第十五話:王女、礼拝式へ向かう

聖歴1998年8の月。マーロウの夏は夏と呼ぶには涼しすぎた。 

 

 あの突如始まった裁判から数週間ほど経った頃。

 私は変わらず平日休日問わず国王と過ごした。その間は特に勉学に励むこともなく、師匠には苦い顔をされ「私って必要ありますか?」と言うくらいに何もしてない。


 いや、私はしたかったんだけど。主に魔法の練習を。

 

 一番大きな事といえば、しばらく死んでないこと。いや、皆にサービスできなくて申し訳ないね。


「最近は、ウンディーネ王女殿下は落ち着きなされた」


 なんて、城内では広まっているみたいだけど。ほぼ何もさせてくれないのだから、仕方ないよね。


 でも休日もあったでしょ?と言われるとそうだけど、なぜか視察に拉致されたり、せっかくの休日~♪と思っていた時に限って法律を覚えさせられたり、未来視の能力を発動させたりした。内容はちっとも見せてくれないけど。

 

 前に約束したドレスだって作りに行った。それは物凄く注目されたし、ビクビク怯える店員さんを沢山見た。王族やばすぎ。


「まあディーネちゃん綺麗だわ」

「ああ、実に」


 なんて国王と王妃は言っていた。その延長線上でイチャついたりしていた。

 でも兄たちの姿はしばらく見ていない。


 サラマンダーは魔族が領土侵犯したとか何とかで遠征しているらしい。私はまだ会ったことないけど。

 ノームは鉱山に籠っているらしい。王子ってそんなこともするんだ・・・。

 一方シルフは勇者養成学校に通いはじめたが、体調が優れないとかで自室に籠っている。大丈夫かな。



「王女殿下、ドレスの調子はいかがでしょう?」

「問題ない、と思う」


 礼拝式を迎え成人に近づくのだから、ドスとチャカは側付きを解任。代わりに新しいメイドさんが側付きになった。

 というかドスとチャカはしばらく見てない。暗殺された?


 あの2人は男だし、この決定は賛成なんだけど。新しいメイドさんには緊張する。


 新しいメイドさんの名前はソフィー。


 今までは王妃の身辺調整をしていたみたいだけど。それなら安心できる、という理由で私の側付きになったみたい。そんな理由で大丈夫だろうか。


 やや赤みがかった髪に、身長は私と大して変わりがない。目は私と同じブルー。ちょっと目は冷酷な感じがある。師匠といい、私にはそういう感じの人が周りに集まるの?


* * *


 私は馬車に揺られて城門を出た。

 そこには大勢の民衆が押し寄せ、みな「ウンディーネさま!」と叫んでいる。

 いやいや~照れるなあ。


 窓から私は民衆に向かって手を振ると、同乗していたソフィーが開口する。


「ウンディーネ様はそういうこともやられるのですね」


 今までどんな人だと思ってたの!?いや、まあ今までのウンディーネだと、今頃馬車の天井に登ってサーフィンしていたのかもしれない。絶対こんな王女やだ。


「国民の声に応えなくては」


 もっともらしい事を言って流そうとした。調子に乗ってたなんて言えないからね。 

 しかし、ソフィーは私の顔をガン見してくる。うわ、そんなに見られても困る。


「左様でございますか。王族としての振舞い、ご立派でございます」


うぐぐ。素直に褒められるのも何だかむず痒い。

 

 しかし、この人は王族に対して堂々と物を言う人だ。肝が据わりすぎて逆に怖い。何だか真実を見抜いてきそうな、そんな予感がした。


 馬車は揺れる。国民の声が聞こえなくなったと思っていたら、これが教会です!と言わんばかりの建物のすぐ目の前まで来ていた。いつも部屋から見えていたから、近いとは思っていたけど。


 教会の前には今から礼拝式を迎える子供たちが、まばらに集まっている。今日は貴族が授かる日だと聞いている。それは平民と貴族を分けて受けさせる、貴族の驕りだと国王は漏らしていた。


