第九話:王族の責務

 ナガイマン王国の王城は朝が早い。この国を統治する国王の政務は早朝から、それは深夜に及ぶまでの激務をこなしている。見た目にそぐわない、働き国王だと言われている。


 その働き国王には悩みの種はごまんとある。


 魔物の出現による被害や、魔族の領土侵犯、隣国リシア共和国との小競り合い。貴族間の軋轢に、魔眼の所有権、単純な国政運営などあげていくとキリが無い。


 それは全て筋肉が解決してくれるはずはないが、頭を悩ませる数々に重圧が人並みに感じ取れるようになった頃に筋肉をイジメ抜けば頭が冷える。


 親としても大きな悩みがある。


 ・・・それは一人娘だ。今後の結婚や、単純な王族としての振舞いに対しても思うことはあるが、そのことについては些細なことだと思えるくらいの悩みだ。王子と比べるのは良くないことだが、少し甘やかし過ぎたのか素行が少し、いや大きく問題があり、だ。


 兄の王子たちは振舞いに対しては申し分ないし、その分野の実力も相応だ。身内評価というのは難しくも厳しいかもしれないが。


 第一王子のサラマンダーは19歳。火の加護を持ち、聖なる火炎で苦難にも負けず突き通す信念や情熱。善なる火で悪なる火を吹き消す力。

 言いつけは守り、普段から剣や魔法の稽古をやり遂げ、勇者養成学校での成績も主席。祈りは火龍ドレイク。そして称号持ち。


 第二王子のノームは17歳。土の加護を持ち、聖なる知覚により暗躍する凶賊の動きに敏感。

 手先が器用で知性も高く、鉱脈に関してはその手の学者も右に出る者もいない。良くも悪くも、悪や害意に敏感で容赦がない。勇者養成学校では優秀なものの、次席止まりとなっており剣に関しては苦手なように見える。祈りは聖なる樹木シドラ


 第三王子のシルフは13歳。風の加護を持ち、聖なる風により風と同化や素早く飛び回ることができ、その姿は透明に見えるため人からは感知できない術を持つ。

 錬金術に精通し、剣術や魔術にはあまり興味がないように見える。激怒したときの祈願暴走オーバーヒートには手を焼くが、温厚で人に優しいが王子としての威厳は見られない。今年、勇者養成学校に入学するが人付き合いは大丈夫だろうか。祈りは颶風ぐふう


 第一王女のウンディーネは12歳。水の加護を持ち、聖なる水により自由自在に泳ぎ回れる。その美貌は男を魅了し、ナガイマン王国の真珠と言われるほどである。

 自由自在過ぎて剣も魔術もまともに学ぼうとしないうえ、城内を歩き回ってイタズラを行い困らせることの数々。ついたあだ名は氾濫王女。今の間は城内でのイタズラで留まっているからいいものの。

 試しに師匠を付け、日常で生き残る術を学んでもらいたいと思っている。今年、礼拝式を迎える。


 ウンディーネにはもうひとつの別の力を持っていた。未来視の力。その力は未来起こる出来事を予知や投影が出来るもの。

 ある日突然に、よく分からない冊子で滑りウンディーネは転倒し死亡したあとに発現。力の使い方を理解しているかのように魔力石デミクリスタルに投影しはじめた。例の冊子はどこへ行ってしまったのか分からないが。

 先ほど礼拝式を迎えるといったが、天使はどのような祈りを授けるのか・・・。


 その未来視の力をもって非公式ながらも神託の子と呼ばれているらしい。


 重大なのは、どこで情報が漏れたのか分からないがウンディーネの力は知れ渡ってしまったことだ。

 各貴族も取り入り、わが手の物にしようとする輩たちは多い。そこにだ、セクスアリス教皇庁は神子にするべきだと言い始めた。はあ・・・。


「今日も筋肉の調子が良い・・・」


 私は筋肉の調子を確かめながらも、トレーニングを続ける。

 ウンディーネは地頭が良い。物覚えはよく字も誰よりも綺麗に書く、計算も早い。そこらの学識に自信のある貴族の鼻でさえ折ってしまうほどだ。天は人に二物も三物を与えるのだな。私がちっぽけな人間に見えてしまう。


