ハンバーグ
増田朋美
ハンバーグ
クリスマス寒波ということでものすごく寒い日が続いていた。なんでも東北の方では大雪が降って、車が立ち往生して困っているというニュースが流れるほどであった。この静岡では大雪が降ったとか、その様なニュースが聞かれることはないが、でも、寒い日であった。
その日、杉ちゃんとジョチさんは、手芸屋さんへ買い物に行って、自宅へ帰る途中であった。杉ちゃんがお茶を飲みたいと言って、駅の近くのコンビニへはいったときのこと。
「こらあ!金を払え!」
と、店員のおじさんが、怒鳴っている。杉ちゃんたちの前を、一人の小さな男の子が、走って逃げようとしたが、足が絡まって転んでしまった。
「こらこら捕まえたぞ!金を払わないで弁当を食べるとは、言語道断だ!すぐに金を払ってもらおう!」
店員のおじさんは、そう言って、少年の襟首を掴んだ。多分、五歳くらいの年齢の少年だと思われるが、それにしては弱そうな感じの少年であった。
「ちょっとまってください、子供が万引きをするのは確かに行けないことではあるんですけど、よほどわけがあるはずです。なぜ彼が万引きをしたのか、聞いてみてはいかがですか?」
ジョチさんがそう言うと、
「でも、弁当を万引きして勝手に食べようとしたんだ。それはいけないことだぜ!」
店員のおじさんは言った。
「一体何でお前さんは、弁当を万引きなんかしたの?」
杉ちゃんがそう少年に聞くと、
「ごめんなさい、お腹が空いて我慢できなかったんです。」
少年は申し訳無さそうに言った。
「ご飯を食べてないのか?」
「最近になって、食事をしたのはいつですか?」
杉ちゃんとジョチさんは驚いてそう言うと、
「土曜日。」
と、彼は言った。
「えーと今日は、金曜だったよな。」
「そうですね。つまり、一週間近く経ってます。」
二人がそう言うので、コンビニ店員のおじさんは、
「そうか、そういうことだったのか。それは少々悪いことをしたな。」
と、少年に言った。
「まあ警察に言うのは勘弁してあげてください。一週間何も食べてなかったのなら、コンビニで万引きをしても、仕方ないでしょう。そういうことであれば、僕達が連れて帰りますよ。」
ジョチさんはそう言って、小薗さんに電話をかけ始めた。待っている間に杉ちゃんが、
「うまいもん食わしてやるからな。」
と、にこやかに笑って、少年に言った。
「それでは、とりあえず小薗さんに迎えに来てもらいましょうか。杉ちゃんになにか作ってもらうのもいいのですが、事態が事態ですから、うちで、敬一が、子供向きの食事を作ってくれるそうです。まあ、敬一のことですから、悪いものは作りません。」
ジョチさんが、スマートフォンをしまいながら、そう言うと、
「まあ確かに、チャガタイさんの料理はうまいからね。」
杉ちゃんも納得して、三人はジョチさんとチャガタイさんの自宅兼店舗である、焼肉屋ジンキスカアンまで小薗さんの車で向かった。店の営業時間は、ちょうどランチタイムが終わり、夕食前の暇な時間であったことが良かった。三人が店に入ると、
「おかえり兄ちゃん。小さなお客さんの食事も作ったよ。子供の好きなハンバーグだよ。」
チャガタイが、三人を出迎えた。少年は、テーブルの上にあったお皿に乗ったハンバーグを見て、
「わーいやった!ハンバーグ、いただきまあす!」
と言って、すぐにハンバーグにかぶりついた。それを見ると正しく子供であった。
「おいしーい!おかわり!」
「はいはい。」
チャガタイがもう一個ハンバーグをお皿に乗せると、またガツガツと食べるのである。
「すごい食欲ですね。」
ジョチさんが思わず言った。
「育ちざかりの子供さんだもの。ハンバーグ大好きだよね。」
チャガタイは、もう一個ハンバーグを皿においた。
「そうですね。逆に食べないとおかしいですよ。」
結局、少年はハンバーグを5個たいらげて、
「ごちそうさまでした。」
と、チャガタイに頭を下げた。
「ところであなたのお名前は何ですか?親御さんの電話番号かなにか教えてもらえないでしょうかね。」
ジョチさんがそういうと、少年は小さい声で、
「深山治。」
と言った。
「じゃあ治くん。お母様か、お父様の電話番号を教えてもらえないでしょうかね?」
と、ジョチさんがそうきくと、
「いいたくない。」
少年は小さな声で言った。
「はあ、それはなんでかな?親御さんに迎えに来てもらわないと、お前さんも困るだろう?」
と、杉ちゃんが言うと、
「なにか事情があったのかもしれませんね。親御さんに来てほしくない理由があるのですか?」
