悪役令嬢の為に 序

ハジ

1.ルーク・クランベルとして

 魔法が存在する現世とは異なる世界。


 俺は現世での死後、その世界で生まれ変わった。


 生まれ変わったこの世界が、前世に存在した、ある一つの物語の世界であることを俺だけが知っている。


 そして俺の妹、エリナ・クランベルが、悪役として登場する物語の主要人物であることも……。

 

 エリナは、クランベル領の領主、ロイド・クランベルの娘として生まれ、十二歳の時、自国であるセレナ王国の第一王子、カイン・セレナと婚約を結ぶ。


 しかし、王都にある学園に進学すると、婚約者の座を物語の主人公である、平民出身のリーシャ・ワトソンに奪われてしまう。


 悲しいことに、その状況を生み出したのは他ならぬエリナ自身だった。


 生まれ持った性格が、エリナを破滅への道を歩ませてしまったのだ。


 学園において、タイプは違うが、エリナとリーシャは他の生徒たちと比べ、抜き出た容姿を持っていた。


 美しく整った顔立ちと、スラリとした長い手足を持つエリナ。


 少し小柄ではあるが、大きな優しさで包み込むような瞳と笑顔を持つリーシャ。


 二人は常に学園にいる人間の目を惹いていた。


 勉学においても、常に学年の上位を維持し、優劣を競っていた。


 秀麗と愛くるしさ。


 知的な大人っぽさと無邪気な幼さ。


 物事を冷静に判断して取り組むエリナと、思った事、考えた事を直ぐに実行へと移すリーシャ。


 全く正反対の二人、それだけに、よく比べられた二人。


 見方は違えど、学園の中心人物として注目される彼女たちは、ある意味、似た者同士だったのかもしれない。


 だが、一つの違いが彼女たちの運命を大きく別けることになる。


 平民出身のリーシャは、誰に対しても分け隔てなく、明るい笑顔を見せていた。


 対してエリナは、身分や血統を重視し、相手を選び、見せる態度も表情も違っていた。


 エリナの振る舞いは決して良いものではない。


 だからと言って、彼女だけが人を選んでいたわけではない。


 貴族の人間には、そういった生まれや血筋で人を判断する者が多い。


 ただ、リーシャと比べられることにより、エリナだけが、そうでない者たちから目立ってしまったのだ。


 この違いが、自然とリーシャの周りに人を集め、エリナの周りから人を遠ざけてしまった。


 学園に入学した年の最後の季節を迎えるころには、エリナを必要とする者は、婚約者のカイン王子だけになっていた。


 王子だけが孤独から救ってくれていた。


 自身の周りに人がいなくても、心の拠り所があった。


 しかし、リーシャの笑顔に惹かれ、身を彼女へと運ぶ人間はカイン王子も例外ではなかった。


 カイン王子の興味がリーシャに注がれると、エリナは本当の意味で一人になってしまう。


 人として嫌われる行動を取っていた自覚はあった。


 けれど、貴族の令嬢として生まれてきたエリナには、一人になるまでその性を変えようとすることが出来なかった。


 今さら自分の振る舞いを後悔しても遅い。


 孤独な学園生活は、辛く寂しかった。


 それでも、将来カイン王子と結ばれることに変わりはない。


 王妃となってから、過去の自分を清算すればいい。 


 反省を生かして、リーシャのような人望を持つ人間になればいい。


 そう未来を描くも、エリナにその未来は訪れなかった。


 リーシャを妬み、悪意を向ける者は何もエリナだけではない。


 貴族は平民を見下す人種と言ってもいい。


 人は確たる地位に立てば、その地位にいないものを見下ろす。


 リーシャによって心変わりする者もいたが、変わらない者の方が多かった。


 特に同性はそうだった。


 その者たちは執拗にリーシャを陥れようとした。


 命さえ失いそうになるほどに。


 その行いが、カイン王子の耳に届いた時だった。


 リーシャを陥れようとした者たちは、自身の身を守るため、エリナを首謀者に仕立て上げたのだ。


 自分たちはエリナに従っただけに過ぎない。


 カイン王子を奪われたエリナが、嫉妬に身を焦がし、自分たちの意に沿わない行動を取らせたのだと主張した。


 元々、その者たちはエリナに付き、従っていた者たち。


 普段のエリナの素行からも、疑う人間は誰もいなかった。


 裁判にかけられ、エリナは全てを失う。


 クランベルの名も、家も、土地も、そして、愛するカイン王子のことも。


 全てを失ったエリナには、もはや生きる意味はない。


 終わってしまえばいい。何もかも。


 絶望し、破滅を望むエリナが手にしたのは、かつて自国セレナを世界から消そうとした、〈災厄の魔女〉と呼ばれたアフロディーテの魂。


 その魂を呪いとして身に受け、エリナは第二のアフロディーテとなってセレナ王国

に牙をむく。


 そして、終わりを迎える。


 後のちに勇者と呼ばれることになったカイン王子と、同じく聖女と呼ばれることになったリーシャによって。


 最後は塵となり、この世から消えた。


 これは、俺だけが知っている物語の結末。


 だから、未来を変える。


 エリナの兄、ルーク・クランベルとして。

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