第2話

 降りるはずの駅で、僕の足はすくんでいた。ドアが閉まり、また電車が動き出す。しばらくすると、ひなこが事故にあった踏切にさしかかる。

 あの日、「もうすぐ着くよ」そう、電車内で送ったメッセージに、ひなこからの返事はなかった。揺れる電車は、僕の心を不安にさせた。





「チラシを配って、目撃者を探しているんだって」


  藤沢珠樹が、事故現場で目撃者探しをしていると聞いたのは、ちょうど1ヶ月前のことだ。ひなこの弟から手渡されたチラシは、僕にも現実と向き合う責任があるのだと言われているような気がした。僕は気持ちの整理がつかないまま、当たり障りのない返事をした。


  しばらくして、僕の足は自然とあの事故現場に向かっていた。 なかなか、踏切のあった駅で降りることができなかった僕は、何度もその場所を電車の中から見つめていた。通りすぎる度に、罪悪感が胸の中に突き刺さる。


 踏切の向こう側にある景色を見に行きたいと言ったのは、ひなこだった。踏切の向こう側に続く道を登ると神社がある。そこからは街が一望できた。夕方に待ち合わせをし、せっかくなら夜景を見ようと誘ったのは僕で、僕はその場で結婚しようかと伝えるつもりでいた。きっと、ひなこは泣いて喜ぶだろう。そんなひなこの顔ばかりを期待していた。


  あの日、緊張して眠れなかった僕は、寝坊してし慌まい、慌てて電車に飛び乗った。なぜか、電車は降りるはずの駅の一つ前で停車した。事故があったらしいと聞いた時、僕はどこか嫌な予感がした。タクシーの中で送ったメッセージはいくら待っても既読にならなかった。


 駅に到着すると、辺りは騒然としていて、目の前をブルーシートで覆われたストレッチャーが通り過ぎていった。その時の僕は、繋がらないスマホを握りしめ、目の前の光景に、ただ呆然とし、どこか他人事のようにその場に立ち尽くしていた。





 この場所を訪れるのは、あの日以来だ。すくんだ足を一歩進めることができたのは、通りすぎる窓から見えた藤沢珠樹の姿だった。怒りや悲しみがごちゃ混ぜになった感情は、僕を前へと進ませた。

 

 踏切に近づくにつれ、僕の鼓動は早くなる。頭の中によぎるのは、あの日見た光景だ。 踏切に近づくと、あの時とは違い、静かな時間が流れているように思えた。供えられた花束は、今にも風で飛ばされそうだった。


  藤沢珠樹は、僕の姿に気がつくと、少し驚いた顔をして深々と頭を下げた。彼女はチラシを握りしめている。一人で現実と向き合っている彼女の顔は、覚悟を決めているような表情をしていた。


 と、踏切の警報音が聞こえる。僕は、思わず後退りをした。その音はだんだんと大きくなり、まるでこのまま僕を飲み込んでいくようだった。 後退りする僕とは違って、藤沢珠樹は、真っ直ぐと踏切を見つめていた。


「僕は、やはりあなたを許せないかもしれない」


  彼女に向かって、僕はやるせない気持ちを吐き出すことで冷静さを保とうとしていた。責めるべきは自分なのに、僕はまだ、現実を受け止めることができないでいる。


 その時、藤沢珠樹はどんな顔をしていたのだろう。遮断機があがると、また静けさが戻っていく。


「渡らないのですか」


 渡るはずがないのに、僕は彼女を責めるような言い方をした。表情ひとつ変えない彼女が、どこか腹ただしくも思えていた。


「まだ、向こう側に行く勇気がないんです」

 

  藤沢珠樹は、一瞬だけ遠い目をした。彼女のいう向う側は、祖母と同じ世界、あの世だと、そう言ったような気がした。


 僕は、きっと彼女を傷つけた。その時の僕は、情けないほど無責任で身勝手だった。


 



  それから、僕と藤沢珠樹の奇妙な関係が始まる。恨んでいるはずなのに、寂しさを埋めるように彼女に執着した。


「今日も見つかりませんでした」


 彼女は、毎日のように僕に報告の連絡をよこした。僕がそれを強制したからだ。彼女は律儀に連絡をしてくる。僕はそれに、わかりました。という短い言葉で返事をした。


「今日は何時からいくのですか」


 週末は、僕も必ずあの場所にいた。彼女を見張るようにして、ただ、時間が過ぎ去るのを待っていた。


「目撃者が見つかった?」


 1ヶ月ほどたったころ、藤沢珠樹から連絡が入った。僕は思わず走り出していた。


 その時には、ひなこのことより、彼女のことを考えている自分に気がつき始めていた。

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踏切の向こう側 利由冴和花 @riyusae

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