とジョチさんが言った。治くんは小さく縮こまって、
「いいたくない。」
と言った。
「悪いようにはいたしませんが、なぜ親御さんを呼びたくないのか、ちょっと話してもらわないと。場合によっては、こちらの介入も必要になるかもしれませんので。」
とジョチさんが言うと、治くんは更につらそうな顔になった。
「じゃあお前さんは、家に帰りたくないの?治くん。」
杉ちゃんがそう言うと、少年は、小さく頷いた。
「帰宅拒否症ってやつかなあ。でも、やっぱりお母ちゃんのところに帰らないといかんなあ。やっぱりさ、親御さんのところに帰らないと、行けないからな。」
「ずっとハンバーグ食べてたい。」
治くんは小さな声で言った。
「そうか、それならそうしよう。おじさんと一緒にハンバーグ食べるか。おじさん料理が得意だから、料理を手伝ってくれるなら、ここにいてもいいよ。」
チャガタイがにこやかに笑ってそういった。ジョチさんはちょっと変な顔をして、
「しかし、親御さんの元へ帰らないと、こちらといたしましても。」
というが、
「でも、彼だって、彼なりに辛いことがあるんだろう。だから、一度だけでものぞみを叶えてやろう。」
と、チャガタイが言った。
「そうかもしれないですけどね。やはり実家へ戻したほうが良いのではないでしょうか。うちには、小さな子どもさんのための道具もないんですよ。」
ジョチさんがそういうのであるが、
「とりあえず、コンビニで万引きをするくらいだからな。よほど辛いことがあったんだろう。兄ちゃんもあんまり細かいことこだわらないでさ。ちょっと預かってあげようよ。辛かったんだと思うよ。」
チャガタイは治くんを擁護するように言った。
「それに、もし、子供がいなくなったら、親御さんのほうが探しに来るかもしれないしね。」
と、杉ちゃんもそう言ったのでジョチさんは折れて、
「仕方ありませんね。じゃあ家で一日過ごしてくださいませ。」
と言った。
「でも彼のご家族を早く見つけなければならないことはたしかでもありますから、警察に言っておきましょうか?」
と、ジョチさんが言った。
「どうして僕は戻らなきゃいけないのかな。戻ったって、どうせろくな事無いよ。パパもママも、みんな僕のことなんてどうでもいいんだ。お姉ちゃんばかり見て、僕なんかいらないと思ってるんだよ。それだったら、おじさんたちの子供になってしまいたい。」
と、治くんは嫌そうに言う。
「はあ、お姉さんが居るんだね。それでお姉さんの方に手が行ってしまって、お前さんの事はほっぽらかしか。それで、お姉さんは普通に保育園とか、そういうところに居るのかな?」
と、杉ちゃんが言うと、
「ううん。病院にいるよ。ママはつきっきりで、お姉さんの面倒を見てる。」
と治くんは言った。
「そうなんだ、それは辛いねえ。君だってまだママのそばにいたいと思うものね。それを我慢するのは確かに辛いよね。甘えるのは、今しかできないことでもあるからね。」
と、チャガタイが優しく言った。
「でも皆お姉ちゃんが具合悪いから我慢しろとか、そういう事ばっかり言うんだ。ママは帰ってきたと思ったら、お姉ちゃんが具合が悪くなったとか言って、すぐに病院に戻っちゃう。」
「はあ、なるほど。それはおじさんもそうだったな。そこに居るおじさんの兄ちゃんも、よく体調崩して、病院に入り浸っていたからねえ。寂しいのはおじさんも同じだよ。」
治くんが続けるとチャガタイはそう話を続けた。
「本当?」
と、治くんはそう言うと、
「ああ、そうだったよ。そこにいる着物を着ているおじさんは、本当によく病気をして、よく病院に通ってたよ。今は、政治家の補佐役になっちゃったけど、俺も、子供心に、寂しかったなあ。」
チャガタイは、にこやかに言った。
「まあでもねえ。俺は、父ちゃんに、大きくなったらお前が、お兄ちゃんの世話をしてするようになるって散々言われたなあ。それに、兄ちゃんだって、すごい大変そうだったからさあ。そのうち、俺が世話をしなければ行けないんだなと思うようになった。それを思うようになったのは、もっと大きくなってからだけどね。きっと君もわかるようになるよ。お姉ちゃんは、大事な存在だってことをね。」
「おじさん、どうしてそういうことを言えるの?僕は、ママをお姉ちゃんに取られてしまって寂しいんだよ。」
治くんは、小さな声で言った。
