつだ。何をしてくるかわからねえからな! 目の前のこいつは頭のネジが一本も残ってねえ……!)」
「何も言わぬなら、このぼったくり店を引き続き制裁することになるが」
「に、2万でいい!」
「2万でいいと思っているのか?」
「1万、1万でいいから見逃してくれ!」
━━赤宮禅の視点
お雪の元に戻り、服の袖に手を通すとお雪から怒られてしまった。
「あれでは脅迫全裸です……!」
「でも、あいつはボッタクリだ。本来は2万のところをあんな値段取るなんて」
「……まあ、確かにそれもそうですね」
「思いつきだったけど、意外といい作戦だった……よし、あの技はお狐の割引術と名づけるか」
「これ以上、狐に風評被害出さないでください!」
1万円で8本のポーションを購入した。
ポーションは安いうちに買い込むと教わったからな。
「残り12万円だけです、このままじゃ家計が持ちません……さあ、赤宮さんダンジョンに潜って稼ぎましょう……っ」
「まだです。まだ準備が足りない」
「他に何を準備するのです?」
「モンスター相手には精神攻撃も効果が薄いです。俺の戦闘能力は対人ほど高くなくなります。お雪には自分の身を守れるようになってほしいです」
というわけで俺とお雪は人混みのなかを進み、武器屋に入店した。
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