第33話 連続殺人の渦

 湖上署の取り締まり室で良一は話していた。


「新聞でどうも自分が静岡の事件の犯人だと疑われているのを知った。僕はそれでもいいと思った。香の身代わりになれるなら、彦根の事件の罪もかぶろうと・・・。だが香にこれ以上、罪を重ねて欲しくない。立川みどりか村田葵が狙われるとみて、僕は顔を隠しながら彦根駅から下り電車に乗った。彼女らは大津にいるから。そこで思わぬニュースを目にしてしまった。」

「日比野香が殺されたことだな。」


 荒木警部がそう言うと、良一はおおきくうなずいた。


「まさか、香が殺されるなんて・・・。その時、翔太の言葉を思い出したのです。響子が『口を封じなさい』と言っていたことを。もしかした響子がここに来て香を殺したのではないかと。僕はそれを確かめようとしましたが、大津は検問やらで警戒が厳しくなっており、すぐにつかまりそうでした。陸路がだめなら湖上からと思って、瀬田川にある大学のボート部からエンジン付きボートを拝借しました。そこなら簡単に手に入りました。すると今度は立川みどりが殺されたことを知ったのです。」


 良一はそこで一息入れた。それは頭を整理するためだった。


「確かに香が殺されたのなら、殺人はもう起こらないはずだ。しかしまだ続いているというのはどういうことか・・・僕にはわかりませんでした。ただ次は村田葵が襲われると思ったのです。だから彼女が務めている喫茶風水を訪ねた。」

「では村田葵を訪ねてきた男と言うのはお前だったのか?」

「はい。でも彼女はいなかった。その前に誰かに呼び出されていたようでした。僕はそれが香を殺した犯人だと思って、辺りを探しました。すると瀬田川の桜の木の下に立っている女性を見つけた。そいつが犯人だと直感して駆け寄りました。それが・・・」


 良一は空を仰ぐように顔を上に向けた。


「香だったのです。彼女のそばにはすでに頭をたたき割られて死んだ村田葵の死体が転がっていました。香が生きていたのを喜ぶ半面、訳が分からなくなりました。香は琵琶湖疎水で殺されたと新聞に出ていたのに・・・」


 それに対して荒木警部が言った。


「日比野香は山形警部補と入れ替わっていたのだ。」

「ええ、そうだったんです・・・」


 良一はその時の様子を語り始めた。


        ――――――――――――――――――――


 桜の木に立つ女性は日比野香に間違いはなかった。良一は半ば信じられない気持ちで、


「香・・・香なのか・・・生きていたのか!」

「ええ。生きているわ。こうして復讐を続けているの。」


 香は微笑んでそう言った。その雰囲気が以前の香とは別人のように良一には感じた。


「もうやめるんだ。こんなに人を殺して・・・。」

「まだまだ足りないわ。これでは舞子が浮かばれない。舞子を殺した人を一人残らず・・・」


 良一はそんな香を見るのが耐えられなかった。


「もうやめてくれ。今までの犯した罪が僕がかぶる。香は逃げるんだ! 警察の手が回っているはずだ。もう無理だ。このままでは捕まるぞ。」


 良一はそう言ったが、香は笑いとばした。


「私が捕まる? 見て! 私はもう日比野香じゃないのよ。山形響子よ。入れ替わったのよ。私の電話で立川みどりも村田葵も疑いもせずにやって来たわ。そしてこの警察用の警棒が役に立った。残りの人の情報も捜査本部から手に入れられるから、すぐに終わるわ。誰も私を疑わないわ。」


 良一は香の執念の深さを思い知った。警察内部に他人として潜入までして復讐を遂げようとするのか・・・。確かに彼女は、元々は舞台女優であり、その人になり切ることができた。また警察署の事務職員をしていたから、少しは勝手がわかるのだろうが・・・。