「そうだねえ。まあ確かに、俺もそう思ったこともあった。ましてや、兄ちゃんとは、父ちゃんが違ってたし。俺にしてみれば、俺の父ちゃんがなんで兄ちゃんのことを、世話するんだろうって、変な気持ちだったし。俺は、なんか取り残されちまったみたいでさ。俺が子供の頃は、お父ちゃんもお母ちゃんも、兄ちゃんの事ばっかりでさ。でもね、俺、二十歳になったとき、兄ちゃんに謝られたんだよな。それで俺は、兄ちゃんのことを恨むのはやめた。俺の場合は、そういうことになるんだけどさ。きっとね、君も、わかるようになるよ。お姉ちゃんのことも、自分が本当は愛されてたってこともね。」
「ごめんなさい、、、。」
と治くんは小さな声で言った。
「ごめんなさいって何が?」
杉ちゃんがすぐいった。杉ちゃんという人は、すぐに人の言うことに口をはさむ癖がある。
「ごめんなさいって何があったの?聞いてみてもいいかな?」
と、杉ちゃんに言われて、治くんは更に小さくなった。
「ごめんなさい、、、。」
と、治くんは更に小さくなる。
「悪いようにはしないから、お前さんが支えてること吐き出しちまえよ。僕もジョチさんも、チャガタイさんも、悪いようにはしないよ。」
杉ちゃんはでかい声で言った。
「ちゃんと、話をしてご覧。お前さんは、ちゃんと、自分の支えていることを言ってみろ。一体何があったんだよ。もしかしたら、お姉さんの言うことは、なにかいけないことでも?」
「ちょっとすみません。」
とジョチさんは、治くんの体を眺めた。そして、治くんがあっと言う間にその手を取って、洋服の袖をめくった。袖の下には、いくつか痣の様なものがある。
「この痣は、どこで作ったものですか?」
とジョチさんが聞くと、治くんは、
「電車を待っていて駅でころんだの。」
と小さい声で答える。
「いえ、それは違いますね。単に、駅で転倒したのであれば、この様な傷はつかないはずですよ。医学的に言えば、もし転倒したのであれば、傷は擦過傷と呼ばれるものになるはずです。この痣は、打撲痕ですから、重いもので腕を打ったとか、そういうときではないとできないはずです。」
ジョチさんがそう言うと、
「兄ちゃん、もう少し、庶民的な言い方をしてくれ。擦過傷とか、そういう専門用語ばっかり使うから、余計に兄ちゃんの説明はややこしくなる。つまり、この痣は、駅でころんだだけでは、できないということだな。」
とチャガタイが言った。
「あ、あの、ドアに腕を挟んでしまったの。」
と、治くんが言う。
「いえ、ドアに腕を挟むなど、滅多なことでは起きないはずですよ。ちょっと寒いですけど、洋服を脱いでもらえますか。」
ジョチさんがいきなりいうので、治くんはわっと泣き出してしまった。
「はあ、なるほど。誰にやられんたんだ?親御さんか?それとも、他の人か?」
杉ちゃんに言われて、治くんは、ごめんなさいと言って泣き出してしまうのである。
「わかりました。あなたが悪いわけではございません。それは、虐待をする大人が悪いのです。多分、あなたは、親御さんか誰かから、日頃から暴力を受けていたのでしょう。そういうことを児童虐待と言います。それは、立派な犯罪ですから、親御さんは、法律で裁かれることになります。それを、通報するのも、大人として大事なことですよ。あなたも、ちゃんと、お母さんやお父さんに殴られたと証言してくださいね。」
と、ジョチさんはそう言うが、治くんは、涙をこぼして泣き出してしまった。
「仕方ありませんね。すぐに、警察に来てもらうか、児童相談所に話すなりして、彼を保護してもらう必要があるかもしれません。それから、彼のお姉さんも、同様です。親と一緒にしておけば、お姉さんも暴力を振るわれる可能性があります。」
「まって、お姉ちゃんには何も言わないで。お姉ちゃんは悪くないんだよ。僕が、悪いことばっかりするから、悪いんだ。だから、もっと僕がいい子であれば、何も起こらないんだよ!」
治くんは涙をこぼしていった。
「そうですが、その様なことを放置されていては、あなた自身の命に関わるかもしれません。虐待がエスカレートしてしまえば、有り得る話です。虐待は、周りに止める人がいないことが多いので、エスカレートすれば、子供を殺してしまうことだって、珍しくありません。すぐに警察に通報したほうがいいですね。それから児童相談所にも。こういう事は早ければ速いほどいいでしょう。」
ジョチさんはスマートフォンを取って、警察に電話しようとしたが、
「ちょっとまってくれ、兄ちゃん。兄ちゃんのしていることは間違いではないが、彼に取っては、お母さんから引き離してしまうことになり、彼の保護者は逮捕されてしまうことになるんだぞ。そうなったら、彼の保護者はいなくなってしまうじゃないか。逮捕するよりも、お母さんに虐待をしないように、呼びかけることのほうが大事なんじゃないのかな?」
