第四話:自室警備員
「やっぱり死ぬのが怖い・・・」
こちらはナガイマン王国、王都マーロウの王城の一室。
ウンディーネの兄、シルフの自室となっている。
僕は今年から勇者養成学校に通っていたが、ほぼリタイヤ状態で自室に引きこもっている。
こんな第三王子、皆笑っちゃうよね。
でも、勇者出現により今後の教育方針を変更するため暫くは登校不要となった。
一応休暇扱いになっているらしい。その休暇期間中は行った活動のレポートを提出することにより、単位を取得出来ることになった。
偶然にも、僕が休みはじめてからすぐに勇者が出現したから挽回は可能だ。しかし、あの学校には正直通いたくない。
毎日生徒同士の殺し合い。上級生になるにつれて感覚が麻痺していく、痛みや死に際の苦痛に。僕はヒトとしての自我は保ちたい・・・。
「進路先失敗したなあ、学院にでも通っておけば。でも、王族として父や兄と同じ道を歩むべきだと思ったから。考えが甘かった・・・な」
生きるにつれて大事なものは沢山増えて、取りこぼさないよう歩んでいく。でもあの学校は大事なものを削いで成長していくような学校。
僕の性格的には絶対に合わないと思っていたけど、案の定その通りとなった。
僕は剣や魔法は兄から習った。
ノーム兄さんはとても優秀だし、祈りにも恵まれている。
一方僕は、凡人の剣と魔法。そして祈りも台風を起こせるくらいの力しか持っていない。上級風魔法を使っているのと似たようなものだ。
僕は剣術や魔法から目を逸らし、錬金術に走った。他に打ち込めるものが欲しいと。
結果、錬金術に関しては凡人の才能よりかは少しはマシに見えるくらいに上達した。
薬師屋にも重宝してもらい、バフ効果のある薬を多く買い取ってもらっている。
この行為は逃げ・・・と言えば、そうなるのかもしれない。
逃げ、といえばウンディーネからは逃げていた気がする。
僕は過去にウンディーネとした約束があった。
それは春風が心地よく、サラマンダー兄さんであれば剣振るう絶好に日和だと言うのかもしれない。
僕はその日、庭で風の声を聴いていたんだ。
でも、ウンディーネが風に乗せて欲しいとせがんできた。それを拒否すると何度も僕を殴ってきた。
「こ、殺さないで!」
僕は過剰に反応してしまい、声を荒げてしまった。
「殺す訳ないでしょ?というか、死ぬのが怖いの?兄さんなのに?」
「そりゃ・・・怖いよ」
「ふうん、変なの」
ウンディーネは日頃から城内でイタズラし回って、使用人たちを困らせたり国王を怒らせたり・・・。
もう、いう事を聞きやしない。
それでも少し可哀そうだと思うことはあった。
ウンディーネは人より脆く、少しのことで死にやすい。産まれた瞬間、自らの肺で呼吸した時に死に、臍の緒を切ると死に、抱かれたときに骨が砕けて死んだと聞く。
それも数週間ほど抱かれて死ぬことを繰り返しているうちに、ようやく骨の耐久が強固になりはじめたと。
ウンディーネは産まれてすぐに死への恐怖耐性でも付けてしまったのだろうか。成長するにつれて死ぬことが増え、苦痛も恐怖を感じる様子もなく日々生きている。
「ディーネは凄いよ、死んでも笑っていられるなんて」
「別に凄くないよ。どうして兄さんは怖いの?」
「それは・・・秘密」
「けち」
死んでも生き返る、この世界。どうして死んでも生き返るのか、それはおとぎ話か神話の何かか。どこに原因があるのか僕になんて分かりっこない。
どうして苦しみながら死に、それを覚えながら生き返るのか不思議で仕方ない。でも人々はそれを受け入れている、毎日どういう心境なのだろうか。
「ウンディーネは、その・・・何回も死んで怖くないの?」
「うーーんと、そんなの気にしてらんないから?」
