第一夜「カミシロ マサト」(Bパート)①
○
――魔法つかい。というものを、マサトはこれまでに一度も見たことがなかった。
施設から出たことすらほとんどない彼にとっては、それは「スポーツ選手にあったことがない」とか「アイドル歌手にあったことがない」というのとほぼ同じカテゴリーの問題だったけれど。
それとも、自分が世事に疎いだけで、よそ様は日ごろからお目にかかっているのが普通なのだろうか。
「……まさか、あなたがそうだっていうわけじゃないですよね」
あはは、と、かわいた笑いと共にそう答えると。
「さあ、どうかしら?」
と、返される。
……外見はまあ、確かにどことなくそれっぽく見えなくもないけれど。
とりあえず、絵本で人魚姫やグレーテルに碌でもないことを働く「魔法つかいのおばあさん」に比べれば、嵯峨さんは少なくともよほど小奇麗で品がいい。
そもそも、この20世紀の終わりも近い年に、魔法つかいとは。
「……いたら、いいですよね」
社交辞令的にそう言ってみる。
直後。
「――魔法つかいとは!」
隣り合って、後部座席に腰を下ろしていた、「かなめさん」が、大きな声を張り上げていた。
「あらゆる理不尽なる悪意と害意とを砕き、普くすべてのひとびとを正道の楽土へと導き、希望の担い手たるべく生まれてきた、正義の徒である!」
何だそれは、流行りのアニメの主人公の決め台詞か。
何だかその口ぶりは、無駄に明るくて、エキセントリックで、真剣みが欠けていて。
いかにも、欠片も思い入れのない社訓だの生徒心得だのを、小馬鹿にしながら口にしているような響きと赴きがあった。
言い終えた後に、喉の奥の方で「くひひっ」と笑い飛ばすように息をついているところを見るに、当たらずとも遠からずか。
「――その全てって、ぼくは含まれてるのかな」
何となくその文句の浮かれたような清く正しさに妙な苛立ちを覚えて、そんな風に口にしてみるが、返事はなかった。
大分目も薄闇に慣れてきて、見れば赤い唇が印象的な、なかなか色っぽい整った顔立ちをしているらしいことがわかってきたが、どうもこの「かなめさん」は掴みどころがない。とマサトは思った。
どこかの制服のらしいブレザーを纏っているし、年の頃は自分と同じか、ひとつかふたつ上、といった辺りだろうか。
余談だがこの際、シートベルトが彼女の胸部に如実に食い込んでそのサイズを主張していたのだが、そちらはさほどマサトの興味を惹かなかった。
これから同胞になるらしいが、うまくやっていけるのだろうと、少し心配になる。
「……あ、そうだ、さっきの話だけど」
「んぁ?」
「ちょっと考えてて。……どうして君を見てエカチェリーナを思い出したんだろうって」
何も、別に見た目が似ているというわけではない。
エカチェリーナはごくごく普通の雑種犬だったし。
「だから、犬はやめてください」
「……犬が嫌いなのかな」
「そういう訳じゃない、むしろ犬は好きです、わたし位の犬好きは教皇院にもちょっといないくらいだ。単に犬の話題だったら歓迎しますよ」
そう言って、「かなめさん」は、少し考えてから、
「例えば君が豚が好きだとする」
と、悪戯っぽい口調で言った。
「……別に嫌いでもないけど」
「喩え、ですよ」
「まあ、それなら。……子豚の一匹二匹は、かわいいと思うんじゃないだろうか」
「でもこういわれたら?「この豚野郎」」
「……あまり、嬉しくはないね。ぼくは豚を差別する思想の持ち主じゃないけど」
というか、それでは単なる罵倒である。
「その心は?」
「……まあ、単に事実と反するって言うのもあるだろうし、「勝手におまえの言葉でわたしを語るなよ」ってところ……かな」
「でしょう?そういう事ですよ」
そこまで言うと、「かなめさん」はふふんと得意げに笑って見せる。
とりあえず、どうやら彼女に犬呼ばわりは禁句らしいと言う事だけは、よくわかった。
「ああ、そう。…そうだ、まだちゃんとあいさつしてませんでしたよね。名前、わたしの名前……
護衛とはまた大げさな。そこまでして頂くほどの身ではないが、と思いながら、マサトは尋ねてみる。
「……どう呼んだらいい? 犬飼さん? かなめさん?」
「君が何処の誰かは一応聞いてますけど、ここじゃわたしの方が先輩ですので、そこのところよろしく」
「……判ったよ、犬飼先輩」
いやに先輩風を吹かすじゃないか、犬飼さんよ。とは思ったものの、祇代マサトは他人との衝突を好まない。
そうしているうち、妙な事に、今更ながら気づく。
さっきからどうも、……薄暗い方へ、人気の少ない方へと、マサトらの乗った車は進んでゆく。
こういうもの、だろうか。
確かに、もらった資料では、これから向かう先は多少市街地を離れた郊外にあることには、なっていたけれど。
改めて冷静になってみれば、ほんの数刻前までは、住み慣れた療養室で横になっていたというのに、あれよあれよという間に、今日初めて顔を合わせた老婦人と、胸の大きな訳知り顔の女の子につれられて。
それで、走行中の車の中での話題が、魔法つかいを信じるか?
