第19話 旅行 4
歩いて来た渡り廊下を逆に戻っている所で紫都香さんから『お土産売り場に少し寄って行かない?』と提案があったので俺も断ることはせずお土産を見に行くことにした。
お土産売り場はこの宿の入り口や受付と同じ一階にあるので階段で下の階に降りる。
俺と紫都香さんがチェックインした時と同じ程の人数が一階にいた。
俺たちは今からチェックインをする人たちを横目にお土産売り場に向かう。売り場にはお土産だけではなく、宿泊している部屋でも飲み食い出来るようにジュースやお酒といった飲み物やおやつが売られていた。この地の特産物なのか知らないが野菜も売っていた。
お土産として二人が買った物は大容量の小分けになっているお菓子だった。二人とも違う種類のお菓子を選んだはずなのに大きさも包装も似ていた。
それぞれ別で会計を終わらせて合流する。似たお菓子を選んでいたはずなのに袋の膨らみが俺のと紫都香さんので違っていた。しかし気にする事でもないなと思い何も聞かなかった。
「ちょっと待って、少し回り道して行かない?」
「あ、はい! あっちにも通路がありますしあっちの方から回ってみましょう」
真っ直ぐ泊って部屋に戻ろうとしていたが、確かに色々見て回るのも楽しそうだったので断ることはせず、奥に続く道へ入って行くことにした。
一度曲がり再度進む。受付の丁度裏側と思われる場所にレトロゲームや卓球台、そしてホッケーの台が置いてあった。
卓球台はラケットとボールも付いて無料で使えるそうだったので俺から紫都香さんに一つ提案することにした。
「この勝負、勝った方が今日の夜、寝る時に窓側かドア側か好きな方を選べるってことにしませんか?」
「本当に良いのかな? わたし結構出来る方だと思うけど」
正直、俺は勝敗なんてこの際どうでもよかった。ただ紫都香さんと楽しく遊べそうなものがあったから思いっきり遊べるように条件を付けて遊びに誘っただけだ。
「望むところです。……サーブはどちらからにしますか?」
「悠くんからでいいよ!」
俺はボールを宙に投げてラケットに当てる。サーブは力を入れるとすぐにコート外に飛んで行ってしまうので苦手だ。なのであまり強い球は打てない。
「よし!! いっけえぇぇ」
張り切った紫都香さんはラケットにボールをピンポイントで当てて強く打ち返してくる。これなら俺でも打ち返そうだと思い、コートに当たってから飛んで来るであろう場所でラケットを振る準備を整える。
しかし、ボールには回転が掛かっていて予想していた場所よりも手前でボールが曲がってしまった。
「何ですか、今のは……。俺、そんな回転を掛けて打ち返せる人、生で初めて見ました」
「もう昔の話なんだけどスマホとか携帯電話を持っていない中学の時に仲の良かった友だちが卓球部でね、回転の掛け方を教えて貰ったことがあるの」
紫都香さんの話を聞いて俺は紫都香さんの過去のことを全然知らないんだと思った。同様に紫都香さんにも俺の昔の話をしたことがなかったのに気付いた。
今日の夜、お互いの事についてもっと話し合おうと心に誓った。
「サーブって点を取った方に変わるんでしたっけ」
「多分二本交代だったと思うけど……」
「じゃあ今度こそ、点を取ります!!」
今度は打つ瞬間にラケットの角度を寝かせてみればちょっと変わったサーブになるんじゃないかと思い、打ち方を少し変えて打った。
紫都香さんも思いがけない方向に来たのか慌てて身体を動かす。
その時、紫都香さんの浴衣が少し乱れてしまう。肌着が見えてしまう……そう思ったのだが、見えたのは少しデザインの凝られた赤ワインの様な着用物だった。色に関しては初めて見るものだったがデザインに関していえば既視感があった。
似たデザインの物を俺は自分のパンツと一緒に洗濯物として干されていたのを思い出す。
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
慌ててプレイを止める為に声を掛けるが紫都香さんはボールを既にラケットに当てており知らぬ間にこちらのコートでバウンドをしていた。
「ど、どうしたの?!」
紫都香さんはまるで気が付いていないようだった。それもそうか自分で浴衣を着たんだから。
「紫都香さん、その浴衣の下って下着オンリーですか」
「え、そうだけど……あ、もしかして」
おっ! これは気づいてくれたのか! そう思っている俺に紫都香さんは斜め上の答えを出してくる。
「浴衣の下は何も着けないものだと思ってた? ざんねーん。それは現代の話じゃな――」
「現代の人たちは恐らく浴衣と下着の間に最低でも肌着は付けると思うんですけど」
俺がまるで変態かのような回答をして来た紫都香さんに憶測ではあるが下着だけを浴衣の下に着る人なんていないと言い返す。
「え……。うそ……」
今までにない程に顔を赤らめ、座り込んでしまう紫都香さん。常識だと思っていたことが常識ではなかった。つまり自分だけが恥ずかしい思いをしていたということになる。
皆が常識的に行っているから多少恥ずかしくても耐えられるなんて事は世間によくある。しかし、自分だけが恥ずかしいと思うような状況に陥ると平然とはしていられない。
「紫都香さん、ここら辺に人は居ません。なので紫都香さんがそのような状態だと気付く人は居ないと思います。卓球は辞めてすぐに部屋に戻りましょう」
俺は座り込んでコクリと頷く紫都香さんの手を取り、立たせると浴衣を整えて紫都香さんを支えながら部屋に戻った。
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