狐を追いかけろ

 お狐ダンジョン、一体なにが待っているというんだろうか。鋼の直剣とペットボトルポーションは持ってきてある。3日前の俺なら恐ろしく感じたダンジョンも、今では多少は慣れたおかげで、取り乱すことはなくなった。


「それで、このダンジョンは何が特別なんだ。入口の雰囲気は普通のダンジョンと変わらないが」

「ふふふ」


 お雪は半眼になり、怪しげな表情を浮かべる。進むしかないということか。

 俺はイヤーライトのスイッチを入れる。耳掛け式の懐中電灯はダンジョン探索で重宝するアイテムだ。首を動かしても照らす先がブレないため、自分の視線の先を確実に照らせ、両手を使えるというメリットがある。ダンジョンビレッジの探索者たちから学んだことのひとつだ。

 迷宮のなかには、光源を持たずとも視界が確保できるダンジョンもあるらしいが、俺は基本的にダンジョンは暗いものだと思っている。この3日間で潜ったダンジョンが全部暗かったせいかもしれないが。まあ、暗いとはいえ、視界ゼロではない。半月の夜くらいには見える。


 俺は剣の柄をしっかり握りしめ、ダンジョンの奥へ歩みを進めた。すぐに奇妙なオブジェクトを発見した。風化した石煉瓦の通路その突き当たりに赤い鳥居があるのだ。薄暗いダンジョンのなかに鳥居。異質な雰囲気が漂っている。


「鳥居です。可愛いです」

「どちらかといえば和ホラーだけどな」


 お雪の不思議な感性に騙されてはいけない。


「むっ、なんかいる」


 鳥居のまえ、青白く淡いオーラを纏った獣がいる。

 狐だ。お稲荷さんみたいな色合いの狐だ。


「赤宮さん、あの狐を捕まえてください!」

「え?」


 お雪は背中をポンポン叩いて急かしてくる。

 

「で、でも、ダンジョンを走るのは危ないぞ」

「お狐ダンジョンには普通のモンスターは出ません。というか赤宮さんを害するモンスターは出現しません、トラップもないです。とにかく安心して霊狐を追いかけてください!」


 鳥居の前でオーラ狐は顔を洗い、ググーっと気持ちよさそうに伸びをすると、スタタターっと駆け出した。ええい、ままよ。俺は駆け出した。

 暗いダンジョンを走るとよくないとダンジョンビレッジで先達たちに教わった。語るまでもなく暗い場所で走るのが危ないためだ。あと走ることで光源の位置が揺れて目が疲れる。

 あとは暗くなくても言えることだが、ダンジョン内を素早く移動してしまうと複数のモンスターに発見される可能性が高まる。そうなると本来なら1体ずつ処理できたのに、気がついたら2体、3体のモンスターを相手にしないといけなくなっていたりする。あとはトラップに気がつけないこともあげられる。というか走らない理由としてはこれが一番大きいかもしれない。


「てか、狐はええな!」

「きゅえ、きゅえ〜」


 俺は全力で狐を追いかけたが、一向に距離が縮まる気配はない。揺れるライトが照らす明かりのなかで、俺と狐の距離は間違いなく離れていっている。角をひとつ曲がり、ふたつ曲がり、ああ、見失った……。


「ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはあ、ひぃひぃ……!」


 滝のような汗を流しながら、俺は猛烈な脇腹の痛みを感じながら腰を下ろした。中学生の頃は駅伝部に選ばれるくらいには走力に自信があったが、情けないことだ。


「ぜはぁ、ぜはぁ、あー……しんど」

「赤宮さん、余計な装備を持ちすぎかもしれません」

「あ、お雪、追いついてきたのか、速いな」

「狐ですから。コンコン」


 お雪は手を頭のうえに持っていき可愛らしくジェスチャーする。


「剣にペットボトル、このお雪が預かりましょう。人間が狐を捕まえようというのに、ハンデを背負っていては1階層の狐とてとてもとても敵わないでしょう」


 お雪は剣とペットボトルを抱える。ついでに多少の防御力があるレザーの上着も預けておく。地味に重たい。


「よし、これで随分身軽になった」

「あそこで霊狐が待ってます。顔を洗ってあんなに余裕そうに……」

「ええい、狐め、この赤宮禅を侮ったことを後悔させてやる」

「その意気です」


 俺と不思議なダンジョン狐との追いかけっこは半日に及んだ。お雪は水やタオル、しまいには昼食にお稲荷さんの差し入れをしてくれたり、献身的にサポートしてくれた。俺はなんとか狐を捕まえられないか励んだ。


「待てえー!」

「きゅえ、きゅえ♪」


 狐はとてもすばしこかった。

 それはそれは憎たらしくなるほどに。

 とても捕まえられるような生き物ではない。


「ぜはぁ……ぜはぁ、無理だ……っ! 絶対、無理、速すぎる……っ、はあ、はぁ! はあ……少しは、手加減、して……っ、死んじゃう……ぜはぁ!」


 汗でぐっしょり濡れたシャツとパンツ。俺はダンジョンの通路に横たわり、人間の限界を悟った。


「きゅえ、きゅえ」


 鳴き声に視線を傾けると、俺の顔の横で狐が前脚をそろえてお座りしていた。

 1日追いかけまわした青白いオーラを纏った狐である。


「お前、とうとう敗者を煽るように……」

「違いますよ、赤宮さん。その霊狐は赤宮さんの一生懸命な姿勢を認めてくれたのですよ」

「認めてくれた……?」

「狐ダンジョンは英傑の霊狐たちが眠る場所。霊狐たちの試練を乗り越え、実力を認められれば試練を乗り越えた証として御褒美をくれるのです」

「きゅえ、きゅえ」


 青白いオーラを纏う狐━━霊狐は、横たわる俺を踏みつけて胸の上でお座りする。次の瞬間、狐を包む光は勢いを増し、パーッと輝いたかと思うと、ダンジョン全体が明るく輝いた。ダンジョンの壁という壁が明るく小麦色に光り、すっかり視界が晴れた。


 胸の上、狐の姿はなかった。代わりにフサッとした植物がある。これは……稲穂?


「赤宮さんの能力値を強化する鍵です。このダンジョンでしか手に入らない貴重な品物で、スーパーで、レアな、ウルトラなアイテムなのです」


 紙紐でひと束にされたそれを手に取るとアイテム名が出て『仙狐の稲穂』と表示されていた。

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