ここ掘れコンコン
古来より日本には恩返しを題材とした昔話が受け継がれてきた。
鶴の恩返し。昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいた。
罠にかかっていた鶴を助けてやると、その晩に美しい娘が家をたずねてきて、まあ、よく働いてくれる。最後には見事なおり物を織って、おじいさんとおばあさんに富をもたらし、恩返し完了、山へ帰っていったとさ。
動物は義理堅いのだな。そんなことを思いながら、目の前の娘を観察する。
見たところ歳は10代。艶やかな銀色の髪は昨晩降った雪化粧の裏庭に映え、透き通った水色の瞳はこの世のものとは思えない幻想を宿している。白い肌は雪のようで、件の耳と尻尾はやたらふわっふわしている。もふもふという奴だ。
どこか巫女然とした服装をしており、履き物は下駄というのだろうか、この時期にはちょっと寒そうだ。
にしても近いな。俺はスイっとお尻を横にずらして距離を取る。
「コスプレイヤー。俺は知っている。すけべな格好をしてパンチラする職業だとか」
「コスプレイヤー……? はて、なんのことでしょう」
「惚けても無駄だ、女子高生。君もいい歳だろう。そんな格好で悪戯は関心しないな」
やれやれ、最近の若者は変わった子が多いな。ここは大人として教育的指導をしてやるか。まあ、俺は他人を叱れるほど立派じゃあないので、ほどほどにするが。
「その耳飾り、すこし触るぞ」
一言断ってから白い耳を掴む。
もふっと効果音が聞こえてきそうなほどに、手が沈んだ。まさか目に見えているこの耳の体積のほとんどが毛がふっくらして立体的になっているせいだと言うのか。あり得ない。人類の許容できるモフ味を凌駕している。
「なんだこのモフ味は……というかこれ外れないな……」
「もふもふがお好きですか。こちらをお納めください。自慢のしっぽです」
少女はそう言うと、恭しく腰裏でパタパタしていた尻尾を抱えるように持ってきた。お腹の前で抱かれる白いソレは未知の物質だ。おそらくは天文学的モフ味を内包しているのであろう。その尻尾はどこに実体があるのかわからないほどにひたすらきめ細かい毛の束で構成されている。
尻尾を抱きかかえる少女の手すら尻尾を卑猥に歪ませており、形状を変化させずに触れるのは不可能と言って等しい。新雪のうえを足跡をつけずに歩けと言っているようなものだ。
俺は三度生唾を飲みこみ、激しくなる動悸を押さえこんで、そっと真っ白な尻尾に触れた。もふっ。聞こえた。今、確かにもふって聞こえた。
「もふっ……もふっ……」
「つい口ずさむほどに気に入ってくださったようですね」
「はっ、俺は一体なにを……尻尾の魔力に意識を乗っ取られていた……?」
「無理もありません。これは正真正銘、お狐の尻尾なのですから」
自慢げな少女は尻尾を手放し、また腰裏でパタパタと揺らしてみせた。
よく考えれば、あの尻尾の挙動はおかしい。人体のどんな筋肉を動かせば、あんな自然な尻尾の動きを再現できると言うのか。
「まさか、本当に狐……」
「はい、その通りでございます。昨日、あなた様に命を救われた狐にございます」
「狐って喋れたのか」
「これは人間に化けているのでございます。特別な目的のための、特別な手段です。狐の恩返し受けてくださいますか」
「恩返し……おでんごときで律儀なものだな……狐」
「お腹が空いて死にそうだったのです。あのおでんなくして今朝の私の命はないでしょう」
「狐も大変なんだな。わかった。恩返し、ありがたく受けよう。その尻尾を堪能させてくれ」
「あ、いえ、これは別料金ですね」
普通に断られたんだが。
「なんだ別料金って」
「狐の女子にとって尻尾をもふもふされることは、とっても恥ずかしいことなのです。なのでそう何度ももふもふさせるわけにはいきませぬ」
「じゃあ、もう恩返しは終わってしまったのか」
「いえ、とっておきの物がございます」
狐は淡白な表情をにこりっと楽しげに崩し、巫女装束の袴、その下に手を入れて「よいしょ」っとスコップを取り出した。やたら近代的なスコップだ。てかそこに収納空間あるのか。あまりにえっち。近頃の狐はえっちなのか。
「一見普通のスコップ。だが、そんなはずがない。まさか妖狐に一族に伝わる特級呪物スコップ……?」
「その通りでごさいます」
得意げに薄い胸をはる狐。しかし、悲しいかな。今、スコップの持ち手にバーコードが見えた気がする。
「実はホームセンターで買ってきてたり」
「まさか、カインズホームで1,599円で購入したとでも疑っているのですか……っ」
語るに落ちた。
「これは我が家に伝わる妖怪の秘密の道具的なアレです! たぶん!」
尻尾をパタパタさせ、少女は弁明をする。尻尾が激しく動くものだから、袴のなかからレシートらしき物も落ちてきた。
だめだ、この狐、語るたびに落ち続けていく。これ以上はスルーしきれない。
「わかった。それで、その伝説のスコップでなにをするんだ」
「ここ掘れコンコンです」
「ほう。なるほど。ここ掘れわんわん方式か。見切ったぞ。そこを掘るとさては小判が溢れてくるという寸法だな」
「ふふふ、それは掘ってからのお楽しみでございます」
狐はスコップを渡してくる。
「ん?」
「どうぞ」
「……俺が掘るのか」
「こんなか弱い狐の乙女に深き穴をほる腕力はございません」
いや、まあ、うーん、そうだろうけど……。
俺は渋々スコップを受け取り、裏庭をざくりと突き刺す。
しばらく掘っていると身体が熱くなってきた。ろくに運動していないせいで、節々が痛い。ふむ、明日の筋肉痛を覚悟する必要があるな。スウェットの上を脱いで、ひたすらに穴を掘り進める。一息ついて、額の汗をぬぐい、縁側を見やれば、狐がお茶を啜ってみかんを食べている。
「あと少しです、頑張ってください、赤宮さん」
「……なんだかな」
恩返し感はいまのところ薄い。
一番の恩返しは尻尾もふもふだった。あれを上回るほどの物がこの地面の下にあるのだろうか。若干の懐疑心を抱きながらスコップを動かし━━ズボっ、手応えがいきなりなくなった。空洞だ。穴の底に空間があったのだ。
全体重を乗っけて穴を掘っていた俺は、たちまち頭から空洞のなかへ転げ落ちていった。
「どうですか、赤宮さん」
「い、いでえ……この恩返し、死人が出るぞ」
「まだ出ていません」
頭の土を払い、立ち上がる。
身長180cmある俺が直立しても頭をぶつけないとはな。この異様なデカさの空間は一体。
「どうぞ、仕事の後の一杯です」
狐に差し出されたお茶を受け取る……あっちゅ!?
「淹れたてですのでお気をつけください」
「ええい、気が利くのか利かないのかわからない狐だ……して、なんだ、この空間、奥に、道が続いているみたいだが……」
「このお雪、人間の殿方にどうすればよろこんでいただけるか考えました」
「お雪……?」
「自己紹介遅れました。お雪と名乗ることにしました。お雪です」
「ああ、そうか。すごい変なタイミングだけど。お前はお雪って言うのか。良い名前だな」
「ありがとうございます」
「それでこの穴……」
「はい。このお雪、一晩じっくりと考えました。なにを恩返しとすれば喜んでいただけるのか。結果、ダンジョンを贈らせていただくことにしました」
一生懸命考えた結果がそれならば何も言うまい。でも、もう2、3日よく考えてから出直してきても遅くはなかったと赤宮は思います。
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