第18話 旅行 3
紫都香さんと温泉に入る為に二階に一度降りて渡り廊下を進んだ。
渡り廊下を真っ直ぐ行った先にある別館に入ると休憩所のような寛げる場所が広がっていた。
そこにはコーヒー牛乳やフルーツ牛乳を売っている自販機、マッサージチェアが幾つか置かれており温泉に一緒に来た人を待つのにピッタリなスペースだった。
「先に温泉から上がった方がここで待ってよっか」
「そうですね。牛乳でも飲んで」
温泉の受付カウンターに向かい、部屋に置かれていた無料券を俺と紫都香さんは一枚ずつ出して脱いだ服と着替えの服を入れておくロッカー用の鍵を貰い、それぞれの別れて脱衣所に入る。
脱衣所は広く、ロッカーの数も五十程あった。広さの割に人は少なかった。俺のロッカーの周りにも人は居ないので他人に気を遣う事もなく服を脱ぐことが出来る。
服を脱いでロッカーの鍵を閉めたことを二度確認すると温泉に向かった。
日は落ちていなく夕焼けさえまだ作られていない。時間も中途半端な時間ということもあってか人は少なめであった。泊まる部屋も景色が良かったので自分たちの部屋に付いている露天風呂に入る人たちも多いのかもしれない。
先に身体を洗い室内の温泉に少し浸かった後、露天風呂に入る為に外に出る。
露天風呂には人が室内よりも多く居た。この時間帯はやはり家族連れは少なく比較的年配の人が多いようで同じ温泉に入り、一つに固まって雑談をしている。
俺は露天風呂の中でも景色が良く見えそうな湯船に浸かることにした。見える景色には人の手が加えられていない山々が立ち並ぶ。春の山は緑一色に染まり下に流れる川に反射して更に自然の優美が感じられた。
暫くぼーっと自然を眺めて湯に浸かっていると身体がかなり温まってきたので上がることにした。
露天風呂から室内に戻り一度かけ湯をした後、粗方身体を拭いて脱衣所に出る。
夕方になれば人も増えて来ると思ったのでちんたらせずテキパキと身体を拭いて備えられているドライヤーで髪を乾かし、着替えとして持って来ていた浴衣に着替えて入り口まで戻った。
紫都香さんの姿は休憩所にはなかった。まだ上がっていないのだろうと思い俺は自販機に小銭を入れてコーヒー牛乳を買って、気持ちよくゴクゴクと一気に飲み干した。
コーヒー牛乳を飲み終えて休憩所にある畳のエリアで座布団に座りながらスマホの電源を入れた。
そこにはメッセージが何件か来ていたのでアプリを開いて確認する。
『悠さん、今日は家にいないのですか?』
『どこかへ旅行にでも行ったんですか?』
『私も悠さんといつか旅行に行きたいです』
あの距離を置いていた期間は何だったのかと思わせる様な雪葉からのメッセージだった。休日なのになぜ家にいないのを知っているのだろうか、まさか家の周辺に……いや、でも偶々通りかかったという可能性もあるか。
『今日は泊りがけで温泉に来てるんだよ。だから今夜も家には帰らないよ。それと雪葉もサークル(仮)のメッセージグループに招待したから分かっているだろうけどサークルメンバーで旅行に行くぞ』
泊りがけの出張で妻に今夜は家に帰らないと言っているような、まるで同棲している相手が雪葉の様な文章になってしまった。
紫都香さんを待ちながら二本目としてフルーツ牛乳でも買うか、と立ち上がり自販機へ向かっていると浴衣姿の紫都香さんが女湯から出て来た。
ショートヘアに眼鏡を掛けた紫都香さんは浴衣も着こなしているのかスーツとはまた違った雰囲気を身に纏った紫都香さんに見惚れてしまいそうになる。
「ごめんね悠くん。待たせちゃったよね」
ここで今二本目としてフルーツ牛乳を飲もうとしてたから気にしなくていいよと笑いながらツッコミ待ちをするか、今上がって来たところでフルーツ牛乳を飲もうとしていたと安心安全な返答をするか考える。どちらが良いかは明白だった。
「俺も今上がったところで丁度フルーツ牛乳を飲もうと思っていたんですよね! 紫都香さんも一緒にどうですか?」
「じゃあわたしはコーヒー牛乳にしようかな、飲み合いっこでも……する?」
紫都香さんの発言に俺は困ってしまった。年上としての誘い、勇気を出して言ってくれたのかもしれない。さっきまで温泉に浸かっていたせいか、勇気をふふりそぼったせいか顔が微かに赤くなっている。
だがしかし、俺も俺でさっきコーヒー牛乳は飲んでしまった。別に同じ味を二度飲みたくないわけではないが飲んだ後の感想に迷う。さっき飲んだコーヒー牛乳は美味しかった。故に初めて飲んだ人は『美味しい!』という反応を素でするはずだ。
しかしどうしたものか俺は既に一度飲んでしまっているので味が予測できてしまい素の反応がおそらくできない。
感の良い紫都香さんであれば色々察して見破ってしまい俺が待っていた事に気づく可能性が高い。
「コーヒー牛乳とフルーツ牛乳を一緒に飲むと味が混ざって美味しくなくなってしまうかもしれないので、やめておきましょう」
折角飲み合いを提案してくれた紫都香さんには悪いが味を楽しむという理由で断ることにした。納得してくれたのか紫都香さんも『確かに』と言ってくれて気まずくなることもなくそれぞれが買った物を一緒に飲んで感想を言い合った。
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