なかなかに自分の人生もシャレが効いているではないか。
今更ながら、本当にこのひと達についてきてしまって良かったのか、心配になってくる。
「――あの、嵯峨さ、」
声をかけようとした矢先。
ぐんっ、と、背中がシートに押し付けられた。
嵯峨かのんが勢いよくアクセルを踏み込んだらしい。
何か、彼女の機嫌を損ねるようなことでもしてしまったのだろうか。
それが、マサトが初めに気付いた違和感、異変だったとするなら、決定的になったのはその数秒後、走行する車体全体が、撥ねるように大きく揺らいだ。その時だった。
それも、一度ではなく、二度三度。
最初は地震を疑ったが、走行中の車の中、まして周囲に対比できる物体も見当たらないとあっては、判別のしようがない。
少なくとも、何かが起こっていて、自分たちはそのただ中にいる。
「……嵯峨さん、何か、おかしくありませんか?……地震……でもなさそうだし」
改めて運転席でハンドルを握っている老婦人に声をかけ、尋ねてみる
「……え?……ええ、そう……そうねえ……」
が、帰ってくるのは彼女にしては似つかわしからぬ、はっきりしない答えばかり。
「一度停めて、外に出て、周りを見てきましょうか?」
と申し出てみれば、隣席の犬飼先輩が、
「ホラー映画とか見たことありません?真っ先に死んじゃうの、そういうコトするひと、ですよ?」
なんてことを、茶化すように言ってくる。無視した。
「……んぁ。……水でも飲みますか?おちつきますよ?」
ペットボトルに入ったミネラルウォーターを薦めてくる犬飼かなめをそんなことを言っている場合かと睨み付け、マサトは、もう一度、運転席の老女に声をかけようとした。
が、吐こうとしたその声は、車の急停止によりシートベルトでマサトの呼吸が妨げられて、口から出ることなく消えた。
咳き込みながら、状況を確認する。
まず、急停止……否、障害物によって、それ以上動くことができなくなった。
そしてそれだけではない。車の屋根を強く叩く音。
一回ごとに、目に見えて、天井が凹んだ。それも立て続けに繰り返され、車体のフレームが悲鳴を上げ、軋み、見る間に歪んでゆく。
さらには、あろうことか車体が大きく傾ぎ、前輪側を上に地を離れ、上方へと浮き上がってゆく。
激しい振動と、車体の外装を何か長大な物ががりがりと擦る音は、何者かによってマサト達を乗せた車が持ち上げられているのだと言う事を伝えていた。
何者か、――目に見えない何者かが?
この車に干渉している。――否、攻撃を加えている?
