現実に打ちのめされる
想像の倍やばいダンジョンビレッジであるが、同時に好機も見出せる。新しい環境というのは混沌としているものだ。法整備が行き届いていないというか、秩序が出来上がりきってないというか、まあ、とにかくこういう混沌とした場所に大きなチャンスはあるものだ。
いわゆる新天地の開拓というやつだ。ダンジョンと探索者の長い戦いの中で、ダンジョンビレッジはひとつの新しい界隈、みんなが手探り、ここで成り上がることができれば、俺もビッグになれるかもしれない。
俺の物語はここからはじまるのだ。
━━しばらく後
ダンジョンビレッジに初めて行ってから3日が経った。
俺は家の裏庭で煙草をくわえて灰色の空を見上げていた。
「俺の物語は終わった……」
「あ、赤宮さん、また死んだ魚のごとき目になってますよ!」
顔をチラッと向けると、お雪が驚いた顔で立ち尽くしていた。
「3日ぶりだな。まだいたのか」
「ええ、まあ……急に赤宮さん出ていっちゃうのですからびっくりしちゃいました」
「悪かった、ちょっと興奮してて。また会えて嬉しいよ、そうだ、お腹は空かせてないか」
「この家に居候させていただいていたので、自炊してましたので大丈夫です」
勝手に住み着いてた。まあ構わないが。
てか自炊できるのかよ。俺よりずっと高性能な狐じゃねえか。
「どうしたんですか、あんなにキラキラした顔で出ていったのに、またひどい顔してますよ。くたびれすぎて煙草が似合いすぎです」
「ありがとう、お雪は優しいな」
「褒めたつもりはないです……」
「気がついたんだよ。俺はやっぱりダメな人間だったって」
「何があったんですか。希望に満ち溢れていたじゃないですか」
煙草を手に取り、灰皿に押し付ける。トントンっと指で箱を叩いて、新しい一本をとりだし、口にくわえ火をつける。
「はあ……ダンジョンは厳しい世界なんだな。俺は勘違いしてたんだ。探索者になれば誰でも一攫千金の夢を見れるんだってさ」
俺はお雪に語った。
ダンジョンビレッジで何があったのかを。
「俺はどうやらレベルアップできない体質らしい。探索者にはダンジョン因子っていうのがあってさ、因子の質次第でどこまで強くなれるのかどうか決まってくるんだ。俺はどうやらゴミだ。抗ダンジョン剤で擬似的に探索者になっているやつらよりも才能がないんだ。終わってる。何が選ばれし者だ。悪夢のようだよ」
自分のだめさを再認識させられただけだった。
俺はどこまでも、どこまでもダメなやつだ。
「はぁ……浮かれてしまった。俺は俺がダメ人間だったことを忘れてしまってたんだ。不思議な狐のおかげで一時的に特別な感動を得ただけであって、それは俺が努力した結果でもなんでもない。だと言うのに、俺は人生が良い方向へ変わる兆しだと理由もなく確信して、あまつさえ自分がすごいやつだと驕った。調子に乗った。俺はなにもすごくない。すごいのはお雪、お前だよ」
現実は物語のように都合よくできていない。
俺はまた新しい一本をくわえ、ライターで火を灯す。
「はぁ……この剣、ダンジョンビレッジで買ったんだ。モンスターと戦うには武器が必要だって知ったからさ、怪しい黒服サングラスのアドバイスでさ、先輩探索者たちのやってることを見よう見まねで盗んで、装備も揃えた」
俺の隣、縁側に抜き身の直剣とペットボトルが置いてある。
ペットボトルの中身は薄赤色の液体だ。ダンジョンで手に入るポーションと呼ばれる異文明の医薬品だ。飲めば傷を癒す効果がある。
「繁華街の露店でモヒカンが売ってたんだ。効果が損なわれないギリギリまで水で薄めた粗悪品だけど、ダンジョンに潜るのにポーションなしで入るなんて自殺行為だって言うからさ。この500mlの激薄ポーションで2万円だ。実際に使ってみたが確かに、血は止まるし、傷口は塞がるし、痛みは和らぐ。でも、2万だぞ? ちなみに俺が3日潜って稼いだ金額は0円だ。支出は14万。俺はダメなやつだが、金の勘定はできる。これじゃあ事業として成り立たない。ダンジョンに潜ってはモンスターにボコされ、武器を破壊され、逃げ帰っただけ。話にならない。痛い。恐い。もう嫌なんだ」
目を閉じれば今もダンジョンで俺をいじめた恐ろしいモンスターたちの鳴き声が聞こえてくる。ああ、想像するだけで恐ろしい。震えが止まらない。
「おまけにレベルアップもできない。どうしたって俺はダンジョンで稼げないんだ」
「赤宮さんはそれで心折れてしまったのですね。かわいそうに。尻尾もふもふしますか」
お雪は腰裏の尻尾をまえへ持ってきて、抱きかかえる。
ずいっと差し出される白いもふもふに俺は抱きついた。俺の心に救っていた黒いモヤモヤしたものが、スーッと抜けていく。もふもふ。すごい。恐怖とか不安とか絶望とか、ありとあらゆるストレスが浄化されていく。これがもふもふ。
「もふもふは素早くDNAに届きます。うつ病、認知症はもちろん、やがて癌にも効くようになるでしょう」
「もふもふ……もふもふ……」
はっ、いかん、また尻尾の魔力に乗っ取られていた。
だが、おかげで随分と気分がよくなった。
「ありがとう、お雪」
「赤宮さんは恩人ですから、今回のもふもふは特別です」
お雪は朗らかに微笑んだ。……可愛いな。
「しかし、赤宮さんの経験は好都合ですね」
「好都合? どういうことだ」
「わたしの恩返しをよりありがたく感じてもらえるということです。ささ、こちらへ。赤宮さんはお忘れではないですか。わたしは召喚した特別なダンジョンのことを」
お雪は先日掘ったダンジョンへ穴の近くでこちらへ振り返った。
「狐の召喚したダンジョン、名付けるなら『お狐ダンジョン』━━。穴のなかで待つは英傑の霊狐たち。狐は御恩を忘れません。このお雪と庭先のダンジョンが、きっと赤宮さんの力になってみましょう」
お雪に急かされ、俺はダンジョンへ降りた。
お狐ダンジョン。一体なにが待っているというのだ。
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