第七話:師匠
私はローザモンド・スリー・フェヒクンストマイスター。
家族は父に母、そしてバカな弟が一人いる。ありふれた貴族。家系は剣聖の血筋だとか。でも、途中で鞍替えして鍛冶屋になったみたい。
父は職人気質で口数も多くはないし、朝は早く夜の遅くまで工房に引きこもっている。父は今のところ才も発揮していない弟に本気で家督を継がせようとしているのだろう、あれほど工房に入るとげん骨が飛んでくるのに弟には手伝えというのだから。
父は
父の腕は勿論だけれど。鍛冶屋が繁盛しているのは先代、お爺さまが信頼と実績を残したおかげだと話していた気がする。鍛冶の腕が冒険者内で噂になり客が客を呼んだ。それがまだ続いているとしたら、父とお爺さまの親子2代の力でここまで大きくなった。
そのため私たち家族は衣住食に困ったことはない。
小さい頃はまだお爺さまとお父さんで工房に籠っていて、それを見学させてくれたのはお爺さまだった。お爺さまは沢山可愛がってくれた。でも工房の中は鉄を溶かす作業のためか味わったことのない灼熱地獄のようだった。
母は元冒険者。祈りは集中の矢。既に引退した身で、昔はよく父の鍛冶屋を利用していた。それはまあ冒険者だったのなら当たり前のことだけど。
母は弓矢の名手だと言われていたらしい。私が物心つく頃には引退していたから、実際に見たことはない。数々の武勇伝を聞く限りでは、まだ冒険者を続けていたとしたら、その名は冒険者の中では知らない者はいないだろう。
父親と母親は貴族と平民の、周囲からは反対された結婚だったみたい。
私が親からの愛情というものを自覚し、しばらくして
家督を継ぐのは長男である、という謎の風習が根付いている。
そのためか家族は大変喜んだ。待望の長男、だって。私は全然面白くなかった。女だって、性別がどうだって、だから家は継げない。お爺さまと父は弟子を取ろうと考えていた、最初に生まれたのは長女の私だったのだから。
それを知った日は隠れて大泣きした。
でも礼拝式で私がスミスを引き当てたのなら、私に振り向いてくれる。
それだけが残されている救い。祈りは生き方を左右し、祈りさえあれば性別は関係がない。それほど強大な力を持つ。
しかし、12歳になった私に現実は残酷であると感じさせる。
私の祈りはスミスに選ばれなかった。
両親はなぜか大喜びをしていた。あの口数の少ない父も私に向かって「よくやった」と頭を撫でた。母も涙ぐんで私を抱きしめてくれた。どこか待望していた両親の愛を、この時は私だけに注いでくれた。
これまでは弟のラシャウンに向けて愛情を全て注いでいるようにしか見えなかった。今だけは両親の愛は私のもの。でも悔しい。
そんなとき、私に向かってラシャウンは「おめでとう」だって。
私はスミスの祈りが欲しかったのになぜ祝福の言葉を向けるのか。この弟は何も知らず、産まれたときから期待され、愛情を一身に受けて。私はとても妬んでいた。その言葉は私にとっては心に棘が刺さり続ける思いだった。
この憎い弟は私より5歳年下。人の気持ちというものを学び、失敗し、それを学習し続ける年頃かもしれない。私の気持ちさえも知らずに、お前なんかに祝われたくない。
大人気ないというものを自覚していたが、私の腹の中は鉄さえも溶かすほど煮えていた。産まれながら期待されている者と、そうではない者の気持ちはお前には一生分からないだろう。
それが後押しする出来事が突然に訪れた。それは私の礼拝式を終えた数日後。
お爺さまは天命を全うし寿命を迎えた。それは天に還り、
お爺さまは天に還る間際に家族にこう伝えた。
「家督はラシャウンに継がせよ」
それが遺言。そんな言葉を最期に聞きたくはなかった。
これが運命なのだと、どこかで分かっていたが未だあがいていたつもり。
父は素直に了解し、母は店の方針には口を基本的には出さない。私の絶望の淵へと落とされた気分。
沢山工房を見せてくれてありがとう、沢山愛してくれた事もしっかり覚えている。お爺さまが生きた証は全て鍛冶屋に受け継がれているのだろう。
祈りを授かったあとは進路を決めるのが習わし。祈りを授かり、翌年の、13歳の年になると成人と呼ばれる。
そのため1年内に進路を決めなければならない。
生産家は家督を継ぐ道、外部で弟子入りし修行を積む道、学院を受験する道がある。医者や薬師、商人や生物を研究する研究家などの家柄の者も基本的に学院を受験する。
剣術や魔術を扱える武術家は聖騎士、王国兵、冒険者になるか。また勇者の見込みのある者は勇者養成学校を受験する。
その他、貴族が通う国立の貴族院もある。
ある日の食卓。
「ロジー、お前は勇者養成学校を受験しなさい」
私は父親に直接そう言われた。家族の目の前で、この憎らしい弟の目の前で、私は家督を継ぐのを諦めろと告げられた気分だった。
そのとき、この弟は何て言ったと思う?