「しかし、素行も良くなければ努力をしようとする兆しも見えない」


 あの子ウンディーネはどう育てていくべきか・・・。


 急に外が騒がしく、激しく扉をノックする音が聞こえる。また悩みの種が増えそうな予感がする。私はパンプアップを図るため、今日はここまでにしようとトレーニングを中止した。


「入りなさい」

「は、失礼します。国王さま、ウンディーネ王女殿下が」

「またディーネか、そして次は何をやらかしたんだ?もう小さきことでは驚かんぞ」


 いつもトレーニング後は頭から蒸気が出ていると聞く、それから外気温が高まると。それをいつも仕える者たちは物珍しそうに見ている視線が察知できるが、この執事は目線を上にやらないという事は火急であると、どこか私は父親の勘として感じ取った。


「ノーム王子殿下が・・・その・・・」

「その、なんだ?ウンディーネのことではないのか?」

「ウンディーネ王女殿下を殺しました」

「は?」

「先ほど、ウンディーネ王女殿下は『私も連れて行きなさい』とシルフ王子殿下が加護を顕現中に馬乗りになり、シルフ王子殿下はとても嫌がっていました。その光景を見たノーム王子殿下は激昂しウンディーネ王女殿下を殴り飛ばしました」


 これはまた・・・、軋轢を生みそうな出来事だ。ディーネが加護以外に未来視の力を得てから囁かれていることがある、それは王位継承権の話だ。


 王位を継ぐに相応しいのは、神託のあるディーネであると。

 その話は他の王子にとって面白くないはずだ、日ごろ己の信念の元に多岐に渡る道の鍛錬を積んで来た王子たち。それに、ディーネは努力を怠る節が多く王族としての自覚がない様に見えても仕方がない。


 そのためにも、私の国政業務の一部を手伝ってもらうと共に見張っているのだが。この行為も王子たちは良くは思っていないのだろう、国政の下積みと思い込んでいるのだから。しかし、手元に置いておくのが安全で最善なのだと判断は間違っていないと思っている。


 最近はルクソール共和国の大統領が代わり、裏の行動が活発になっていると聞く。未来視の力を欲する者は多すぎる。

 娘を守りたい父親は多くいると思うが、これは越権行為だと揶揄してくる者もこれから出てくるだろう。それまでに大人しくなるか成長するか、または祈りなどで強力なものを手に入れれば安心なのだが。


 が、あの王女は破天荒すぎる。問題行動が収まるだろうか。

 先ほどのシルフとの一件だが、加護の顕現中は人からは姿が見えないはずだ。その上、馬乗りになる行為は吹く風の実体を手で掴むような事だ。どうやれば、人間離れしたことが出来る?


「国王様、いかが致しましょう」

「側付きのドスとチャカに執務室まで、ディーネを連れて来るように伝えてくれ。1人で向かわせないように。あの娘が素直に訪ねてくるはずがないからな」

「は、御意に」


 執事は国王執務室をあとにする。そこには静かになった執務室に時計の針が動く音が響く。


(はあ・・・・。)


「もうやってられん、筋肉だ!筋肉!ふっ、ふっ、ふっ」


 パンプアップは中止だ、追い込むぞ。


「失礼します、国王様。今日も筋肉をイジメ抜いていますね」


 扉をノックする音が3度あり、その者は私が返事をする前に入室した。

 この王城での秘密の暗号がある、3度ノックする者は国王の側近である。そして今は3度ノックする者は1人しか残っていない。

 

