第十話:マーロウの休日(前編)

 ナガイマン王国の王都、マーロウ。


 そこにそびえるのは圧倒的な世界観を誇る王城。

 人々は日々見上げて暮らしている。

 日の国民は皆、休日。いわゆる日曜日というもの。

 といっても別に法律などで労働を禁止している訳ではないからサービス業や警備など必要なものは代休でシフトが回っているようだ。異世界感がないなあ・・・。


 せっかくの休日の中、私は部屋の中で缶詰状態となっている。

 昨日の手伝いのあと、要人の謁見、師匠の公務が影響して部屋から一歩も出るな、と。そんなの許されない、箱入り娘ではなく缶詰娘じゃん。そういえば昔、世にも奇妙な物語に美女缶ってあったよね。知らない?


 話は戻すけど、私は基本的に家でゴロゴロしている性分だから問題ないけど。ゴロゴロといえばパジャマでしょ!ジャージやスウェットで1日過ごすなんて当たり前だよね~。なんて考えているが、私は王族。はしたなくパジャマで1日過ごそうものなら、どんな苦言を呈されるのか。


「やっぱりこうなるよね~」


 王城に仕えるメイドたちが私を取り囲み、強制的に身支度を整えられている。コルセットをギチギチに当てられ、名前ウンディーネの通り青みがかったドレスを着させられた。ふむ~?この国の真珠と呼ばれる程でもある、ウンディーネって相当可愛いんだね。


 私はメイドの目も気にせず鏡の前でひらひら、全身チェックを行った。

 髪は母親のブロンドヘアーと父親のアッシュヘアーをかけ合わせたアッシュブロンド。少しのくすみがグラデーションとして映える金髪。目はブルーだ。背は12歳にしては高いような気がする、きっと国王の遺伝かな。足もスッとしてお尻と腰はキュッと、胸は母親から今の所は譲ってもらえた形跡がない。ぐすん。


「まあ、ウンディーネさま。今日もお美しゅうございます」


 これが王族よいしょかな?何だか良い気分になったな~アハハ!なんて天狗にでもなっちゃったら、影でコソコソ言われるんだろうなあ。常日頃から、氾濫王女なんて言われていたのだから。


 昨日は記憶の整理して、莫大な棚を処理したよ。もう全然眠れなかったんだから!7時間しか!ここは慎ましくお礼を言って済ませておこう。


「どうもありがとう」


「ウンディーネさま・・・」


 メイドの一人が目頭を押さえると、周囲にいたメイドたちが涙を零す。えっ、ええ?私はいま何かしました?私が泣かしたみたいになるじゃん、やめて。


 記憶を見た限りだと悪ガキの権化、イタズラの限りを尽くした化身、サボりに逃走を重ね怠惰の擬人化を果たしたような子だからね・・・。


 いつも手を焼いていたみたいだね。頑張ったね、メイドさん。ドレスの裾を摘まみ、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま行う礼式を行った。漫画や映画、ゲームなどの見様見真似だけど、これで場を凌ごう。


 私の目論見通り、メイドたちは大泣きしながら部屋を後にした。う~ん、チョロすぎ。私も悪ガキ権化の方棒を立派に担いでいた。


「私は今日、確かめたいことがあるんだよ」


 自室に鎮座している綺麗に整頓された机に向かい、魔法の書1巻を捲った。ウンディーネは剣術や魔術に関して基本知識はあるものの、レベルは低い。これじゃ、身を守れないよ。というか、私が魔法を使いたいだけなんて言えないけど。

 

 さて、魔法のお勉強をしよう。


【この世界の魔法は・・・】


 うわ、また天の声みたいなのが聞こえた。集中して勉強するんだから静かにしてよね。


「また出てきたわね!天使の童話といい、あなたは誰なの?脳内直接話しかけてこないでよ。気持ち悪い!」


・・・。


 止まった?なにあれ、まあどうでもいいか。異世界だから変なことがあっても仕方ない。じゃあ気を取り直していきましょ。

 

