第22話 諍い
舞子は桜の木の下にレジャーシートを敷いて、響子や部員たちが帰って来るのを待っていた。すると楽しそうな部員たちの声が聞こえてきた。
「きれいだった! 上から見ると桜はよく見えるな。びわ湖もきれいに輝いていたし」
「ああ、向こう岸も見えた。そういえばこっちから向こうを見たことはなかったな」
「楽しかったな! 来た甲斐があったよ」
部員たちは楽しげに話していた。ようやく響子と部員たちが戻ってきた。ロープウェイと山頂からの景色に満足したようだ。舞子はため息をついて、ただぼんやりそれを眺めていた。そんな彼女に響子が声をかけた。
「舞子。ちゃんとお留守番してくれたのね。これから宴会するからよろしくね」
舞子はうなずいて、持ってきたお弁当や飲み物をカバンから出していった。部員たちは待ちかねたようにそれを手に取った。
「お腹すいた!」
「今日は思う存分、騒ぐぞ!」
大和と渡が大声を出して騒ぎ出した。
「ちょっと、待って! 乾杯するから」
響子は大和と渡をたしなめてから、改めてみんなに言った。
「年に一度の軽音楽部の花見会。さあ、これからが本番よ。思いっきり騒ぎましょう。さあ、飲み物をもって!」
響子が促すと、それぞれが飲み物をもって大声で叫んだ。
「乾杯!」
そして一斉に飲み物を飲んだ。その飲み物に部員たちは違和感を覚えた。ジュースにしては何か刺激が強いような・・・。でもこれは大和が自分の家の酒屋から持ち出したジュースだから変なものではないはず・・・。
「ちょっと変わった味しない?」
「そうだけど・・・でもおいしい」
みどりと葵はそう話した。確かに変わった味で、その缶もあまり見慣れないものだった。だが大和たちはそんなことにお構いなしに乾いた喉に流し込んでいった。
「さあさあ、歌おうぜ! 盛り上げようぜ」
翔太と渡、そして大和が立ち上がって歌い始めた。声は出ていたが何か音程がずれている。そんな歌でも2年生の和久清彦、宇土和也、塩崎若菜、丹羽正樹の4人は手拍子を入れていた。みどりと葵はあきれながらも楽しそうに笑っていた。響子は部員たちがそんな楽しそうにしているのに満足していた。
だが一人だけそれを冷ややかに見ていた。それは舞子だった。まるでそのバカ騒ぎを軽蔑しているようにも見えた。その姿が響子には癇に障った。
(舞子のくせに見下して! 生意気だわ!)
そしてひどく腹が立ってきた。いつもは高圧的だがその高いプライドのため、荒ぶった感情を表に出すことがない響子だが、今日はなぜか違った。感情の抑制が効かなくなって無性に舞子が疎ましくなった。
「あんたね。何様だと思っているの! 一人だけつんけんして!」
響子は舞子に近づいて両手でその頭をつかんだ。
「やめてよ!」
「やめないわ。私はあんたのそんなところが嫌いなの!」
響子は大声で舞子に絡んだ。そして嫌がる彼女の頭を揺さぶってもいた。その様子にさすがに横にいた翔太がたしなめた。
「響子。やめろよ。みんな楽しんでいるんだから」
「何を! あんた、舞子に気があるんでしょう。知っているのよ。告って振られたのを。残念だったわね。生意気にも舞子には彼氏がいるのよ。アメリカにね」
「お、お前・・・」
翔太は秘密をばらされて下を向いた。これは誰にも知られたくない屈辱だった。同じバンドのメンバーに笑顔を向ける舞子に、翔太はてっきり自分に気があると思っていた。それで半年前、翔太は舞子に告白したのだ。だが良一を思う舞子に断られたのだ。
失恋の苦しみ以上に、彼のプライドがズタズタになった。それまで自分は日輝高校でもトップクラスのモテ男と思っていたのだ。(俺を振った・・・)と思い出すと、翔太には口の中に苦々しさが残った。いや、可愛さ余って憎さ百倍という言葉通りに舞子のことが憎らしげに見えてきた。
一方、響子の方もなぜかわからないが、自分が翔太にそんなことを言うとは思わなかった。実は、響子は翔太に気があったのだ。しかし彼女はそれを告白する勇気はなかった。だから翔太が舞子に振られたのをほっとしていた。