 勇者養成学校から付き合いのある、宰相アウグスティン・ヴェストファーレン・フォー・ライスカンスラーしかいない。ちなみに4度ノックするのは王族のみ、もはやそれを使う者はいないが。


「国の問題が細々としたものに見え、それに頭を悩まされるのが馬鹿に思えるくらい、身内の問題への比重が、な。重すぎるんだ」

「そのことについて国王様、小耳に挟んだことが」

「どのようなことだ?些細な情報も欲しい」

「イーヴィルアイ教に関することです」

「魔眼絡みか・・・それで、邪教徒たちが何を企む?」

「魔眼は、ウンディーネ王女殿下に継承されるべきだと何かを画策している様子です」


 また悩みの種が大きく芽吹いてしまいそうだ。忌まわしき魔眼め、私の娘に継承させるべきだと?あれは破滅をもたらす目だ。


「もう魔眼絡みは聞き飽きた。天使様方に回収して欲しいものだ」

「それは国際法に反するもの。どう転ぶかも私にも想像つきません。世界大戦が起きる可能性も第三次天使戦争が勃発する危険性も孕んでいます」

「うぬう・・・もはやお前が魔眼を持ってくれ」

「お戯れを、私は文弱な身、ですから」

「何を抜かす。文弱は一個大隊を壊滅させることは難しい」

「光栄です」

「まだ褒めとらんぞ」


 ははっ、と笑みが零れる。

 私は心にあったモヤが取り除かれたような気がした。アウグは気さくで知識も豊富、仕事や情報を仕入れるのも早い。アイツは文弱だと言い張ったが、剣術魔術は一級品だ。聖騎士にでもなっていれば隊長クラスまで上り詰めること間違いなしだ。ここで腐らせて良いのか迷ったが、アイツが望んだ。



『武装してやり返すつもり!?そこまでやらなくても良いでしょ』



 扉の向こう側からはウンディーネの叫ぶ声が聞こえてくる。ドスとチャカはここ執務室まで連れてきてくれたのだろう。真摯に自分の身をある程度は守れるくらい、大人しく剣術や魔術に打ち込んでくれると安心するんだが。


「親としての想いは子供には伝わりにくいですから。私も積年の願いは叶えられそうにありません」

「ふむ、お前の娘は傍から見たら優秀すぎる。どうすればその様な聡い子に育つのか、うちの娘に爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。それでも悩みはあるのだな」

「私も貴族であれど、一人の人間としての悩みはあります」

「みな、同じか」

「それでも、ウンディーネ様は望んであの力を手に入れた訳ではないと見受けられます。気持ちを多少汲んで差し上げると嬉しいのかと存じます」

「助言、感謝する。アウグ」

「有難きお言葉。そして、ノーグ様の処遇も御一考お願い申し上げます」

「ふむ・・・、ノーグは一週間の謹慎を課す」

「は、御意に」


 この男は私たち王族といえど、家族の崩壊を心配してか仕事外のことさえも気にかけてくれる。


「では、私はディーネの元へと行く」


 級友時代は言葉遣いも、礼儀作法も適当だったアウグ。私は当時、王子としての威厳と王族としての責務を果たそうと必死だった。取り繕ってくる者もそれは沢山いた。

 アウグだけは自然体で、私を一人の友人として扱ってくれたのが印象的だった。私はその友の助言に従うとしよう。



「ウンディーネ!!!」


 力んでしまったのか、扉が吹っ飛んでしまった。この豪快さは王族を知らしめるものとなろう。見ていろ、ウンディーネ、これが王族だ。

 

 執務室に残っているアウグスティンはため息を吐いた。アウグスティンは窓の外を見、王国を一望し推量する。愛する友のため、この国のための優先すべき問題は・・・。


9つの国の交流会ノイン オブ ラント、各国どう動くかだ」


 ウンディーネの懲罰房行きは撤回、物置部屋で反省を促された。国のゴタゴタについてはまた別の話。

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