ダンジョンビレッジ

 ステータス表示……探索者だけが持つという特別な力の代表的なもので、本人に宿るスーパーパワーを確認することができるんだとか、そんな話だった気がする。ダンジョンが身近になったことで一般人の俺でも存在くらいは知っている。


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【祝福状況】

 赤宮禅

 段階:零

 体力 十/十

 魔力 十/十

 防御 零

 筋力 零

 技量 零

 知力 零

 抵抗 零

 敏捷 零

 神秘 零

 精神 零


【特殊技能】

 無し


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「これどうなってるんだ。映像投影をする装置があるわけじゃないし……!」


 空間に表示される文字情報というだけで興奮する。

 理解し難い神秘のチカラを感じれる。


「赤宮さんが喜んでくれているようで、雪は満足です」

「あっ」


 しまった。お雪のまえではしゃぎ過ぎた。恥ずかしい。ここまでかなりローテンションで接していた分、増して羞恥心がひどいことになっている。死にたい。


「こほん。お雪、その、ありがとうな。お前の不思議な力のおかげで俺にも希望が見えたよ」

「もともと赤宮さんに宿っていた潜在能力を引き出しただけにございます」

「元々……その、不思議な術を使えば普通の人間を探索者にできるわけじゃないのか」

「赤宮さんは遅かれ早かれ、いつかは探索者として覚醒していたんですよ。わたしはその覚醒を今この時に早めただけに過ぎません」


 そうだったのか。ということは、俺には本当に特別な才能があったんだな。


「このステータスやたら和のテイストが強めだな……こういうものなのか?」

「もしかしたら、フォックスパワーの影響が少し出てしまっているかもしれません。多少、調整したほうが閲覧する分には見やすいかもですね」


 ステータスは表示を設定できるらしい。

 やり方がわからないので、俺より詳しそうなお雪にお任せしてみた。


────────────────────

【ステータス】

 赤宮禅

 段階:零

 体力 十/十

 魔力 十/十

 防御 零

 筋力 零

 技量 零

 知力 零

 抵抗 零

 敏捷 零

 神秘 零

 精神 零


【スキル】

 無し


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 うーん。あんま変わってないような。

 【ステータス】【スキル】はパッと見でわかりやすくはなったか。


「すみません、わたしも実は詳しくなくて……」

「いいや、構わない。やってくれただけ助かる。ありがとう、お雪」

「これくらい礼には及びません」

「してお雪、さっそくあの裏庭のダンジョンに潜ってみたい。ダンジョンではお宝がたくさん手に入るらしいからな。お金をいっぱい稼いでみたいんだ」


 これまでの俺ならば叶うはずもなかった一攫千金。誰もが一度は夢見るそれに俺は挑むことができる。お金がたくさんあったらコンビニで値段を気にせず揚げ物を買いまくれるってことじゃあないか。ああ、なんて素晴らしいんだ。


「それは難しいかもしれません、あそこは特別なダンジョンですので。あのダンジョンでお金を稼ぐことはできません」

「なんだ、そうなのか、なら手近なダンジョンへ行ってみよう、ネオ群馬シティならダンジョンには困らないはずだ」

「あ、ちょっと待ってください、赤宮さん!」

「思い立ったらすぐ行動、善は急げってな、ははは」

「ご機嫌になりすぎでは……っ、赤宮さん、待って!」


 お雪、ありがとう。

 お前の導きが俺を救ってくれた。

 俺の物語はここから始まるのだ。


 俺は裏山を走り抜け、家に戻って動きやすい格好に着替え、タオルやら水やらをリュックに詰めて、自転車を走らせた。


「おい、爺さん、近くのダンジョンがどこにあるか知ってるか」

「おやおや、若いの、今日はえらくご機嫌じゃのう」

「ああ、まあ、ちょっとな。良いことがあってさ」

「そうかそうか、ダンジョンに行きたいならダンジョンビレッジへ向かうといい。地図を貸してみい」


 隣の家の爺さんに地図をマークしてもらう。ダンジョン多発による異常現象のせいで文明の利器をろくに使えないため、ネオ群馬シティでは地図のようなアナログなアイテムにも出番がある。


「若いの、ダンジョンに潜るつもりなのか」

「デカい山を当てて金持ちになるんだ」

「そいつはいい。今まで死んだ魚のような目をしていたのが嘘のように良い顔をしておる。その顔の方がずっと似合ってるぞ」


 爺さんに見送られ、俺はダンジョンビレッジへ自転車を走らせた。

 片道1時間の道のり。なかなか遠かったが、活力に満ちていた俺は難なくたどり着き、お昼過ぎにはダンジョンビレッジの入り口に立っていた。

 

 ダンジョンビレッジとはネオ群馬シティの中央に位置する巨大なダンジョン密集地域のことをいう。厳密にはネオ群馬シティ自体が『ダンジョンビレッジ』と外からは呼ばれているらしいが、それは間違いだ。

 人気がある街中を進むと、なんだか荒れた空気感漂う繁華街が見えてきた。顔をあげれば電光掲示板の間に違法建築臭い建物が見えた。ビルの屋根にビアガーデンらしきものが築かれているのだ。昼間から客が入って騒いでいる。

