第13話 海津大崎
佐川は犯人を求めて海津大崎をひたすら目指していた。近江八幡の市街地を過ぎ、このまま行けば琵琶湖にぶつかる。そしてその先には道はない。広い湖面が広がっている・・・それが佐川の狙い目だった。
ジープは道を外れて湖岸に下りた。そしてそのまま湖に突っ込んでいった。
「ザブーン!」
と大きく水を跳ね上げ、車体はその中ほどまで沈んでいく。普通の車ならそこでエンストなのだが、このジープは違う。水陸両用車なのだ。水上航行も得意としているのだ。ジープは水の中をある程度進んでから、車の4WD駆動からウォータージェットに切り替えた。するとモーターボート以上の速度で湖を進むことができるのだ。これなら向こう岸まで一直線、渋滞した道路を通らずに高島まで行ける。この分ではあと20分ぐらいで現場に着けるだろう。
湖上には何もなく、ただ甲高い音のサイレンが響き渡っていた。佐川はジープを走らせながら考えていた。
(これらの殺人はやはり一連のものだ。何らかの動機があって殺されているに違いない。だから解決しない限りこれからも続くと・・・。そのキーになるのは桜と日輝高校の軽音楽部にある。それがいったい何であるのか・・・。)
佐川がそう考えているうちにジープは湖西の高島の海津大崎に近づいていた。すると目の前に湖岸がピンク色に染められた一帯が見えた。それはすべて咲きそろった桜の花なのだ。その距離は4キロに及ぶという。
ジープを岸に乗り上げさせて陸に上がった。そこで停車してジープから降りて辺りを見渡した。怪しい小型ボートの姿はここにはない。しかし少し先に2人の警官の姿があった。佐川はそのそばに駆け寄った。するとその警官の足もとには女性が倒れていた。
「湖上署捜査課の佐川です。」
「ご苦労様です。通報を受けて駆けつけて参りました。女性の死体のようなものを載せた小型エンジンボートが近くにいると観光客からの通報です。駆けつけてみるとボートは見当たりませんでした。岸を回ってみたところうつぶせで倒れている女性を発見しました。発見時はすでに亡くなられておりました。高島署に連絡して応援を呼んでいるところです。」
通報を受けて近くの交番から駆けつけてきたのだろう。高島署からのパトカーはまだ到着していない。佐川はかがんでその女性の死体を見てみた。女性は死亡してから時間が経っているようだった。その頭部には大きな傷があった。その傷はやはり鈍器で殴られたような跡だった。
「今度も棒状のもので撲殺したのか・・・」
そうだとしたら石山の事件と同一犯ということになる。それは鑑識が来るまで待つしかない。警官の一人が言った。
「近くにこれが落ちていました。」
それは小さな肩掛けバッグだった。それを開けると財布があり、中に運転免許証があった。それを見て佐川は声を上げた。
「やられた!」
その女性は村田葵だった。やはり日輝高校の10年前の軽音楽部のOBだった。
(やはり軽音楽部が絡んでいる。きっと何かある。早く解明しなければ・・・)
佐川は唇をかみしめた。その時、ようやくパトカーのサイレンが鳴った。高島署の捜査員が到着したようだった。詳しいことは彼らに任せるしかない。
佐川は現場を離れて、湖をぼうっと見ながら湖岸を歩いて考えていた。
(今度も海津大崎の桜の下に死体がある。だが殺害現場はここではないだろう。しかし犯人はどうしてここに死体を運んで来たんだ?)
謎は多かった。それに死体を運んできた小型エンジンボートはどこにも見当たらない。湖をジープで渡って来たのだから、そんなボートがあれば目についていたはずだ。するとこの岸に隠れているのか・・・。
佐川がふと振り返ると、遠くの岩の影からこちらをのぞきこんでいる不審な男の姿が目に入った。男は不安げにこちらを見ていた。
(誰だ?)
男は佐川が見ているのに気づいて慌てて逃げて行った。遠くだったので顔はよくわからなかった。しかし怪しい男には違いない。佐川はすぐにその後を追った。
「待て!」
佐川はその男が小型エンジンボートに乗っていた男だと直感した。その男は隠れてこちらをうかがっていたのだ。死体をこの場所に置いて小型エンジンボートで逃げ去ろうとしたものの、想定外のことがあった。それは思っていたより早くジープが水上から接近してきた。そのため素性を逃げることができず、すぐにボートを岸に隠したのだろう。陸路を逃げようとしても、道は車で渋滞しており誰かに見つかってしまう。そのため男はここに隠れて小型ボートで脱出する機会をうかがっていた。・・・佐川はそう推測した。
(香島良一か!)
はっきりわかったわけではないが、佐川はそう思った。とにかく佐川は男を追いかけた。このまま追い詰めれば逮捕できる。これ以上の被害者を出すことはない・・・と確信した。だがそうはならなかった。男は湖近くに走っていくと、そこの岩に姿を消した。そいて、
「バリバリバリ・・・」
とエンジンの音がしたかと思うと、一艘の小型エンジンボートが湖に出て行った。男はボートに乗って逃げて行ったのだ。
「逃がすか!」
佐川はジープのところまで走って戻った。これなら小型エンジンボートに追いつけるかもしれないと・・・。それに乗ってエンジンをかけると、すぐに岸から湖に入っていった。その勢いで水しぶきが立ち、波が動いた。ジープは浅瀬をタイヤで走った後、ウォータージェットに切り替えて湖面を走らせて行った。
「こちら佐川。緊急だ。犯人と思われる男を追跡中。奴はエンジン付きの小型ボートで高島の海津大崎から湖南方面に向かっている。」
佐川は湖上署に無線連絡を入れた。するとすぐに返事が返ってきた。
「了解。各方面の警備艇を向かわせる。湖国も現場に急行中。」
その声は大橋署長だった。琵琶湖岸に6か所の水上派出署が置かれている。それぞれが警備艇を持ち、湖の治安を守っている。今回は湖上署挙げて犯人を捕まえに行くようだ。
(あの男は香島に違いない。だとすると・・・)
佐川には香島が見つからなかったからくりがわかった気がした。事件が起こってから緊急配備をしたり、検問もしたが香島良一は網にかからなかった。それどころかあちこちに現れた犯行を重ねている。それは奴がエンジン付きのボートを使って湖を移動しているからではないのか。この湖の上までは検問の手が及んでいない。湖上署としては恥ずかしい限りだが・・・。
佐川はジープで追っていったが、もうそのボートの姿は見えなかった。ボートのエンジン音もジープのそれに消されてよく聞こえない。それでもジープのウォータージェットで高速で飛ばして辺りを捜索した。湖面に大きな爆音を水面に響き渡った。
(どこだ? どこに行った?)
佐川は気ばかり焦るが、やはりボートは影も形もない。すれ違うのは警備艇と湖国だった。
(あの男はもうボートを捨ててどこかの岸に上陸してのかもしれない。すんでのところで逃げられてしまった・・・)
佐川は唇をかみしめた。しかしどうしてもあきらめがつかない。そんな時、湖国から無線連絡が入った。
「佐川。一旦、湖国に戻れ。後は警備艇が捜索する。」
佐川は引き上げるしかなかった。ジープのガソリンが乏しくなっていたのだ。
「必ず次は捕まえる!」
取り逃がした悔しさで、彼はハンドルを叩いてそう誓った。
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