「マサトくん、窓を開けては駄目よ、危ないからね」
「でもっ……!」
「かのんさまァ!」
隣席の「かなめさん」が、大声を上げていた。
「埒あかないんで、このひとに〈活性〉をかけてあげてもいいですかね?」
「……そうね、その方が判りやすくていいかもしれないわ、そうしてあげて頂戴」
「上司の許可も出たんで、失礼!」
抗議の声をあげる隙もなく、――「かなめさん」の指先が、マサトの額を撃っていた。
ほんの微かな衝撃と、脳を揺らす一瞬の目眩。
感じたのはそれだけだった。
だがそれによって、明確な変化が起こっていた。
視界にかかった擦りガラスと、固く詰まっていた耳栓とが、同時に取り去られたような感覚。
――そして、マサトはそれを見る。
車を丸ごと巻き込んでいたのは、手足のない、巨大な爬虫類の、黒い鱗に覆われた胴体。
「……っ……う……うわ……!」
そして、フロントガラス越しに、覗き込んでいるのは、無機質な輝きをその両目に炯炯と宿した。大蛇の顔貌。
反射的に、後ずさろうとして、その背中がすでにこれ以上後ずされない程にシートに押し付けられていたことに、今更ながらに気づく。
「おや、この人驚きはしても悲鳴は上げませんね。思いのほか豪胆でいらっしゃる」
「困ったわねえ、約束の時間に間に合わなくなってしまうわ」
何を、何をのんきなことを言っている!
これまで、彼女らの人柄自体には好感と、一定の信頼は芽生えてきていたが、流石にその場違いな発言に彼女の正気を疑わずにはいられなかった。
しかし――何だ、何だ、この化け物は!
こんなモノが、どこから現れた。
そうでないのなら、いつからいた?
いや、先ほどから続く異変がこれによるものであれば、最初の衝撃の、その時からずっと……
「――っ」
マサトは必死に思考を巡らせる。
思考を止めて、恐怖に呑まれてしまえばそれこそ何もかもおしまいだという直感があった。
巨大な蛇というものは、それだけで畏怖の対象だ。
アナコンダ、と言うのだったか、世界最大の蛇。
それだって、精々10メートルと聞いている。
目撃例としてなら50メートル級というのも報告されているが、半分はヨタ話のはずだ。
今目の前の光景が現実のものである以上「50メートルの大蛇」というのは、そうヨタ話でもなかったようだが……。
それに、少なくともこれは、公に知られている生物としての巨大蛇でも、テレビで面白半分にとりあげられる未確認動物でもない。
何らかの方法で、目に見えず、直接干渉され、明確な違和感を憶えるまでは地を這う擦過の音すら気付かせず、突然そこに現れた。
あるいは、昔話や、神話の英雄譚に登場する。神や悪魔と畏まれ、生け贄を要求して共同体を脅かす。
そういう代物だ。
あくまでそういう物語として、けしてそれが己の身には降りかからないと承知して安全なところで物語を消費しているのであれば、長蟲ごときを神のように崇め奉り、要求されるままに女子供を生け贄に差し出しては特別な力を持った旅の英雄に縋る市井の民の姿は滑稽にも映ったし、その身勝手さに憤りもした。
だが、実際目の当たりにした今味わっているその威圧感、嫌悪感、――絶望感たるや。
何をどうしようと、交渉の余地もなく、相互の理解など望むべくもない、肉を貪る捕食者
こんなものに出会ってしまったら、こんなものを見てしまったら。
心は恐怖に挫かれ、絶望に呑み込まれて、――ヒトの尊厳も、家族の愛もかなぐり捨て、娘くらい差し出して慈悲を乞おうって気にも、なるだろう。
「なあ、犬飼先輩。……走れるか?」
「そりゃまあ」
「そうか、羨ましいよ。……でも、よかった」
苦しい息の中から、マサトは口にした。
「ぼくには出来ない、体力なくてさ、そうだな、5メートルも走れば息が上がって足がもつれるだろう」
祇代マサトは、長い時間立っていることができない。
祇代マサトは、走ることができない。
祇代マサトは、大きな声をあげて助けを呼ぶことができない。
――祇代マサトは、生命体として、弱者である。
「嵯峨さんを連れて、逃げてくれ」
思いつくことは、それしかなかった。
確かに、目の前の、巨大な毒蛇は恐ろしい。