死ぬ恐怖を気にしてらんない、と一蹴されてしまった。
こんな質問していたら頭がおかしいと思われてしまうかも?そんな不安もあるが、身近な人に聞くのが手っ取り早いと思った。
「なんでそんな質問するの?そんなに死ぬのが怖い?」
ウンディーネはどうしてなのか、いつもは走り去っていくのに今日は側にいてくれる。
「変かな?」
普通は変だと即答されてしまうだろう。問いの答えが見える問いは無意味だとサラマンダー兄さんが何度も言っていたっけ。
「変じゃないよ、あと・・・」
「あと?」
ウンディーネは至極真っ当な答えであるかのように僕の目を見て答える。
予想外の答え、だがそれは僕が求めていた答えだった。
求めていたことを貰えたら、僕はその先が気になって仕方がなかった。
「私は変なこと言うね。兄さんの秘密を教えてくれたら、私の秘密を教える」
「ふふっ、ディーネ変なの」
「変なのって言わないで」
僕はウンディーネに思いっきり頭をぶたれた。
「それで秘密って?」
僕は頭を押さえながらウンディーネに聞いてみた、秘密を。でもそんな重大なことじゃないのかもしれない、きっと。
いつもはイタズラばかりで、僕たちさえも巻き込んでくるのだから。
それでも秘密の共有というのは興味がある行為だ。どうしてかそう思って疑わなかった。
「私が女王になるとこの国は滅ぶの、だから女王になりたくない。毎日イタズラして、兄さんたちの誰かが王になると良いなって思ってる」
「そ、それって神託の力・・・?」
「うん、私が女王になると悪魔や魔族が国に攻めてくる時、世界で戦争が起きたり、天使様が世界に悪いことするときも・・・」
僕はまだ、神託は信用するべきか疑うべきか選択できずにいた。
「じゃあ、イタズラいっぱいしないとね」
「うん、イタズラはいっぱいするよ。それで、兄さんの秘密は?」
「僕は秘密を話すとは言ってないよ」
またウンディーネにぶたれるも世界終焉の話を聞いていたはずが、お互いに笑ってしまう。
「もう、殴らないでよ。分かった分かった、話すから」
僕は妹に、誰にも話していない恐怖心を吐露する。
「死んで、記憶を失うのが怖いんだ」
この世界は、死んで蘇る際に過去の記憶を消費して生き返る。ウンディーネはどれだけの対価を支払い毎回蘇っているのか分からない。もしかしたら、父も母も兄さんたちも、僕のことも忘れてしまう日が来るかもしれない。
ある日、ウンディーネは死んだ。
危惧した物とは違うものを忘れてしまった、ウンディーネは秘密の記憶を消費したようだ。
そのウンディーネの秘密は真実か分からない。でも否定することは、神託の力を信じる父上を否定することと同義だ。
一方的に覚えている約束、置き去りにされた様な感覚に、秘密を僕だけが握っている背徳感が僕を彼女から遠ざけた。
僕は幼い頃、ウンディーネとした約束を思い出しながら窓辺から眺めている。ウンディーネがローザモンド先輩と戦っている姿を。
風の声から聴いた、妹は祈りを授からなかったこと、サラマンダー兄さんと剣を交える課題を国王が与えたこと。
課題に対し真摯に向き合うウンディーネには何か考えていることがあるのだろうか。
「全てから逃げている僕にはわかるはずもないか・・・」
カーテンを閉め、今は妹が努力する姿が眩しく直視できなくなってしまった。
ベッドで横になろうと足を進める、僕は机に並ぶ学院への編入届と休暇中のレポート用紙が目に入った。
「ウンディーネの過去の記憶が1度でも蘇れば・・・そうか、そうするべきだったんだ」
僕は編入届の裏面に、錬金術のレシピを殴り書きをはじめた。
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