敏捷『一』

 翌朝。

 俺は気持ちの良い目覚めを迎えていた。

 縁側で腰を下ろし、晴れやかな気持ちで灰色の空を見上げる。

 

────────────────────

【ステータス】

 赤宮禅

 段階:零

 稲穂力:無し

 体力 十/十

 魔力 十/十

 防御 零

 筋力 零

 技量 零

 知力 零

 抵抗 零

 敏捷 一

 神秘 零

 精神 零


【スキル】

 無し


────────────────────


 敏捷『一』。なんて素晴らしい表記なんだ。

 一生このステータス眺めていられる。


「おはようございます、赤宮さん」

「お雪……本当にありがとう」

「おかしな人です、挨拶に感謝を返すとは」

「今はお礼を言いたい気分なんだ」

「敏捷ステータスが成長しています。その力を試してみましたか」


 言われてみれば、確かにまだ実践していなかった。

 昨晩はお腹いっぱいになって、感動に泣き疲れ、そのまま寝てしまったからな。

 

「今の赤谷さんならきっとお狐ダンジョンの霊狐を捕まえることができます。お雪は朝ご飯を作って参ります」

「え、いいよ、そんな手を煩わせることはできない」


 夕飯まで作ってもらって、その上、朝ご飯まで振る舞われたら、立つ瀬がない。


「いいのですよ、わたしがそうしたいのです」


 お雪は淑やかな笑顔を浮かべて台所へ行ってしまった。

 彼女の厚意に報いる方法がない。


「いいや、男子として生まれたからには立身出世して、お金を稼いで、それでお雪に好きなだけ恩返しをするんだ」

 

 それ以外に、俺は彼女のしてくれた全てへ報いる方法がない。

 俺は冷たい水で顔を洗い、頬を強く叩いて気合を入れ、ダンジョンビレッジで買った激薄ポーションをペットボトルの半分だけ飲み干す。2万円のポーションの半分、つまり1万いま飲んだことになる。そう思うと切なくなるが、おかげで筋肉痛が和らいでいく。神秘の力はかくも偉大だ。


 お狐ダンジョンへ降りた。ダンジョンは相変わらず明るくなっている。昨晩、お雪が言っていたが、どうにも霊狐はエリアごとの祠を起点に出現しているらしく、お狐ダンジョンにはたくさんの霊狐たちがいるという。祠の目印は鳥居だ。俺は昨晩、そのうちの1匹、ダンジョンの入り口から最も近い場所にある鳥居のお狐様を追いかけていたわけだ。


 なので『仙狐の稲穂』を手に入れるためには、お狐ダンジョン内の光が灯っていない暗いエリアを探して、新しい霊狐を探さないといけない。


「きゅえ」

「む、お前は昨日の……もしかして次の祠のところまで案内してくれるのか」

「きゅえっ♪」


 第一の霊狐は気前よく、俺を導いてくれた。

 暗いエリアにやってこれた。ここに新しい霊狐がいるはずだ。

 第一の霊狐は明るいエリアで前足を揃えて座り込み「きゅえ!」と鳴いて、霧のように姿を消してしまった。ありがとう。狐って本当に優しいんだな。

 

「きゅえ」

「待っていたようだな、第二の霊狐」

「きゅえ、きゅえ〜」


 霊狐は楽しそうにスタタターっと走り出した。

 俺も駆け出し、元気に揺れる小麦色の尻尾を追いかける。

 

「待てえー!」

「きゅえ〜♪」


 体感でわかる。俺は速くなっている。圧倒的に。

 だって距離を離されていないのだから。昨日とはまるで違う。

 霊狐の速度に追いつける。あと少しだ。あと少し、手が届く、あ、逃げられた。小賢しい小さなジャンプでスルッと腕を抜けやがった。


「きゅえ!」

「楽しそうだな、ええい、チョロチョロと!」


 狐は単純な追いかけっこが煮詰まると、俺の足元をうろちょろしだす。

 手を伸ばしても、スルッと抜ける。とんでもない煽り行為だ。


「お狐さまでもそれは許されないぞ、もうお縄につけ!」

「きゅえっ、きゅえぇ」


 走っては追いつき、チョロチョロされ、疲れ果て、逃げられ、休憩して、走っては追いつき、チョロチョロされ……そんなことをしばらく続けていると、俺の体力は限界に達した。


「ぜはぁ、ぜはぁ、はぁ……ぜはあ、はあ!」

「きゅえ♪」


 最後にはまた霊狐の方から捕まりに来てくれた。

 本当にありがとうございます。


「きゅえ━━……」


 霊狐は稲穂に姿を変え、ダンジョンの区画が明るくなっていく。

 第二のお狐に認められたようだ。お情けのようなものだが。


「朝ご飯、間に合うかな」


 俺はお狐ダンジョンを飛び出し、お雪のもとへ戻った。

 お雪はお米を炊かずにいてくれた。おかずを手掛けながら、俺が『仙狐の稲穂』を持ち帰るのを待っていたらしい。


「赤宮さんなら霊狐に認められると信じていました!」

「お雪……」


 優しすぎる、いい子すぎる、こんなだめな俺にどうしてそんなしてくれる。

 幸せにしなければならないぞ、全力でだ、赤宮禅。

 お前の生はこの子を幸せにするためにあるのだ。

 

「朝ご飯は牛すじカレーです」


 ご飯が炊けるのを待つことしばらく。なんとなく古き良き和食系が得意なのかなとか思っていたが、しっかり現代の料理技術を身につけている。


「時間をかけてしっかりと茹でた牛すじです、さあ召し上がれ」


 コクの深いカレーが疲れた体に素早く浸透した。

 お雪はあまりに料理上手だ。世界を獲れる。彼女は最高だ。

 それでいてやはり米が美味すぎる。旨い、甘い。神聖を感じる美味さだ。食えば食うほど腹が減る。イカれているのは米か、俺か。


────────────────────

【ステータス】

 赤宮禅

 段階:零

 稲穂力:無し

 体力 十/十

 魔力 十/十

 防御 零

 筋力 零

 技量 零

 知力 零

 抵抗 零

 敏捷 二

 神秘 零

 精神 零


【スキル】

 無し


────────────────────


 稲穂力を振り分けた。

 敏捷は『二』に成長した。


 さて、午後も潜るか。

 お雪の旨い飯で活力を手に入れ、俺はお狐ダンジョンに降りた。

 第二の霊狐に案内され、第三の霊狐を探しにいく。


「きゅえ!」

「いたな」


 スタタターっと楽しそうに駆け出す霊狐。

 同時に俺は歩幅を長く走りだし……風を硬く感じ、気がついたら狐を両脇からがしっと掴んで捕まえていた。


「きゅえ〜!」

「……っ」


 俺自身、驚愕する。今、走り出したら、グンっと狐との距離が縮まった。

 これが敏捷ステータス『二』の世界……俺は狐より遥かに速くなっている。

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