第十二話:マーロウの休日(後編)
私ことウンディーネ王女は、魔石工務店に
「今日はお忍びで?私しか居ませんし、来店された事は黙っておきますので布を取って頂いても大丈夫ですよ」
「いえ・・・宗教上の理由で取れないんです」
「左様でしたか」
ごめんなさい、ごめんなさい、悪用するつもりはないんです。そういう宗教、元の世界であったよね。確か神の教えでプライベートな部分を守り飾らないように、と。
で、なんだっけ。私がモンスタークレーマーのフリして言った改善案を買いたい?そもそもこの世界のお金の価値について分からない。その上、改善案の相場って現実世界でも値段ってつけられるのかな。でもお金貰えるならいっか~、と思う単純な私。
「さて本題へと移らせて頂く前に、お住まいはどちらで?」
ギクリ。
王城なんて言ったらどうなるのか、別に悪い人ではなさそうだけど・・・いま軟禁状態だった。しかし、城から抜け出していることをチクられる訳にはいかない。またカビ臭い部屋で死ぬのは嫌だからね。一か八か。
「ウンディーネ通り近くに住んでいますよ」
「はは、私の目に狂いはなかった。やはり貴族の方でしたか。申し遅れました、私はヨハン・エイト・インダストリエマイスターと申します。あなた様の詮索はここら辺にしておきましょう。教えではみだりに身の上話をするな、とのことですし」
「ええ・・・おほほ」
あるんだ、ウンディーネ通り。あるんだ、そんな教え。
賭けが上手く行きすぎて、何だか恐ろしくなり苦笑いをなんちゃって高笑いで誤魔化した。
て、この人も貴族じゃん。ファーストネーム・ゼロ以外の数字・ファミリーネームの人は貴族。爵位を与えられれた順に数字が割り振られている。今はどれくらい増えているのか知らない。
「それでは改めて。先ほどご指導頂いた、温風機の改善案についてですが。冷風機能、壁掛け型、風量調節機能、軽量化、デミクリスタル装着部、安全装置あと・・・配達と設置サービス。一度見ただけで商品の弱点を見通す力、僭越ながら御見それしました」
「いえ、褒められる程のことはしていませんわ」
高笑いのせいか、口調がバグってしまった。いけないいけない、こんなキャラじゃないのに。
「ご謙遜を。それで、この7つの改良案を私に売って頂きたい」
「と申しますと、」
一応、お忍びで来ているし、先方は貴族なのだから出来るだけ丁寧な言い回しをしないと。貴族間の軋轢とかが生まれ、架空貴族の犯人探しが始まって血で血を洗う展開になってしまったら困る。
「具体的においくらになりますか?」
「はは、真っすぐで有難い限りでございます。四の五の言う前に提示を求められるとは、私は技師でもありますが商人でもあります。無駄な腹の探り合いより分かりやすく、良いお客様に出会えました」
何だかわかんないけど、褒められてしまった。照れて小躍りを披露してしまいそう。そんなに褒めても何もでないよ、飴ちゃん食べる?
(ハッ・・・!)
これは相手の策略!上げて落とす。いつも大人がやること。これでお金をちょろまかす算段だ。褒めて褒めて「このくらいでも良いか」と思わせるやり口だ、きっとそう。
ぐぬ、やりおるこの貴族。ヨハンさんって言ったっけ。やられる前にやり返してしまえ!慎ましく、それはとても慎ましく迎撃だ。
「私も探り合いは苦手なんです。単刀直入に言いますと、他の店でも同じことを言われ保留にしているのです」
ヨハンは思い切りギリっと歯ぎしりの音を立たせた。
うわ、慎ましくなかった?やりすぎた?と思うも、布のお陰か私の顔色は向こうには伝わっていないはず。これでヨハンはどう出てくるのか。これで破談となっても別に元からそういうつもりではいなかったし、ノーダメージだけど。
何か因縁付けられたらめんどくさいなあ。
「その店は魔石設計事務所ではないですか?」
「え、ええ・・・その通りです」
知らないけど、その通りだって言っちゃったよ。
「くそ、リーランドめ」
「お知り合いで?」
「彼はアクアポリス連邦国の技師でして。いつもうちが出した商品と酷似したものを販売するのです。この国では魔力石の取り扱いは貴族に独占されるものですが、彼は連邦国のお偉いさんのご子息だそうで王国での魔力石の扱いを金で買ったみたいです」
