第三夜「始まりの夜に集う」(Aパート)②
「い、戦部、貴様ぁ……!」
「……ですから、たまたま手が当たってしまったのだと申したでしょうに。他意はありません」
……つい年甲斐もなくエキサイトしてしまい、固めた握り拳が、たまたまイワクラ氏の顔面、鼻っ柱を直撃してしまいはしたが、それはあくまで不慮の事故。である。
「謝れと言うなら謝らん事もありませんが、予期せぬ弾が飛んでくることもあるくらいはご存知でしょう?」
「ぐ、ぐむぅっ!」
憮然とした表情と冷めきった視線で、戦部ユウスケは這いつくばったイワクラ卿を見下ろしていた。
――本来の、ヒトとしての程度に相応しからぬ職に、政治工作と銭金だけで居座り続けている小物の悪党の分際で!
この人自身だったか、この人の先祖だったか、は教科書にも載っている人物だそうなのに、それが100年やそこらで、ここまで腐るのか!
「……あんまり、ぎゃあぎゃあ喚かないで頂きたい」
――また手が滑るかもしれないじゃないですか。
というのは口の中に納めたが、そう言いたい気分ではあった。
「コサージュってのはかわいそうなもんです。さてさて、人の命は尊い、粗末に扱ってはいけない。ということになればなるほど……どっかで、粗末に扱ってもいいという命が必要とされる、こいつはどういう
と、誰に言うでもなくぼやく。
戦部ユウスケは、けして組織運営、ことに物資の管理、情報管制、それに金銭管理といった後方職を蔑む価値観を持ち合わせているわけではない。
その辺をないがしろにする組織が如何に悲惨な最期を迎えるかも承知している。
それに、教皇院への、
――ことに外部出身者、それも自分のごとき元デストロンを引き立ててくれた嵯峨かのんへの――感謝は、忘れていない。
単に、――眼前のイワクラ氏が、戦部の名跡を継いだばかりの、外部出身の若造であったころの彼とその同輩に対して、
「わしに逆らったら承知せんぞ」
という意趣を示す為だけに、必須だったはずの補給を「故意に」滞らせ、そのとばっちりを受けて、泥水啜りながらウィッチから逃げ回る羽目になった。という――その折の一件を綺麗に水に流せるほどには、まだ人間が出来てはいなかった。というだけの話である。
自分や犬飼はまだしも、同輩の風見に至っては、彼の顔を見ただけでも即座に首を刈り飛ばしにかかりそうになるほど強烈な悪感情を抱いている。
両者がなるべく対面せず、事なきを得るよう結構苦労しているのだから、口のきき方には気を付けてもらいたいくらいだ。
……整備の連中に悪いなあと思いながら、二度引き金を引いた。
右手の小銃から放たれた銃弾が、かたく閉ざされた隔壁を薙ぎ払い、進路をクリアにする。
「戦部! 戦部! そんなものをここで使う奴があるか! それにせっかくの隔壁に穴を開けるとは、何を考えとる!」
通信端末からイワクラ卿の甲高い声が引っ切り無しに飛び込んでくる、
「どの道隔壁じゃあ長くは抑えられませんよ。それに外に出すわけにもいきません、そろそろ肚くらい据えてください。今日ここに来たばかりの若いひとすら頑張ってるんだから。――あそこで勝負するしかありません」
と言えば、
「ふ……フン、あのひととて何を偉そうに言うかと思えば! 結局はコサージュを盾にするしかないのではないか!」
という声が帰ってくる。
……これだから素人は嫌なんだ。
あの凄味が判らず、単に子供を盾にしていることと区別がつかんとは。
「おっ? あの方の御身内への批判ですか? 通信切れた途端になかなか仰るじゃありませんか」
と言ってやった。
途端に、端末の向こう側の声が鎮まった。
「……まあ、そいつが負け惜しみのつもりだっていうんなら、少しは俺も貴方を見直しますよ。負けてる自覚があるんですからね」
至極どうでもよさそうにそう返し、視覚に直結させた端末の一部からの映像に意識を向ける。
祇代マサト側の端末から伝わってくる情報は、一旦すべて自分を経由してから伝えることにしていた。
大きな理由はいうまでもなくこれ以上祇代マサトの、教皇院に対する心証を悪化させたくなかったことだが、この人たちに、ちさとの戦う姿を見せることに抵抗があったことだった。
知る範囲でのちさとの戦いぶりは、まあ通常の戦闘型コサージュのそれを大きく逸脱するようなものではなかったが……
彼女に起こったこと、そして祇代マサトの口ぶりがどうも気にかかる。
もしも、ちさとが通常のコサージュとしての範囲を外れる様な「何か」を持っていた場合。
