第17話 旅行 2

 百円二枚を機械に入れてホッケーを始めた。


 紫都香さんもホッケーは知っているようで用意万端と言わんばかりの構えをしている。

 ホッケーの玉となるパックは俺のコートの方に出て来たのでこちら側から攻撃を開始する。ホッケーで大切なのは反射を用いて相手を惑わすということだ。

 俺はコートの境目辺りの壁に向かって思いっ切りスマッシュする。パックは二度三度と壁に跳ね返り、紫都香さんが追いつけないスピードで動く。紫都香さんは対応できず、俺が先制点を取ることが出来た。


 ゴールを決めると決められた側の台の下からパックが出て来る。そのパックを自陣のコートに置いた紫都香さんニコリと笑い思いっきり振りかぶった。パックの行方はというと俺のコートの壁に一度反射してそのままゴールに吸い込まれる。

 あっという間の出来事で俺が呆然としていると紫都香さんから声を掛けられる。


「気を抜いているとすぐに点が決まっちゃうよ」


 俺は気を抜いていたわけではない。ただ手の振りからしてこちらにパックが飛んでくるだろうという予想とは逆方向に来たから対応できなかっただけだ。


 たかが新幹線の席決めの勝負。それでも二人の間には勝ちたいという気持ちがあった。

 時に真っ直ぐ打ったり、相手を煽るようにして自陣の境目ギリギリにパックを仕掛けたり様々な心理戦を繰り広げる。


 結果的に一点差で紫都香さんがリードという形で制限時間が切れてしまった。

 この台は何点先取という設定ではなく制限時間が終わった時に多く点数を取っていた方の勝ちというシステムらしい。


「わたしの勝ちだね! じゃあわたしが窓側に座るってことで」


「紫都香さんの仕掛けてくる心理戦は本当にギリギリになるまで読めなかったです」


「年齢の差、かな?」


 首を少し傾けながら言うその仕草は年上ではなく同級生もしくは後輩かと思わせる程若く見えた。


 ゲームを終え、新幹線の時間が迫って来ていたので駅へ向かうことにする。

 駅に預けていた大きめの荷物を持って新幹線に乗り込む。


 三人シートではなく二人シートに座る。

 身体を動かしたものの午前中に食べたものがまだ胃にしっかり残っているので駅弁ではなく小物をコンビニで買って食べることにした。


 いい景色が窓の外に映る度、紫都香さんが身体を引いて外の景色を見せてくれるので特に席を決める為に白熱した試合は意味をなさなかった。あれはあれで楽しかったので別に無駄だとは思わない。


 山奥なので新幹線を降りた駅から電車とバスを併用して宿に向かう。

 道すがら周りの景色は目的地に近づくにつれて田舎感を増す。高い建築物が減り、信号機も減り、交通量も減り始める。それに比例するかのように人口的な音が鳴りを潜め、自然の音が増す。


 バスに揺られること数十分。ようやく宿に着いた。

 新しめではあるものの日本建築を用いて建てられた宿を見ると部屋が空いていて予約が出来たのは運が良かったのではないかと思った。


 チェックインが可能な時間になっていたのですぐさまチェックインして部屋に向かう。四階建ての造りになっており、俺と紫都香さんが今回泊まる部屋は三階にあるらしい。


 鍵を開けて部屋に入る。女将さんの説明が一通り終わると紫都香さんと部屋に何があるのかを調べることにした。


 泊まることにした部屋は特段お高い部屋というわけではなく、スタンダードな価格の部屋にした。


 部屋は和式の作りになっており真ん中に低いテーブルと座椅子があり、押し入れには布団や枕が置かれている。

 そして、俺が予約した時は気が付かなかったがこの部屋に入ってくるときに使った扉とは反対の方、窓の外には山の景色を一望できるような露天風呂があった。周りから見えない様に隣の部屋との間には硬い壁があり、下からは見えない様に工夫もされている。

 気になった俺は露天風呂があるベランダのような場所に出る。そこには小さい机が置かれており露天風呂についての説明が書かれていた。


『こちらの露天風呂は大浴場とは別にプライベート用の露天風呂になっています。こちらで流れる湯は大浴場で流れているものと同じものになります。こちらの露天風呂は浴槽横にあるボタンを一度押すことで湯が沸き始め、再度ボタンを押すことで湯は止まります』


「悠くん、ホッケーで動いたし、さっぱりしたいから温泉に入りに行きたいんだけど悠くんはどうする?」


 露天風呂を見ている俺に部屋の中から紫都香さんが声を掛けてくれる。


「俺も入りに行きます。お互い上がったら近くの休憩所の所で待っておきましょう。多分あると思うんで」


「じゃあ温泉まで一緒に行こう」

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