「それはまた、難儀なことですね」
めちゃくちゃ難しい話すぎて、半分も入ってこない。とりあえずキーワードを集めて返答するしかない。
「ええ、本当に。最近はおおよその家庭で使われている、入浴する際にお湯の出る製品はうちが最初に作成したものです。それを冷水が出るように改良しうえで販売しはじめていると聞きます。改良しうちより良いものを販売した方が客が取れますからね」
「次はシャワー・・・」
「シャワー・・・?」
(おっと、うっかりまた口を滑らしてしまった。おくちミッフィーにしないと)
「なんでもありません。それで、改良案を買うというのは
「御明察です。改良を加えられないほど完璧な商品を作ってしまえばいいと私たちは考えています。ですので、あなたの様な問題点を指摘できる程の目は貴重です。使用している国民ましてや貴族はいつも受動的なので、便利だと思うくらいしか考えていないと感じます」
なるほど、パクられる前に凄いものを作ってしまえ~と、でもそれでもイタチごっこにならないかな?この話を聞くとヨハンが少し気の毒に見えてきちゃった。
苦労話には弱い私。別に無料であげちゃってもいいんだけどね、元々エアコンは私が作ったものじゃないし。
「大変お困りのようですね、考えましたが改良案を差し上げましょう」
お金貰っても今のところは使い道ない、王女だし、城に住んでるし、必要なものがあれば出てきそうな予感もある。まだ言ったことないけどね。
「いえ、報酬は約束通り払います!」
「だから差し上げ」
「払います!」
「ですので、」
「払います!」
ええい、あげるって言ってるんだから!
「うちの家訓は借りを作るな、なので」
どんな家訓なのよ。借りに親でも殺されたの?押し問答で押し負けた私。静かになった私を見ると無言の了承かと思ったのかヨハンは話を続けた。
「こほん、少し声を荒げた部分もありました。非礼をお詫びし、ご厚意は有難く頂戴いたしますが報酬はお支払いします。だいぶ話の本筋から逸れてしまいましたが、具体的なお話をしましょう。お支払い方法の指定はありますか?うちは祈り入金、」
祈り入金ってなに。祈りにそんな機能まで付いてるの!?というか、私、まだ持ってないよ。それはなしだね。
「現金払い、銀行振り込みがあります」
銀行もあるんかい!でも私は、この世界で口座を持っていない。口座といわれる概念があるのならだけど。元の世界ではお年玉とかもらったときは貯金すると言われて、ほぼ取り上げられたっけ・・・。
そんな少し寂しげなことを思い出しつつ返答する。
「そう、ですね。現金で」
「はい、かしこまりました。それで金額ですが」
私は脳内でお宝鑑定団のごとく、金額メーターを設置する。いちじゅうひゃくせんまん、なんて。
「30万ルターで、どうでしょう」
わからん、どれほどの価値があるのか。それで、この世界のお金の単位はルターなのね。ウンディーネ、お金の知識持っていて欲しかったな~。わかんないけど、30万ルターにしてもらおう。
そう決心し返答する前にヨハンが発言する。
「35万ルター、いえ、38万で」
なんでええええええ!?せっかちなの?そんなに時間経ってないからね。
「あの、」
ヨハンは自身の膝を叩き、私の発言を掻き消した。なんだ怒った?おこなの?
「くうう、お客様もやはり奥ゆかしい人だ。40万ルターを一括!それに毎月、改良温風機の売り上げの1割をお支払いします!もうこれ以上は出せません、破産してしまいます!」
ヨハンは立ち上がり、机に手を突き私へ迫って真剣な眼差しで見つめてくる。この世界の人はあまり人の話を聞かないのかな・・・。
「はい、それで・・・お願いします・・・」
「かしこまりました。それでは、お金の準備をしてくるので少々お待ちください」
ヨハンは今日一番の営業スマイルで部屋を後にした。
そして私は不覚ながらも不労所得を得た、40万と共に。40万っていったいどれ程の価値があるんだろう、結局分からずのまま。もしかして金貨がチャリンって大盛りで来たりして。ゲームとか異世界あるあるだよね。
「お待たせしました、お客様」
ヨハンが一度ノックし、入室した。わざわざノックするなんて丁寧な人だね。ヨハンは革のカバンをテーブルの上に置くとドサリと音がした。ドサリ・・・?