とチャガタイがそれを止めた。
「しかし、僕は、何度か虐待に関わってきた、専門家と話をしたことがありますが、彼らは、子供の虐待というのは、いくら辞めるように呼びかけても、いくらでも再発すると言っています。それだったら、早く虐待をする親を逮捕してしまったほうが良いと。」
「しかしと言っても、彼のことや、お姉さんの気持ちを考えてやってくれ。そうやって、大事な親御さんを、引き離してしまったら、二人はどうするんだ。別の人の子供になることになるかもしれないし、そうなったら、悲しむと思うぞ。だったら、実の親御さんのところにいさせてやったほうがいい。」
チャガタイは一生懸命彼を擁護した。
「そうかも知れませんが、安全ということを考えてください。この様な暴力を振るわれる恐怖は計り知れないでしょうし、それなら、そういうことはない、安全なところで生活させてやりたいと思いませんか。きっと暴力に伴われた愛情なんて、きっと、役に立ちはしませんよ。もしかしたら、将来の精神疾患とか、そういうものの原因になるかもしれませんし。そうではなくて、彼を幸せなところに送ってやることが一番だと思うんです。」
ジョチさんはチャガタイの話を否定した。
「でもねえ、、、。俺は、実の親御さんのところにいさせてやるのが一番だと思うけどねえ、、、。実の親御さんであれば、関係の修復は難しくないと思うし。」
チャガタイは、なにか考え込むように言った。
「でも、安全な生活というのも考えてください。安全な生活をというものは、他の誰にでも、変えられないことですよ。僕はそれをよく感じていました。繋がらない家族の中で、生活するのは、辛いものがありますけどね。敬一も、大変だったと思いますけど、それだけじゃないですからね。安全と愛情は違います。」
と、ジョチさんは、そう反論した。
「大丈夫。僕が、良い子にしていればママは怒らないし、お姉ちゃんも、面倒を見てもらえるんだ。お姉ちゃんは、だってママが見ていないと、行きていけないから。僕が、お姉ちゃんのことを嫌だとか、そういうことを言わなければ、僕たちは、そのまま過ごせるんだ。」
治くんは、しっかりそういったのである。
「まあ、そうかも知れないけどね。良い子にしていれば何も怒らないと黙っているのは、一番良くないんだぞ。それにずっと耐えていられるほど人間は、丈夫なものでは無いんだよ。今は大丈夫かもしれないけど、必ずどこかで破綻をきたすんだ。だったら、ジョチさんの言う通り、安全な生活をしてあげられる方が、よほど楽だと思うぜ。」
と、杉ちゃんが言った。
「そうはいってもさあ。俺は、実の親子から無理やり離してしまうのは、いけないことだと思うぞ。それに、親だって、更生できるかもしれないじゃないか。そのチャンスまで奪おうとするのは、なんだか、親御さんのことまで可愛そうだと思うけどね。家族でよく話し合うことも必要なんじゃないかな。」
チャガタイはまたそういうことを言っている。
「いえ、児童虐待は、立派な犯罪です。それは、大人が阻止しないといけません。このままエスカレートしていけば、彼は周りの大人さえ信じなくなっていくことでしょう。それを防ぐためにも、僕達が通報する必要があるのです。」
ジョチさんは、チャガタイが止める前に電話をまた取った。
「兄ちゃんは、警察関係の偉い人とか、政治家とか、そういう知り合いが沢山居るから、こういう事は平気でしてしまうんだと思うけど、平穏な生活がいきなり変わるってことは、子供さんにとっては、すごく大きなことだぞ。」
チャガタイは、そう言ってジョチさんを止めようとしたが、ジョチさんはすぐにダイヤルを回してしまった。ああ、もうだめかとチャガタイはがっかりした顔をする。
「もしもし、曾我です。今家で、男の子を一人預かっていますが、腕に挫滅創があるほど虐待を受けている可能性がありますので、捜査をねがいます、、、。」
「これでもう、更生のチャンスはなしか。」
チャガタイは、大きなため息を着いた。
「お前さんはお姉さんのことを大事にして生きるんだぜ。」
と、杉ちゃんが、治くんにそっと呟いた。
「ハンバーグ食べさせてくれてありがとう。」
治くんはチャガタイに言った。
ハンバーグ 増田朋美 @masubuchi4996
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