 そうしているうちに、教会へ続く浅い階段の前で馬車は止まった。


「さあ、王女殿下こちらへ」


 馬車の扉が開くと、馬車の操縦者が扉を開け手を差し出してくれた。私はそれに捕まると馬車を抜け出し、教会前の地に足を踏み入れた。

 日差しが眩しいほどの晴天。私の青いドレスをより引き立たせた。


「どうもありがとう、エアハルト」

「私なんかの名前を憶えていたのですね」

「忘れる訳ありません」


 だって、国王と視察やドレスを買いに行く時、どこへ行くのにもあなたが馬車を操縦していたでしょ。それはさすがに覚える。


「私め、感激の極みでございます」


 王族に名前を憶えて貰うのってこんなに喜ばれるんだなあ。と思った瞬間だった。


 そんなエアハルトは分を弁えたのか、その場で膝を突き頭を垂れた。腰の低い人だ・・・と思ったけど、王族に対してこれが普通なんだ。

 例外の師匠の顔を思い浮かべてしまった。


「王女殿下、向かいましょう」


 ソフィーは行く手を示した。私は行く道を見据えると、先に来ていた貴族の子供たちと、その従者は道を開けるように端に寄っていた。

 王族やべえ・・・。


「ウンディーネ王女殿下だ」

「すごい綺麗・・・」

「誰か声掛ける者いないか?」


 なんて様々な声が聞こえてくる。

 貴族の子供たちは積極的なんだね~と思いながら私はスカートの裾を持ちながら階段を登っていく。


(転ぶな~転ぶな~王女の威厳をここで崩したら、もう生きていけないかもしれない。この死んでも生き返る世界では生き地獄だ・・・。)


 ソフィーの協力もあってか、無事に階段を登り切った。死ぬフラグだったかもしれないけど、読者サービスはまだないよ。


 教会の扉は開け放たれている。伸びるカーペットは高級そうで、TVで見たレッドカーペットそのものに見える。


「おい、聞いたか。王女殿下は既に称号持ちらしいぞ」

「たしか、ハンケツのプリンセスだとか」


ウゲエえええええ。


(半ケツのプリンセス知れ渡っているの!?)


 それは一番、誰にも知られたくないやつ!全員の記憶を消し去りたい・・・!私、もうお嫁にいけません国王。


「噂によるとワン家の横領を見抜き、罰を与えて『判決』らしいぞ」


うん・・・?


「すげえ」

「聡明な方なんですわね、さすが王女殿下」

「神託の子と呼ばれてるまである」

「王族に相応しい人柄なんだ」

「でも病弱で、お披露目も社交界デビューもしていないとか」


うん・・・・・・?


「わたくしも王女殿下を初めて見ましたわ」

「俺もだ」

「誰か話しかけろよ」


 ヒソヒソと沢山の少年少女が話している。


 何だか知らないけれど、色んな勘違いで「半ケツ」は「判決」になっているらしい。それはそれで安心だけど、バレないようにしないと。

 それよりも私ってまだ他の貴族に会ったことないから記憶が無かったんだ、というか病弱の設定なんだ。知らなかった・・・。



「王女殿下」



 私は神殿まで歩いていく途中で、一人の少年に呼び止められた。

 だ、誰?こんな子、私は知らないんだけど。

  

「うわ。来た、ワン家だ」

「ワン家のクラ坊が話しかけたぞ」

「先越されたじゃねーか」


 ヒソヒソ声は鳴りやまず、その気まずい空気の中。私はワン家のクラ坊と呼ばれる少年に酷く睨まれている。


「王女殿下のご明察の結果、当家は崩壊寸前でございます。父は辺境へ飛ばされ、家督は兄が継ぎました。私が公爵家を継ぐ予定がめちゃくちゃでございます」


 うっわ、完全に私怨じゃん。というか名乗れ。お前も辺境送りしてやろうか~なんて。もうこれ以上恨まれるのはごめんだけど、私のせいじゃないから頭に来た。


「あら、それは残念なことですわ。これから励むとよろしくてよ」


 精一杯のですわ口調。多分もうやらないかも。


カランカラン。


 鳴り響く鐘の音で、礼拝式が始まる。

 去り際にクラ坊は言い負かされたような目つきで睨んできた。

 

 もうちょっとレスバ強くなってから出直してね。



 そんなこんなで、私たち礼拝式の主役は教会の中へと入った。該当者しか入ることはできないため、ソフィーは入り口の前で留まった。


 初めての教会で、更に初めての礼拝堂に入る子供たちは緊張する者もいれば、キャッキャしている者もいる。貴族なんだから、もうちょっとシャキッとした方がいいのでは?


 そんな風に周りを観察していると、キャッキャしていた子供たちは静かになっていた。

 

 際どい服装の女性が登壇する。

 

 そんな姿、子供の教育に悪いのでは?と思わせるくらい布地が少ない。その女性は微笑むと、「おお~」なんて感嘆の声が聞こえるが、私には寒気が走った。


 女性が周りを見渡し、静かになったのを確認すると宣言する。



 「熾天使セラフィム、ラファエルの名において礼拝式を執り行う」


 * * *


一方、こちらは継結がいた世界のXXXX年8の月。


 天変地異や空から恐怖の大王が降って来るなどで世界の終焉を迎えると噂されていたが結局何も起こらなかった。


 しかし人類はとある奇病を発見する。


 病に蝕まれると、人体は砂化し塵となり死に至る。


 その病の名は砂塵病。

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