2.悲劇の始まり

 俺の記憶が確かであれば、ルーク・クランベルは十三歳の時に、十一歳のエリナを野盗から庇って命を落としている。


 エリナの未来を変えるのであれば、俺は生き残らなくてはならない。


 その為に何度も剣を振るった。


 野盗だけでなく、全てからエリナを守る力を手に入れようと。


 結果、俺は野盗を退け、エリナを守りつつも生き抜くことができた。



 そのおかげで、エリナにまともな教育を施せることができた。


 俺の知っているエリナ・クランベルは、プライドが高く、他者を見下す傾向があり、どう育てていけばいいのか心配をしていたのだが、それは俺の杞憂だった。


 領主の娘という立場が、傲慢な人間へと導いたに過ぎなかったのだ。


 根は素直で優しい子だ。


 自分と一緒に領民の生活を経験したり、色んな場所を巡ることによって、『なぜ人は平等ではないのですか』と、疑問を持ってくれた。


 たまたまなのだ。


 たまたま俺たちは貴族としてこの世に生まれたに過ぎない。


 だから、その身を誇ることはあっても、他者を愚弄する権利も資格もないのだ。


 エリナはもう、悪役などと呼ばれる子ではない。


 人を思いやる、優しい子に成長してくれた。


 ただ、小さいのか大きいのか、よくわからない誤算が起きてしまった。


「お兄様、エリナは将来、誰が何と言おうと、お兄様と結ばれます!」


 いつしか、俺を恋愛対象として見るようになっていたのだ。


 その見方は、学園に入学する十五歳になっても変わらなかった。


 どうやら、俺はエリナに尽くし過ぎてしまったようだ。


 兄として誇れるように頑張った結果が、あらぬ方に動いてしまった。


 兄と妹の婚姻は国法で認められていない。


 その事は当然エリナも知っている。


 それでもエリナは頑なに自分の考えを変えなかった。


「国が認めないなら、一緒に誰も私たちのことを知らない世界に行きましょう。エリナはお兄様といられるなら貴族の身分などいりません」


 優しい子に育っても、強気な性格はそのままだった。


 俺はそんなエリナと一つの約束を交わす。


「もし、学園を卒業しても気持ちが変わらなかったら、エリナが言うように、誰も知らない世界に二人で行こう」


 この約束が果たされることはない。


 単にエリナが俺以外の男を知らないだけなのだから。


 近くにいた男を、好きだと錯覚したに過ぎない。


 本当の恋を知れば、覚めるまやかしの恋。


 寂しくあるが、それが現実。


 けれどエリナの、


「絶対の約束ですからね。あとになってから取り消すことはできませんからね」


 嬉しそうな満面の笑顔を見られたから良しとした。


 それで満足だった。


 結果から言えば、約束は果たされることになる。


 俺もエリナも、予想しなかった形で………。


 災厄の魔女、アフロディ―テはエリナの手によって現代に蘇る。


 それは俺の間違いだった。


 エリナをアフロディ―テへと導く者がいたのだ。


 アフロディ―テは一つの国を壊滅寸前まで追い込む力を持った、脅威の魔女。


 その魔女を手に入れ、支配下に置こうとする者がいた。


 災厄の魔女の復活には、魔女の魂に耐えられるだけの力を持った器がいる。


 その器に、エリナが選ばれただけに過ぎなかったのだ。


 新しい未来でも、それは変わらない。


 器としてエリナが選ばれた。


 ただし、違う未来も加わった。


 器として、リーシャも選ばれたのだ。


 二人は拉致され、暗く閉ざされた神殿の奥深くに閉じ込められる。


 そして、災厄の魔女として覚醒するのを待つだけになった。


 二つの器に対して、アフロディ―テの魂は1つ、自ずとどちらか片方は魔女となる運命から免れる。


 だからエリナは魔法でリーシャを眠らせた。


 何も言わせぬように。


 何もさせないように。


 自分が、アフロディ―テの器となれるように。


 学園に入ってから、二人は親友として学園生活を送っていた。


 外見は全く違うタイプだというのに、二人は、


「私たちって、似てるわね(よね)」


 そう言い合うほど、お互いが似ていると感じていた。


 現に、リーシャも魔法をエリナにかけようとしていた。


 自分と同じことを考えていた。


 数秒遅ければ、眠っていたのは自分だった。


 そして、後悔していただろう。


「ごめんね」


 リーシャの額に軽く手を触れ、覚悟を決めると、エリナは指定された台座へと足を運ぶ

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