成人男性の胴回りほどもある胴体の径。無機質に冷たい光を放つ、爬虫類の瞳。
黒光りする鱗は鋼鉄のようだし、牙はナイフじみてぎらついているし、黒々と広がる口腔は、マサトくらいなら簡単に呑み込んでしまいそうなほどだ。
それでも……それでも、自分の知っている、自分が憎しみを向けていたひとたちは。
施設長や蕎麦屋の旦那は、生け贄を差し出そうなんて案には、難色を示すだろう。
あの男の子はどうだろう。
もしあの子がこの場にいたならば、泣きじゃくりながら、懸命に兄を引きずって逃げようと試みるのではないだろうか。
嵯峨かのんはいくら
この犬飼先輩がどの程度体力が達者か知らないが、少なくとも老婦人と成人近い男子。二人抱えて逃げ切ることは不可能だろう。
「キミは……どうします」
どうせ、自分はそう遠くない未来、どこかで、一人ぼっちでみっともなく、苦しんで死ぬのだ。
なら、それがここであったところで、どれほどの違いがあるだろう。
特段、足止めだの、時間稼ぎだのができるわけでもない。
ただ、自分を見捨てろ、自分をおいて逃げろ。
そういう意味であり、明言していないだけでそれを意味しているのだとは、理解していた。
「ぼくは……ここに置いていけ、構わないから。……頼むよ、犬飼先輩」
マサトには返事をせず、犬飼かなめは、運転席の「嵯峨さん」に尋ねていた。
「――こう言ってますけど、どうされます、かのん様?」
「あなたの意見は?」
「……んぁ、本人がこう言ってるんだから、お言葉に甘えさせてもらうのもありっちゃありなんじゃないかと」
「個人の自由意思を尊重した一理ある考え方ね、それ以上ではないと思うけど」
運転席に腰掛けたまま、牙剥く大蛇の顔を見据えながら、嵯峨かのんはそう答えた。
「けれど、マサトくんをみすみす犠牲にするわけにはいかないので、……そう、ここはわたしが出ることにするわね」
――このひとは、一体何を言っている?
落ち着き払った声で言い、あわてる様子ひとつ見せない老婦人のさまに、マサトは何故か異を唱えることもできず、その言葉を聞いていた。
「……嵯峨、さん?」
「あのね、わたしはなるべく、あまりこういうお小言じみたことは言わないようにしているのだけど、それでもひとつ言わせて頂戴」
二股に裂けた舌を口蓋から伸ばし、呼気を吐きつける大蛇は依然そこにいて、今にも襲い掛かって来そうだというのに、呑気にこんな話をしていられる状況ではないハズなのに。
「……あなたをここに残す。それはいいわ、けれど、それでどうなるのかしら?残されたあなたは、どうやってこの場をしのぐつもり? 何か算段はあるの?」
それでも、かのんの、その言葉は、マサトに「耳を傾けなければならない」と思わせるようなもので、
「まさか、本当に何もなしに、単にあの蛇さんのお腹に行儀よく収まるつもりというわけでは、ないわよね?」
言いにくいことを、はっきり聞くじゃないか、と、口をつぐんだマサトに、かのんはさらに、重ねて告げる。
「自分が犠牲になれば、あなたはそれで満足? 本当に? ――精一杯勇気を振り絞ったようだけど、それは、あなた自身の生命と尊厳を、蔑ろにしているわ。何かを犠牲にして何かを得て、それでめでたしめでたし。だなんて。わたしからしてみれば…… その姿勢そのものが、――腑抜けているわ」
穏やかな声音で、窘めるように言うその声も、正気そのものであるようにしか聞こえなくて、
「かなめさん、マサトくんを、お願いするわね」
と言って、かのんがドアのレバーに手をかけるその時まで、マサトは、返す言葉を探し続けていた。
「いやいやいやいや!」
犬飼先輩の、取り乱した声が、はっとマサトを我に返らせる。
そう、そうだ、今、この老婦人は、狂気の沙汰としか思えないことをやろうとしていて、――少なくとも、この女の子は、それが判っているはずだ。
というマサトの予想は、思いもしない形で、裏切られることになる。
「……かのんさまにやらせたら、傍にいるわたしたちも無事じゃすまないでしょうが!」
「まあいやだわ、ひとを怪獣みたいに言って」