「特殊な何か」を持っているコサージュを、あのお偉方たちがどう扱うか、自分自身もおよそ信頼できなかった、というのがもうひとつだった。
もしも「分解して構造を確認しろ」なんて言い出されたら、祇代マサトが怒り狂うだろう。
これ以上内にも外にも敵を抱えて、一体どうするつもりだ。
敵の敵は敵だろうが。
さて、その見知っている限り、チ號参拾というのは、現在の管理権限者である祇代マサトに劣らず、相当の曲者だ。
多少風変わりなトコロはあるが、真面目で気が利いて、よく働く――程度に思っていたが、あの気質は言ってみれば「女の中の女」とでもいうやつだ。
もしも彼女が、戦ってでも守るべきと見定めた者を己の心の内に得たのなら、逃げない折れない諦めない、のみならず。
「相討ち覚悟の突撃」なんて安い真似をするでなく、
「命と引き換えの切り札」なんて小賢しいものを持ち出すでなく。
「殺されるまで絶対に戦うのを止めない」奴がいるとしたら、きっとああいう奴だ。
そして、結論から言うと、……ちさとは、予想よりも遥かに善戦していた。
「もう動かないチ號参拾を前に泣き崩れる祇代マサト」をどう慰めたものか、と思うと頭が痛かった、が、案外、どうにかなるものなのかも知れない。
「戦部! おい戦部! 向うはどうなってる!こっちからはまるで判らんぞ!」
「ン……チ號参拾、イヤ、ちさと、でしたか」
――ああ、あいつ、変わったこと始めたな。
と、思ったままの言葉が口から洩れた。
「「カグツチ」と、「意思の疎通」を図ってます」
「ま、まさかやつめ、寝返る気ではあるまいな?」
「……だから、どうしてそう話を下衆な方向に持っていくんですか」
何を見ても聞いても下衆な事しか思いつかないと言うのも、ここまでくるともはや才能だ。
かく在りたいとは微塵も思わないが。
「……話し合いで解決、か。おう、案外名案にして上策かもしれません、いや、こいつは俺も流石に思いつきませなんだ」
〈カグツチ〉と対話し、その上で制御権を取り戻す。
ソレが出来れば確かにベストであろう。
あの戦闘能力のまま、こちらでコントロール可能な状態になるのであれば、それに越したことはないのだ。
高位の魔法つかいを主軸に、〈カグツチ〉を前衛に据え、その周りにチ號型のような戦闘コサージュを数基配置すれば、それこそ難攻不落の布陣となろう。
だがそれらも全て、こんなことが起こらなかったら、の話である。
現にこうして一度制御を外れる事故が起こった以上、無視はできない。
それが100万体に1体のエラー品であったとしても、制御を外れて暴れ出す可能性がある個体が発生した場合、その際のリスクが大きすぎる。
一から設計をすべて見直し、長期的に計画を見直させなければならない。
実戦に投入可能なウィッチ兵器の研究開発はこの一件で、実用まで確実に百年は遅れるだろう。
自分が手掛けた焦熱装置の方は20年近くかけてどうにか実用化までこぎ着けたが、如何せんアレは、「ウィッチ退治「にも」使える」と言うだけの代物だ。
――作りたかった物じゃない。俺が作りたかったのは、もっと……
「そ、それは……本当にできるのか? ウィッチ兵器をコサージュが制御するなど……」
「……あー……まあ、難しいのではないのでしょうか?」
「カグツチ」はあくまでウィッチが素体。
人間(魔法つかい)が己の利益の為に作り出したと言う点は等しくても、コサージュとは根本的に異なる。
「そ、そうや! できる訳がない! 現実はあま」
「……現実は、反吐のようなものですからなぁ」
イワクラ卿の能書きを遮って、そう吐き捨てた。
……「現実は甘くない」だなんて、覚悟が足りない、嫌悪が足りない、絶望がまるで足りない、そんな台詞をよくも吐くじゃないか。
そんなものは、「甘くない」現状を「甘くないまま」の方が都合が良くて、一ミリも動かしたくない側が使う。……卑怯者の台詞だ。
すくなくとも、今から向かう場所にいるあの人は、決してそんな言い方はしないであろう。
――さて、生きててくださいね、祇代マサト。
そう思いながら、背部の噴射機関の出力を高め、速度を上げる。
……待てよ。
〝カグツチ〟と互角以上に戦いうる、ということは。
――〈
それが、どういうコトなのか。
そいつだけは、まだ判断がつかなかった。
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