 大通りには棘のついた肩パットに、腰に剣を下げた輩も平気でうろついている。道脇にはゴミが散乱し、酔い潰れた者がゴミ袋を枕にして寝ている。


「スキル発動! エクスプロージアぁぁあ!」


 なんかカッコいい技名が高らかに叫ばれた。声のほうへ振り返ろうとした瞬間、俺の視界を眩い閃光が覆った。耳をつんざくのは爆音。爆音のなかにいくつか発砲音らしきものも聞こえる。

 脳みそで理解する前に、本能的に危険を悟り、俺は路地に逃げ込んだ。ここ日本ですよね。いや、たしかに群馬だから何が起きてもおかしくはないのだが……想像を軽く超えてきた、流石に荒れ過ぎなんてレベルじゃない。

 

「おう、ミルク臭いガキが来たなぁ! 爆発が怖くて逃げてきたんだなぁ? だが残念、ここは俺様の私有地だ! 通りたかったら荷物を置いていきなぁ!」


 ダウンジャケット着たモヒカン頭の男が抜き身の日本刀をちらつかせ言った。繁華街の大通りを一本それた途端、通行税に身包み剥がされそうになるとか……ここ日本ですよね。


「ルーキー、下がってろ」

「てめえ、エージェントか……っ」


 混乱する俺の背後から男性がスッと出てきた。白シャツ袖捲りをした夏場のビジネスマン風の格好で、サングラスをかけている。くわえ煙草をしており、クールな風貌だ。異質なのは拳銃を構えていることくらいか……悪い夢を見ているのか、俺は。


「エージェントP……っ、この前はよくも……!」

「馬鹿野郎が、ここじゃ俺が法だ。楯突くんじゃねえ」


 煙草サングラスは迷わずモヒカンチンピラへ発泡。モヒカンは太ももを撃たれ、地面の上を転げまわり「す、すみませんでした……ぁ!」と逃げていく。


「もう何がなんだか……異世界に迷い込んだのか……?」

「残念だが、ここは異世界じゃない。群馬だ。群馬ではなんでも起こる。覚えておくといい、ルーキー」


 サングラスの男は銃を腰のホルダーにしまいながら、こちらへ振り返る。


「私はエージェントP。このダンジョンビレッジで気持ちばかりの治安維持に努めているダンジョン財団職員だ」

「赤宮禅です。助けてくださってありがとうございます」


 自己紹介されたので、思わず自己紹介しかえしてしまった。


「ネオ群馬シティには不慣れと見た」

「一応、何週間か前に引っ越してきたんですけどね……」

「きっと郊外なのだろう。ここの治安の悪さに触れずに済んでいるのなら良い場所に住んでいるのだろうな」

「はぁ。あの一体なにが起こってるんですか。群馬は恐ろしい國だとは子供の頃から言い聞かせられていましたけど、まさかこれほどとは」

「無理もない。これはほんの数年の間に起こった変化なのだからね。ダンジョンビレッジはダンジョン財団に最初に見捨てられた無法地帯だ。今じゃ毎年のようにダンジョン出現率が倍々ゲームで増えてる。財団はすべてのダンジョンに正規の方法で対処することを諦めた」

「諦めちゃったんですか……」

「かつてはダンジョンが出現すれば調査部隊を送り込み、ダンジョンキャンプを設置し、ダンジョン攻略に多くの人員と資源を投入していたものだが、そのような古い方法ではもはやすべてのダンジョンに対処できないからな。さっきのモヒカンだって非正規だが探索者だ。モンスターと戦える」


 エージェントPいわく、財団から黒い封筒が届いていない探索者は、財団に登録されていない非正規探索者なのだという。本来なら取り締まる必要があるが、いまは有事、野心でダンジョンに積極的に挑んでくれるのなら黙認するというのが現在のダンジョン財団のスタンスだという。


「管理者がいなくなれば、モラルは低下する。違法取引は横行し、暴力が手段となる。探索者とは超人だ。モンスターを倒し、レベルアップし、力を持て余している。そんな人間がダンジョンビレッジにはうじゃうじゃといる。既存の治安維持組織では一度乱れたモラルを立て直すことはできない。警察も軍隊も、ここでは無力だ。生半可な火器じゃ探索者を制圧できないからな。だから、ここは犯罪の温床だ。おかげで世紀末の法がまかり通る」

「その結果、マッドマックスみたいになってるわけですか」

「どちらかと言えば北斗の拳だが」

「どっちでもいいですよ。危険なことに変わりない」

「まあそうだな。だが、毎日新しいダンジョンが生み出され、既存のダンジョンと溶け合い、新種のダンジョンさえ生まれる異常地域を抑え込めるのならば、文明がいくらか衰退しようと構わない。俺が思ってるんじゃない。財団がそういう方針をとった。……見たところ君も非正規の探索者を目指していると見える」

「いや、俺は……」

「ん? 違うな、そうか、君は選ばれし者なのか」


 男は驚いた顔をし、すぐに笑顔で俺の肩を叩いた。


「今はダンジョン飽和時代。ひどい時代だ。財団は新しい時代の英雄を求めている」

「新しい時代の英雄……」

「君のような本物はダンジョンビレッジじゃ珍しい。気に入った。このイカれた無法地帯の歩き方についてレクチャーをしよう。ついてこい。まずは武装を整えろ。この街でそんな無害そうな雰囲気を出してたらいいカモだ」


 エージェントPは新しい煙草に火をつけて、さっさと歩きだす。

 ダンジョンビレッジ、ネオ群馬シティ……とんでもないところに来てしまった。

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