「……あなたは控えめに言っても全長200メートル級の大怪獣みたいなものでしょう。……まったく何言いうてはるんでしょうねこのおばあ様は、かのん様の「ほんの少し手を動かした」は――戦艦の主砲打ち込んでるのと同じなんですよ、判って言ってますか?」
犬飼先輩の物言いは、マサトをさらに混乱の渦へと追いやった。
何と言う事だろう、この女の子は全長50メートルの大蛇より、目の前の老婦人の方を恐れている、
そういう風にしか、見えなかった。
「……じゃあ、あなたにお願いするしかないわねえ」
「わたしもう定時なんで、時間外使用料もらえますか?」
と、犬飼かなめが問いかけ。
「……よろしくてよ」
と、嵯峨かのんが応じた。
その短いやり取り、それが、開戦の火箭だった。
「喋ると、舌ァ噛みますよッ!」
異を唱える隙を与えない俊敏な、獣のような動作で犬飼先輩が両手を伸ばし、マサトの首に絡み付き。
「せぇのッ!」
気が付いた時には、冷たい風が頬を叩いていた。
犬飼先輩は、マサトを胸に抱きかかえ、ドアウィンドゥのガラスを蹴り破り、その身を宙に躍らせる。
二つ折りにした胴体を両膝と肩口で支えられて、マサトの顔が何か柔らかく暖かいクッションに埋まり、息が詰まった。
が、それもほんの短い間のこと、わずかな浮遊感と、その直後にやって来る着地の衝撃。
高々と、二階建ての建物程はあろうかという高さまで持ち上げられていた車の窓から飛び降りて、犬飼先輩はほんの少し膝をたわめただけで、柔らかに地上へと帰還していた。
「――っと、ちょっとそこにいてくださいねー、すぐ終わりますから」
マサトの体を開放して、そう言いながら、犬飼先輩は、手にしていた細長い包みを毟る様に開き、その中身を晒す。
「まったく、楽できるかと思って来て見れば、何の冗談でしょうねこれは」
現れたのは、黒い和弓。
滑らかな動作で、弦をかけて組上げる。
「……ウゥゥゥーッ!」
響き渡ったのは、犬飼かなめの喉から生じた、獣の唸り声、だった、
奇妙なことに、マサトは気づく。
弓につがえ、放つための矢を抱えておくための、
「弓を用いて、戦う」と言う事を行うための条件を、満たしていない。
矢の用意のない弓つかいなどありえない。
――ただし、それは当たり前の射手が、当たり前の弓を用いている場合である。
この人は、何か隠し持っている。
そう見たマサトの想像に違わず、犬飼先輩の対峙する大蛇は、闇雲に襲い掛かることなく、迎撃姿勢を取る様に鎌首をもたげ、威嚇の為の鋭い呼吸の音を吐きかけ続けていた。
判断されるのは、それが、一方的に糧とするべき捕食の対象でなく、目の前の手弱女を、脅威として認識しているということ。
状況の変化に対応しきれていないマサトにとってみれば、その恐ろしげな姿は、何も変わらず、絶望的なものであり過ぎるものではあったが。
「犬飼、先輩」
そう呟いたその時、背後から声をかけられていた。
「……心配いらないわ、マサトくん」
とん、と、ほんの微かな音がして、振り向いてみれば、そこにはその声の主――着物姿の老婦人が、着物の袖を風になびかせ、佇んでいた。
マサトと、犬飼先輩から遅れること少し、同様に、空中に持ち上げられた乗用車から飛び降りてきたらしい。
――いくら身体健康にして意気軒昂と言え、当たり前の老婦人であればそれだけで捻挫や骨折は免れまい。
ならば、おそらくはこの人もまた、と真人は認識する。
「マサトくん、詳しい話は後でさせてもらうわね」
落ち着き払った、老成した声音は先ほどまでと何も変わらなくて。
つまり、彼女と犬飼かなめは、今、何が起こっているのか、マサトには知りえないその全体像を知っていて、ついさっきまで訳知り顔で講釈を垂れていたということになるのだろうか。
……随分とヒトが悪いじゃないか。
言葉にせずに、マサトは心の中で毒づいた。
「あなたは、わたしが魔法つかいか、と聞いたわね」
「……確かに、聞きました」
「少なくとも…かなめさんは、魔法つかいよ」
「
弓を掲げて、力強く、彼女が叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます