第12話 日輝高校
佐川刑事は第2名神高速道路で日輝高校に向かっていた。それは滋賀県の南、甲賀市にある。そこは四方を山に囲まれ、のどかで豊かな町だった。この季節は見渡す山々に桜が美しく咲いて、華麗で鮮やかに彩られた風景が望める。佐川刑事は事前に日輝高校に「10年前に卒業した生徒のことを聞きたい」と連絡を入れておいた。
荒木警部に言われて佐川刑事はまたやる気になっていた。捜査本部の堀野刑事にもメールを出して、一人でも捜査を続けるから捜査資料を頼むと伝えておいた。
やがて日輝高校に着いた。そこは歴史ある校舎があたりの自然と調和して立ち並んでいた。この学校は質実剛健の気風を旨としている。特にスポーツに力を入れており、校庭では部活の生徒のかけ声が響いていた。佐川刑事はここの出身ではないが、ふと自分の高校時代を思い出して懐かしさを覚えていた。
「さあ、こちらに」
校長先生が応接室に案内してくれた。佐川刑事はすぐに話を切り出した。
「お忙しいところ、申し訳ありません。詳しくは話せないのですが、ある事件の捜査をしております。その事件にここの卒業生が巻き込まれたようなのでお話を伺いたいと思いまして」
「10年前ということですね。でもその頃の者はもうここにはいなくなっておりまして、お答えできるかどうか・・・」
校長先生は言葉を濁した。県立高校だから先生の異動がある。この高校出身の青山翔太や香川良一や長良渡を知っている者などいないのだろう。しかしせっかくここまで来たのだから役に立たないにしても、少しでも情報を持って帰りたかった。そう思った佐川刑事は校長先生に頼んでみた。
「もしできましたら10年前のアルバムか名簿を見せていただけないでしょうか。」
「ええ、それなら・・・」
そう言って校長先生は応接室から出て行った。そしてしばらくしてから両腕に数冊の本を抱えてきた。
「これが卒業アルバムと名簿です。生徒の住所もありますが、10年前の事ですから今もそこにいるかどうか・・・」
「いえ、助かります。しばらくお借りしてもいいでしょうか?」
「ええ、かまいません」
すると校長先生は何かを思い出したようだった。
「そういえば、10年前の卒業生というと浜口さんがそうかもしれない」
「浜口さん?」
「ええ、以前は実家が酒屋でしたが、今はコンビニになってそこの店長をしているはずです」
校長先生は卒業アルバムのページをめくっていった。するとそこに「浜口大和」の名があった。寄せ書きにも「将来は浜口酒店を継ぐ。」と書かれている。
「この近くのYMコンビニです。彼ならその当時のことを何か知っているかもしれません」
「ありがとうございます」
佐川刑事はその戦利品をもってジープに乗り込んだ。名簿を探すと確かに青山翔太と香島良一と長良渡の名前はあった。そして・・・。
(やはりな。被害者はここでつながっている)
佐川刑事は確信した。その名簿には石山寺の事件の被害者の立川みどりの名前もあったのだ。そしてその4人の共通点は・・・・それはわからなかった。しかし被害者の青山翔太と長良渡と立川みどりの3人は軽音楽部だった。
(この一連の事件は日輝高校、それも軽音楽部が絡んでいるのか?)
その年の卒業生のうち、軽音楽部だった人は6人、事件の被害者以外には部長だった平塚響子と村田葵、そして浜口大和がいる。
(浜口大和? 確か近くでコンビニの店長をしていると聞いた。これは都合がいい。一つ当たってみるか・・・)
佐川刑事はジープを走らせて日輝高校を後にした。そして道に出るとすぐにYMコンビニを見つけた。そこには小さく「浜口酒店」の名も書いてある。
「ここだ!」
佐川刑事は駐車場にジープを停めて、コンビニに入った。そこは他の店舗と変わりのない、よくあるコンビニだった。
「いらっしゃいませ」
30前の男の店員が声をかけてきた。佐川刑事は彼に尋ねた。
「すいません。ここは浜口酒店があったところですか?」
「ええ、5年前まではそうです。私が後を継いでコンビニに変えました」
その男は人懐っこい笑顔でそう答えた。
「するとあなたは浜口大和さんですか?」
「ええ。私がそうです。何か御用ですか?」
そこで佐川刑事は警察手帳を見せた。彼はそれを見てやや緊張した顔になった。
「私は湖上署の佐川といいます。ある事件のことでお話を伺いたいのですが・・・」
「え、ええ。構いませんが・・・」
「青山翔太さんのことについてですが・・・」
その名前が出た時、明らかに彼の顔に動揺が走った。佐川刑事はそれを見逃さなかった。
「それなら奥にどうぞ」
浜口は店を他の店員に任せ、佐川刑事を奥の事務所に案内した。椅子に座るや否や、彼はすぐに言葉を発した。
「翔太のことでしたね?」
「はい。3日前、浜松で殺されました。」
「ええ、知っています。新聞に載っていました。今でも信じられません」
彼の顔はこわばったままだった。
「確か、高校時代に軽音楽部で一緒でしたね。最近は付き合いがあったのですか?」
「いえ。卒業してからはばったりと。でも実家がこの近所ですからうわさを聞いています。なんでも静岡で手広く商売していたとか。ここは近所でよくうわさが回るのです」
「では長良渡さんや立川みどりさんのこともご存じですね」
「ええ、軽音楽部で一緒でしたから。新聞にあれほどデカデカと出ていたら、誰でも気づきます。やはり同じ相手に殺されたのですか?」
浜口は探りを入れるように聞いてきた。
「それはまだ捜査中です。彼らが殺される原因に思い当たることはありませんか?」
佐川刑事は逆に聞き返した。すると浜口は目をきょろきょろと動かしてひどく動揺しているようだった。
「いえ、わかりません。高校を卒業して10年たつのですから。付き合いもなかったし・・・」
浜口は額に汗を浮かべていた。何か後ろめたいことがあるのかも・・・。佐川刑事はもっと突込んで聞いてみた。
「ところで香島良一という人をご存じですか? 彼も日輝高校の同級生だと思いますが」
「え?・・・覚えていません。同級生だからといっても多くいましたから・・・。クラスや部活が違えばわからないですよ。忘れてしまったのかもしれません。最近物忘れすることが多くて・・・。はっはっは」
浜口の顔は引きつっていた。笑ってごまかそうとしているのかも知れなかった。しかし一体、彼が何を隠しているのか・・・。
「本当に知りませんか? 隠してはいませんか? あなたが日輝高校にいた時、何が起こったのです? これは殺人事件なんですよ。隠していたら罪に問われることもありますよ!」
佐川刑事はさらに押してみた。しかし浜口は口をつぐんだまま何も言わなかった。何かをこらえようとしているかのようだった。これでは話は引き出せない。任意で引っ張ることもできるが、それはあまりにも乱暴だ。
(今日はここまでにしとくか。他の人を当たればもっと何かが出てくるかもしれない。)
佐川刑事はそう思って引き上げることにした。
「お時間取らせてすいませんでした。もし何かありましたらここに連絡してください」
佐川刑事は名刺を置いてその店を出た。はっきりした手がかりは得られなかったが、浜口の態度から何か事件に関わることが、かつての日輝高校軽音楽部にあったように感じられた。しかしまだそれが何かははっきりしない。佐川は預かった名簿を頼りに卒業生から話を聞こうと考えた。
ジープに乗り込むとすぐにスマホに電話がかかってきた。画面を見るとそれは山形警部補だった。
(今頃、何の電話だ?)
今朝の彼女の態度から見て辛辣なことを言われそうだった。佐川刑事は出たくなかったものの、捜査のことかもしれないと思いなおして電話に出た。
「佐川です。何か用ですか?」
「もしもし。山形です。佐川さんには今朝のことを謝ろうと思って」
ぶっきらぼうに言った佐川刑事に対して、意外にも彼女の声は優しかった。佐川刑事は少し肩すかしを食らわされた気分だった。
「いえ・・・」
「佐川さんが犯人を挙げるために一生懸命になって捜査されていたのにあんなことを言ってしまって・・・。私は焦っていたんです。早く犯人を逮捕しようと思って・・・」
確かに静岡県警から派遣されてきて滋賀で尾行中に自らが襲われ、殺人は起こるし、まだ犯人を逮捕できていないとなると相当なプレッシャーがあるのだろうと佐川刑事は同情した。
「いえ、気にしていません。山形さんの気持ちもわかります。とにかく捜査が行き詰っていますので私も懲りずに調べています」
「そうなのですね。こちらでは堀野さんにお世話になっているのですが、佐川さんが頑張っているとお聞きしました。佐川さんの熱意には頭が下がります」
山形警部補はまるで激励するかのような言い方だった。佐川刑事はそれが少しうれしかった。
「いえ、それほどには・・・。そちらも大変でしょう。姿を隠した香島を捜索するのが」
「ええ、思った以上に足取りがつかめていないのです。目撃者も出ていないし。私も一人で外に出て実際に調べてみました。でも瀬田の方まで足を延ばしましたけど全く手掛かりがなくて。他の捜査員の方もそんな感じでした。佐川さんの捜査の方はどうですか?」
「あれから少し進展がありました。日輝高校に行ってみたのです」
「日輝高校に行かれたのですか」
山形警部補の声のトーンが少し上がっていた。
「ええ、そうです。調べたところ、被害者の青山翔太、長良渡、立川みどりは同級生で軽音楽部でした。どうもそこに何か隠されているようなんです」
「まさか・・・。彼らが卒業して10年経っているんですよ」
やはり山形警部補は、日輝高校の関係を考える佐川刑事の説には懐疑的だった。
「同じ軽音楽部だった浜口大和という男性が日輝高校近くでYMコンビニの店長をしています。そこを当たってみたのですが、どうも素振りが怪しい。何か隠しているようなんです」
「そうなんですか?」
「ええ。しかし高校の時の話を聞こうとすると、なぜか急に口をつぐんでしまいました。これ以上、話を引き出せそうにないので他の人を当たるつもりです」
佐川刑事はそう言った。すると山形警部補はその話に興味をひかれたようだった。
「そうでしたか。それなら日輝高校の軽音楽部のOBを当たる必要があるかもしれません。ここの捜査本部にそのリストを作ってもらうように進言します」
「ありがとうございます。では私は捜査を続けます」
山形警部補がやっと認めてくれたと佐川刑事はうれしさを感じていた。
「よし、頑張って聞き込みだ! 次は誰のところを回るか・・・」
佐川刑事は名簿をめくった。すると考えがひらめいた。
「そうだ! 生徒ばかりに気を取られていたが、当時の顧問の先生なら何か知っているかもしれない!」
調べると当時の顧問は藤宮という男性教師だった。当然、転勤になって日輝高校にはいない。佐川刑事は電話で県教育委員会に問い合わせてみた。すると現在は近江八幡第一高校に勤めているという。
「近江八幡ならすぐそこだ。今から行くか」
佐川刑事はジープをYMコンビニの駐車場から走らせた。
その様子を浜口大和は窓からそっとうかがっていた。あの刑事は昔の話を聞き出そうとしていたが、それは何とか話さずに済んだ。しかし駐車場に長く留まっていてまた来るのではないかと気が気でなかったのだ。しかし何とかよそに行ってくれた・・・浜口はほっとしていた。
(あの事だけは話せない、話してなるものか!)