「お姉ちゃんが家を継ぐんじゃないの?」
「ラーシャ、お前が継ぐんだ」
「お姉ちゃんは鍛冶の本とか、いっぱい読んでるよ」
この弟は目ざとく、夜な夜な私が書庫で鍛冶の本を読み漁っているのを知っていた。それを親に言って何になる?確かに両親は目を丸くしていた。
「お姉ちゃんが継げばいいと思う」
弟は家を継げる安泰なレールには乗らないつもり?私はその言葉を聞いて唖然としてしまった。
その後、弟は家督を継ぎたくないと駄々をこねて手伝いをサボったり、町中でイタズラをして回るようになった。
執着も、期待されたいと思っているのも、競っていたのも私一人だった。
この弟とウンディーネ様は重なる部分が多い。それが物凄く腹が立つ。
「勇者養成学校の入学式を執り行う」
神聖な校舎に、檀上には鮮やかな花々が飾られていた。その檀上を扇形に取り囲む座席には在校生や、講師、入学生の親などが座っていた。由緒ある学校のため、国王さえも挨拶に来るくらいだ。
「私は第26代国王ヴィルヘルム・ウルフ・ゲウィッセンハフト・アルス・ヨナス・レオン・マクシミリアン・フェリックス・パイパイ・ポンポイ・プワプワプ・パメルクラル・クラリロリ・ポップン・プルルン・プルン・ファミファミファ・ペルタンペットン・パラリラポン・ポロリン・ピュアリン・ハナハナピ・ゼロ・ナガイマンである。入学おめでとう。この学び舎を叩いた君たち。難関な入学試験に望み、優秀な成績を残した者に恵まれ多くの新入生を迎える事ができ私も大変嬉しく思う」
不敬ながらも名前も長ければ、巨人で、話も長い。途中呪文でも唱えていたの?と思うくらい。
「この国の繁栄と、平和の一端を担う君たち。我々の子孫が健やかに暮らすための力をここで学んでもらいたい。期待しているぞ」
大喝采で終えた国王の祝いのスピーチはやたら長く、時計の長針が半周回りそう。居眠りしようものなら不敬罪を言い渡され、復活するまでの間に晒し首に遭いそうで身震いして聞いていた。
「私は校長のニコラウス・フォー・ミジカイナー。私の想いは国王と共にある。以上だ」
バランスを考えて短いのか考えるのが面倒だったのか、こっちは短すぎた。
「新入生代表、ローザモンド・スリー・フェヒクンストマイスター」
「はい!」
私はここ一番声を大きく返事をした。ほかの貴族はまだしも、国王も居る目の前でするスピーチ、緊張するのも無理もない。
今ではスリー家は鍛冶屋などを営み、平民にも分け隔てなく物を売り、莫大な利益を出している。それが気に入らないと思っている者も少なくはないらしい。
この先、貴族という嫌な部分を多く見ることになるだろうと父親は言っていた。
壇上に上がり、演台に立てられた一凛の花の傍らで答辞を行う。
「祈りが咲き乱れ、心地よく射す日差しの元、天使様方の加護を受ける私たちは日々生き逝きと過ごせています。その天命を全うする日まで私たちは研鑽を重ね、この国の剣、魔術となり勇者に成長して見せます。ピリカピリララ!」
私が「ピリカピリララ!」と言った瞬間に新入生は立ち上がる。
「ポポリナペペルト!」
と新入生は合唱した。
私は胸を張り、勇者養成学校に入学した。すなわち鍛冶屋を諦め、国やまたこの世界の脅威となる物と戦うことになる。
「ローザモンド・スリー・フェヒクンストマイスター、祈りは世界。祈りに誓い、ここに宣言する」
「異世界、
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