ガラーン。
外からは鐘の音が鳴り、私たち2人は壁に掛けてある時計を見ると12時を指している。やばいやばい早く帰らないと。もうそんなに時間が経ってた?時間が過ぎるのはあっという間だね。
「あの、」
私は帰りたいため早く話を切り出すも、ヨハンはうんともすんとも言わない。鐘の音が鳴りやむまで開口する気配はない。これが貴族のマナーだったりする?
帰りたい気持ちがはやる一方、ヨハンは落ち着いて静かに席に着いた。
そしてようやく鐘の音は鳴りやんだ。
「これが報酬の40万ルターです。ご確認ください」
「いえ、私はちょっと、この後用事があるので帰ります。それはもう駆け足で帰ります、今すぐ帰ります」
「しかし、報酬の確認もまだですし契約の書面も交わしていません」
「確認は不要です、契約は、どこにサインを?」
「は、ここに魔力を」
私は頑なに帰りたい、今すぐ城に戻って自室に向かわないと。きっとメイドちゃんたちがご飯に呼びにくる・・・!居ないと分かったらどうなることか。
脳内国王が私を物置部屋に放り込む姿が浮かぶ。
そしてテーブル上に出てきた、羊皮紙に魔力を・・・。えっと、手をかざして呪文は。
フオオン。と私も手からオーロラビームみたいな熱波が現れる。
呪文って別にいらないんだ。ちょっとレベルアップした気分、少し伸びしろが見えたかな。
魔力を込めると羊皮紙には名前が浮かぶ。それをそっとヨハンは手に取ると。
「報酬の確認をしないとは、私をそれほどまで信頼してくれたのですね」
なぜか分からないけれど、ヨハンは嬉しさいっぱいな表情を向けて来る。ただ早く帰りたいだけなんだけど。
「では出口までお送りします、こちらへ」
私は促されるまま軟禁状態の部屋を後にした。お金が入っているカバンはヨハンが持ってくれた。カバン、ヨハン、韻を踏んでるようで言うのが楽しくなっちゃうな。
店内は繁盛しているのか来店する客も増えている。様々なお客さんが品定めをしたり、店員さんが実演販売したり説明を行っている。そんな光景を横目に私は店を出ようとする。
「お客様、これをお持ち下さい。それでは毎月の報酬は私がお客様の自宅へと出向いてもいいのですが、宗教上不都合が生まれるため、来店して頂くことになります。よろしくお願い致します」
ヨハンからお金の入ったカバンを受け取るとドシリと重い。これが金貨の重み・・・!特に労働もしていないのにお金が手に入った、ふへへ。私はよいしょと肩にカバンを掛けるとヨハンは扉を開けてくれた。
「今後ともご指導よろしくお願いします」
最後に心地の良い送り方をしてくれた、何だか良い事しちゃったのかも、と錯覚するくらい。
私は工務店の階段を一歩一歩丁寧に降りていく。
(あれ、私、この店に何しに来たんだっけ・・・それより早く帰らないと!)
私は王城へと駆け足で、かつ安全第一に帰路につく。朝に比べ人が行き交いが激しく人込みに揉まれそうだ。
「重い~~~!」
大金が入ったカバンは非力な私が持つには重すぎた、もう肩痛い。でも引き摺ってでも持ち帰らないと。この隠し場所どうしよう・・・ベッドの下にでも置いておこうか。何だかエロ本隠すみたいな感じになるけど。「この金はどうした」って言われたら、よい言い訳も思いつかない。
んしょ、んしょ。
と重心が傾きながらも王城前まで来た。よしよし、あともうちょっとだ。
門番の姿が大きくなってきたところで私は重大なことに気が付く。
「自分の部屋の帰り方知らない~~~~!」
ときを戻そう。
私が城から抜け出した方法は、避難用浮遊機と呼ばれる製品(一方通行)を使って、自室から外壁の外へ出た。勿論、魔石工務店の商品だ。
避難用浮遊機、災害や他国が攻め込んできたとき、上階にいた場合は避難が遅れると被害が大きくなると考えられ開発された商品。最大出力→中段出力→小出力と魔力エネルギーが弱まる仕組みで浮遊できるため、上段へ飛ぶために作られていない。
「ヨハン、改良しといてよ~~~!」
私はこのあと門番に布グルグル巻き状態だと止められたため、素顔を晒すことになったが無事チクられ物置部屋行
そしてまた血反吐を見て息絶えた。
解熱促進を手に入れた。
(発熱がちょっとだけ早く治るよ)
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