①魔法は基本的六元素に分類されている。

火、土、風、水、聖、闇。


 これはよくあるものね。

 火は水をかけて鎮火するけど、業火だと水をかけても無意味な場合も存在する。パワーバランス的にはどれか特出して強い元素はなく、均衡しているみたい。


②基本的六元素から派生した属性。

雷、氷、金、木、時、重力、空間。また、この限りではない。


 派生先が多すぎる。

 でもだいたいの物はゲームとかで見たことあるかも。今でも派生し続けていると注釈がされていた。

 

③発動する魔法は三分類される。

攻撃魔法、攻撃するための魔法。

守備魔法、攻撃から守るための魔法。

治癒魔法、癒す魔法


 言葉の通りの内容ね、魔法というのは戦うために生み出されたのだから攻守・癒しがあって当然。でもこの世界、死んでも生き返るのに争う必要ってあるの?あれ、少し頭が良いことに気が付いた。ま、私が悩んだところで解決しないか。


④魔法を行使する際に魔力エーテルを消費する。

体内または魔力石デミクリスタルから消費される。


 体内には魔力が蓄積しているのは当然だけど、魔力石には魔力を蓄積させることができる性質を持つらしい。それで魔力石がついている製品は付けたり消したりできるのね。


⑤魔法の威力は魔力量に比例する。

発動した魔法は魔力含有量によって威力が異なる。


 AさんとBさんが同じ魔法を発動したとして、Aさんの方が魔法に込めた魔力量が多かったらBさんは負けてしまうよね。というお話。


 この本に書かれている情報を照らし合わせるとウンディーネが持っていた情報に誤りはなさそう。それなら、実践あるのみでしょ。


「ふっふ~ん、このために私は大人しくしていたのだよ。メイドちゃんたち」


 私はウンディーネの記憶のなかで得た、自室からの抜け出し方を学んでいたのだ!おーほっほほ!お主ウンディーネも悪よのう。


 ふと視界に入ったベッドサイドランプを見て思い出した、この底に入ってるもの・・・なかなか非力な私にとっては硬い、うぐぐぐ。フンっと力を振り絞ると魔力石デミクリスタルが外れた。よしよし、これで私の秘めた未来視の力が使える。発生するエネルギー規模が小さいから、魔力石も小ぶりで助かる~。



 * * *



 私は王城を抜け出し、市街地近くの空き地に来ていた。王城を出たことのないウンディーネはマーロウの土地勘については皆無だった。なぜ王城を出たことがないのか、というと素行不良。

 

「しばらくフィールドワークしないとね、王族の務めは国民の生活の視察も含まれているでしょう!」


 この空き地は王城と近く、人気ひとけもない。王城の敷地はどこからどこまで?と広すぎる。こんなに歩いたのは久しぶり。それに私って簡単に死んじゃうから、足元も頭上も注意しながら歩いただけで物凄く疲れた。ふう。


「でも休んでいられない。さて、いっちょやりますか」


 えーっと、水の流れを理解し身体を循環する魔力を意識する。あとは手から発射される水弾をイメージ。身体中を何かが駆け巡り、手のひらから熱が帯びているのを感じられる。何だか排尿を我慢しているみたい・・・表現が、はしたない。

 これで発射段階かな?


「うぉ」


プオンッ!パシャ。


「あれ・・・?」


 あれ、まだ私、下級水魔法「ウォーターボール」の「ウォ」の所までしか詠唱していないのだけど。先走りにも程がある。しかも、水鉄砲程度の威力しかない。


「何が足りないんだろう?魔力量と言われるものかな。それとも、しっかり詠唱しないとダメだったのかなあ?」


 あれ?よくよく考えてみて、戦闘中に詠唱なんてやってられなくない?別に言わなくて済むならそれでいっか。

 もう一度集中、水圧を、こういうのはイメージが大事。一度引退したゲーマーの勘。そんな勘、ほぼ皆無だったけど。


 川のせせらぎや、さわさわと白く押し寄せる波、波のうねりがまくり合い砕け散る岸壁。あ、ちょっと、後半の特になしでーーー!