浜口はぐっと口を結んでいた。するとその時、コンビニの電話がいきなり鳴った。彼は一瞬、ビクッとしたが、深呼吸して気持ちを落ち着かせてから電話を取った。
「こちらYMコンビニです」
浜口はかかってきた相手と長く話していた。そして「出てくる」と言い残したまま、店を出て行った。
◇
佐川刑事は甲賀を出て県道を北上し、竜王町を抜けてしばらく走って近江八幡にたどり着いた。目的地の近江八幡第一高校は市街のはずれにある。そこまで30分以上はかかった。そこで佐川は、アポはとっていないが藤宮先生に会えるかどうかを聞いてみようと思った。
「湖上署の佐川と申します。藤宮先生にお話をお聞きしたいのですが・・・」
「すいません。藤宮先生はご病気で長期の休みを取っておられます。おられないのですが・・・」
そう返事をされた。ここには藤宮先生はいなかった。
「どちらの病院か、ご存じですか?」
「今は退院してご自宅に帰っておられるようです。警察の方が来られてことをお伝えしておきましょうか?」
「はい。もしお会いしていただけるようならお電話をいただきたいのですが。電話番号は・・・」
別の人物に話を聞かねばならないか・・・佐川刑事がそう思っていると、彼のスマホが鳴った。今度は湖上署だった。
「ん? 湖上署からか・・・一体、なんだ?」
佐川刑事は電話を取った。すると梅原のあわてた声が聞こえた。
「佐川さん。大変です!」
「どうしたんだ。また慌てて。」
「大変なんです! 驚かないでください!」
慌てているはずなのに梅原刑事はもったいぶっていた。
「いいから早く言え! また殺人か? まさか、そうじゃないだろ」
「いえ、そうなんです! 今度は高島市の海津大崎です。女性が殺さているようなんです」
「なにっ!」
佐川刑事は大きな声を上げた。まさか、こう立て続けに殺人事件が起こるとは・・・。
「詳しいことが分かっているか?」
「それが市民からの通報で、今、ここの署に通報が入って来たんです。海津大崎近くに男が乗った小型ボートが走っており、その中に倒れた女性が乗っているということです」
それでは事件かどうかわからないじゃないか・・・と言いたくなるのを佐川刑事は抑えた。
(海津大崎といえば、また桜の名所だ。犯人がそこで殺人を犯すことは十分考えられる。すぐに急行すれば犯人と接触できるかも・・・)
佐川刑事はこう思った。それならば急いで向かわねばならない。
「湖国の現在位置は?」
「大津港に近い場所です」
湖国の場所は海津大崎からは遠い。急行してもかなり時間がかかる。それなら・・・佐川刑事は思った。
「今から現場へ向かう」
「ですが花見客で朝から湖西の道路は上りも下りも渋滞です。サイレンを鳴らしてもしばらく湖周りの道路は進めないかもしれません」
多分、梅沢刑事が大津署の交通課に確認したのだろう。海津大崎は湖西の高島市にある。通常なら守山市まで出て、湖にかかるびわ湖大橋を渡って湖西に出て、そこから北上する。しかしこの湖西の道路は観光客で驚くほど渋滞することがある。他に道もないのだ。近くの高島署からパトカーを出しても現場まですぐにはたどり着けないだろう。ぐずぐずしていたら犯人は死体を置いて姿を消してしまう。
しかし手がないわけではない・・・佐川刑事は思った。
「わかった。奥の手を使うから大丈夫だ」
佐川刑事は電話を切ると、すぐに赤色灯を回してサイレンを鳴らしてジープを走らせた。びわ湖大橋を通る通常のルートも、湖周道路で彦根、長浜を回るルートも時間がかかりすぎる。佐川刑事はそのまま市街地に入った。
近江八幡もその八幡堀沿いに桜が植えられ、美しい花を咲かしていた。その堀に浮かぶ舟は桜のトンネルをくぐり抜ける。その美しい景色に集まる観光客は多い。その風景を横目で見ながらジープは失踪していく。窓からの美しい風景はものすごい速さで後ろに流れていった。
助手席には預かった卒業アルバムと名簿が車の振動で揺れている。今はこれをじっくり調べる余裕はない。とにかく海図大崎に急行しなければならない。佐川刑事ははやる気持ちを抑えていた。
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