「そんなことはない。そのうちに君に疑念の目が向いて逮捕される。」

「死刑になろうがかまいやしない。舞子の無念を晴らすわ! 邪魔しないで!」

「そんな嘘はすぐに見抜かれるぞ。止めるんだ。」

「本当にそうかしら。じゃあ、試してみるわね。」


 香はそこでスマホを取り出して誰かに電話した。良一にも聞かせようとスピーカー通話に切り替えていた。


「もしもし。山形です。佐川さんには今朝のことを謝ろうと思って・・・」


 それは甲賀にいる佐川にかけた電話だった。聞こえる通話内容から、相手の刑事は香のことを少しも疑っていないようだった。しかも香は相手の刑事から新たなターゲットのことを聞き出したのであった。それは浜口大和のことだった。

 やがて通話が終わり、電話を切った香が言った。


「どうだった? 大丈夫でしょう。」

「でも、いつかはばれる。」

「まだしばらくは大丈夫。みんな殺すまでは・・・。私はこれから甲賀に行くわ。」


 良一は香が浜口大和を殺しに行くと直感した。


「もうやめろ。それに今度こそばれるぞ。浜口大和のことを聞いたばかりなんだから。」

「いえ、私は必ずやり遂げるわ! 邪魔しないで!」


 香はそう言って道の方に去っていった。


「香! やめるんだ!」


 良一は叫んだが、それは香の乗るバイクの音に消されていた。良一は村田葵の死体とともにそこに残された。彼は死体を見た。恨めしそうに目を見開いて仰向けに倒れている。その頭からは血が流れていた。


(このままでは香が疑われる。それも今度は甲賀の浜口大和を狙うという・・・。もしかしたら甲賀にいたその刑事に逮捕されてしまうかもしれない。捜査の目をそこからそらさないと・・・)


 良一はそう考えた。そこで盗んだエンジンボートをそこに持ってきて、村田葵の死体を載せて湖西の方に走り出した。


(できるだけ遠くで人の目に触れるところ・・・そうだ。海津大崎がいい。そこなら観光客に目撃される。捜査の目をこっちに引き付けられて香に目がいかなくなる。)


 良一はそう思って海津大崎を目指した。そしてそこでわざとボートでその辺りをうろうろして、ボートに死体が載せているのを観光客にわざと目撃させて目的は達した。警察に通報されているはず。渋滞した道を来るにはかなりの時間がかかるだろう。

 良一はボートを岸に近づけてそこに死体を遺棄した。その現場は観光客が騒ぎ出していた。そして良一は少し離れた湖岸にボートを括りつけてから上陸して死体が発見される場所にあるかどうかを確かめた。時間はまだまだあるはずだという計算が合った。

 それから良一は顔を見られぬようにボートのところまで戻った。それには少々時間がかかり過ぎた。エンジンボートで再び湖に出たが、急にサイレンの音が聞こえてきた。


「警備艇だ。まずい! このままでは捕まる。」


 良一はとっさにそう思った。すぐに岸に引き返して岩場に身を潜めた。すると赤色灯を回してサイレンを鳴らす水陸両用車が見えた。それが岸に上陸して停まった。あれがここにいたら、小型ボートで飛び出せば捕まってしまうと良一は遠くから様子をうかがっていた。

 だがその姿を水陸両用車に乗った佐川に見られてしまった。湖岸を走って追いかけてきたので、良一は必死に走って逃げ、小型ボートに急いで乗って湖に出た。あの水陸両用車が追いかけてきているとわかっていたので、右や左に舵を切り、行き先を欺瞞しながら猛スピードで走った。すると運よくまくことができた。それで良一は再び、瀬田川に戻ってエンジンボートを隠した。

 良一は何とか逃げ切れたが、心の中は憂鬱だった。今頃、香が大和を殺害していると思うと・・・。これ以上、罪を重ねさせないと思っていたのに、逆の行動をしてしまった自分が情けなかった。しかし今度こそ、香を説得して殺人を止めさせる・・・良一はそう決意していた。


            ―――――――――――――――――


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