「うわわわわ、ほんとにヤバい。まるまる授業時間マックスにおしっこ我慢してた時の感覚だ~~~~!」


 もう既にイメージしてしまったので遅い、手のひらからは幾何学な文様が現れ三段にも重なっている。一段目は小さく、二段目は中規模、三段目は大規模な文様。


「これキャンセルできない?」


 引き出し引き出し、記憶の引き出し。私は魔法書を自室に置いてきたことを後悔した。私は精神世界でウンディーネの棚、技術、魔法の少ない棚を引っ張りだし確認するも魔法をキャンセルする情報は乗っていなかった。


「私のバカ・・・」


 好奇心が生み出した、魔法の才を恐らく持っていない私は調子に乗ってしまったのかな。才能なんて目に見えないのだから、失敗して、学習し、成功する。それの2段階をすっ飛ばして成功を掴み取ろうなんて思ったのが間違いだった。


「あれ・・・、むふふ。なーんだ、この方法があるじゃん」


 私は帳消しに出来る方法を思いついた。

 

 なんだ、賢いじゃん、私。上空に向けて、通り雨だったことにしよう。どのくらいの規模なのか分からないけど、小さかったら水やり程度に思われるだろう。そんな出来心で生み出すものは誰にも分からず。


ふんっ。


 大量の水砲が上空に舞い上がり、雲を割き、それはどこまで貫通したんだ?と思われるほど。私は段々、事の重大さが身に染みて青ざめてきた。


「思ってたのと違う・・・」


 天まで上った水が降り注ぐまで時間の問題だ。私は部屋から持って来た、よくホテルで見る布団の足元に掛けてある布 ベッドスローを頭から被り、客観的に見たら完全に不審者。職質されること間違いなし。


 魔法の特訓はまた後日で。


「でも、ここは異世界。こんな人が居てもおかしくないよね?タブン、キット、メイビー」


 カタカナ英語を披露しつつ、事件現場を後にし、私は駆け足で草木を分けて通っていく。頭に被った布が枝に取られそうになるが引っぺがし取り返す。そんなこんなで雑木林気味の場所を通り抜け、市街地へと出た。


「わあ・・・さすが首都、人がいっぱいだ~」


 ふむふむ、頭から布を被っている人もたまにいる。セーフ!私の見立ては間違ってなかった訳ね。

 すれ違う人も特に気にしていない様子。人も多く、他人の顔をまじまじと見て来る人なんていないでしょ。そんな人は不敬罪!なんて、今はお忍びだった。バレないようにしないと。


「わああ、降って来た」


 恐らく、私が放った水砲が雨のようになって降り注ぐ。私は急いで軒先で雨宿りする。周りも同じような行動を取り、人がまばらに存在する。空には虹が掛かり、城がバックにあるせいか、まるでネズミーランドみたいなテーマパーク感が出て何だか楽しくなってきた。


「さて、城下町を見て回ろうではないか~」


 私は見たこともない外国の、または異世界の地を歩んでいる気持ち。あ、ここ異世界だった。あはは、これがやりたかったんだよ。でも、安全確認はしっかりやろう。

 私はすぐ死ぬのだから。あと身バレにも注意だよ、私。


 ベッドスローを深く被り、目だけが外から見えるようになった。これでよし、私は軒下にあったガラスの反射で身だしなみをチェックした。うん、大丈夫だ、私いつでも行ける。


 雨上がりの空は澄み切った青に、私が城の外に来たことを祝福してくれているように思えた。なんて考えすぎかな。穏やかに去っていく雨宿りしていた人たち、その行先は様々で目的も私なんかが予想できる・・・はず・・・もあった。

 

 水魔法をぶっ放した焦りで忘れていたけど、私はもう1つ自分の能力の確認に来ていたのだ。ふふん、未来視王女だよ~みんな~(自称)

 こんな能力知られたらどんな事になるのか想像はできないけど、大騒ぎの対象にはなりそう。ま、バレなければいいさ~。


 私は魔法特訓の次は、未来視の特訓を企むのであった。

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