しかし翔太が舞子への未練を断ち切れないように見えた。響子は、彼がいまだに舞子に惹かれているのを知り、ますます舞子のことが嫌いになっていた。それに今、舞子をかばおうとしていることに一層、腹が立った。だからとうとう言ってしまったのだ。
「こいつは万引きしたのよ。口紅を盗んだのよ。私見たんだから!」
響子はついに禁断の言葉を口にした。あれほど「誰にも言わないで。」と懇願して響子の言うとおりに従ってきたのに・・・舞子は大きく反応した。約束を破った響子を許せなかった
「ひどいわ! 響子! あんたって!」
舞子は響子に飛び掛かっていた。そして馬乗りになって頭やら顔やらを両手で叩いていた。
「やめろ! やめろよ!」
あわてて渡と大和が舞子を止めた。引き離された舞子はうらめしそうに響子を見ていた。
「ああ、いやだ。野蛮ね」
響子は服に着いた土を振り払って立ち上がると、舞子を睨めつけた。そして八つ当たりの様に彼女の大きなカバンを蹴り上げた。それは大きく宙を舞って向こうの地面に落ちた。
「何するの!」
舞子は驚いて大声を上げた。あの中には舞子の大事なものを詰めてきているのだ。
その舞子の反応が楽しかったのか、響子はそのかばんのところに駆けて行って、それを踏みつけた。
「どう! あんたなんてこんなもんよ!」
「やめてよ! ひどい!」
舞子は渡と大和の手を振り払って響子に向かっていった。響子は陰険な笑いを浮かべると、そのカバンを抱えて走り出した。部員たちは唖然としてその光景を見ていた。響子は木々をかき分けて山の奥の方に進んで行った。
「みんな、来て! 追いかけっこよ! さあ、来るのよ!」
響子は叫んだ。なぜかその声に従うように2年生の清彦と和也と若菜、そして正樹が追いかけて行った。
「仕方がないな」
渡や大和や翔太もその後に続き、そしてみどりや葵も腰を上げた。
山の奥ではまだ響子と舞子の追いかけっこが続いていた。舞子が必死に後を追っている。
「返してよ!」
山の中で舞子の声が響き渡った。やがて舞子が追いつきそうになると、
「さあ、パスよ!」
響子は清彦にカバン投げて渡した。受け取った清彦はどうしていいかわからず茫然と突っ立っていたが、カバンを取り返そうとする必死な舞子に驚いて、少し離れたところにいる和也に投げて渡した。そして和也は若菜に、そして・・・カバンが次々にパスされていった。その度に舞子は取り返そうと必死になっていた。そんなことをしているうちに部員たちは山のかなり奥まで足を踏み入れてしまった。
「はあ、はあ、はあ・・・」
走り続けて、さすがにみんな息が上がってきた。最後にカバンのパスを受けた響子はそこに座り込んだ。そこに舞子が追い付いて乱暴にカバンを取り返して、やはりそこでしゃがみこんだ。後から来た他の部員も息を乱してそこに座り込んだ。
そこは鬱蒼としていて日の光が入らず薄暗かった。ただ彼女らが走って来たところを振り返って見ると、かつて遊歩道の計画でもあったのだろうか、道の跡のようなものに見えた。そしてその奥のこの場所も以前は人が入り、手入れをしようとしたみたいだった。だが途中で投げ出され、そのまま長期間、放置されているようだ。スコップやらが雨にさらされて錆びかけて転がっていた。
ここにも桜の木が1本植えられて花を咲かせていた。もう満開になっており、周囲に花びらを舞い散らしていた。だが花はわずかで木はやせていた。手入れもされず、この山の奥の厳しい環境で自力で咲かせた自然の花だからかもしれない。
だがその桜の木は何か人を引き付ける力を持っていたのかもしれない。へとへとになった部員たちはそのやせ細った桜をぼんやり眺めていた。もしかしたらその桜の木がみんなを呼んだのかもしれない。これから起こる恐るべき惨劇の舞台を提供するために・・・。
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