第五話:王女と産まれたての小鹿

カン。金属が打ち付け合う音が部屋に響く。


 私はあのあと頭の中をこねくり回す勢いで重要なことを思い出すよう、考えたけれど、考えるのを辞めた。

 御覧の通り夕食は完食しこっそり置いてあったパンも持ち出し、喉を通って行った。睡眠時間も8時間しか取ることができなったんだよね、重症でしょう?

 考えすぎるのも身体に毒だ。答えの出ない問答に何の意味があるというのか、呑気にいこう。


 でもこの先、どうしようか。勇者とか目指す?なんて。

 私が大魔導士とか時魔法の使い手とか大それたものになれるとしたらビッグになる可能性はある。今はどうかと言われたら怪しい。というか今のウンディーネにそのような可能性は1つも感じられない。


カン、カン。


 とは言え、この小さな体では。これから先芽生えるのかもしれないし、何かビッグなイベントが控えているのかと思うとドキがムネムネしているのは否定しない。いたる所で活躍して、毎日自由気ままにウハウハな人生になるのかもしれない。

 よし、呑気にやろうと言ったのは撤回、やる気が出てきた。この世界の情報を収集すると決めていたし、それに集中しよう。


カン、カン、カン。


 さっきからカンカン鳴っているのは、ドスが人の部屋で剣の手入れをしているから。職人の朝は早いって、でも使用人では?早すぎる、体感6時といったところかな。というか、姫の部屋で剣の手入れしないでくれる?

 この世界にも時間を刻むという概念があって助かる。食卓にソコウンディーネの部屋にも時計があったから。


 あと日を刻む概念もある。1~12の月があり、それぞれ決まった日数。私といた世界と同じだ。カレンダーを寝る前に見たから合っているはずだ、睡魔が凄い襲ってきたから全て網羅できはしなかったけど。しかし、ウンディーネの活動限界早すぎる。


 こんな話し続けている私は何をしているのか?と聞かれると寝てる。ウンディーネが。カンカンうるさかったため、私は眠れなくなったのだ。

 というかドス、起こしてよ。


「ディーネさま、朝です」


 おおメイドさんよ、ナイス。美人で気遣いが極まっている。昨日はご飯を提供してくれたし、シャワーを浴びることもできた。


 うぅ、ん、むにゃむにゃ。とあと5分と言いそうな勢い。

 おーい起きてウンディーネ。こうして天井見上げているだけなのは流石にもう飽きた。


 あ、この時に決まっていうセリフを忘れていた。「知らない天井だ」って。


「あら、起きていたのね。偉いわ、ディーネちゃん」


 胸!?胸!!胸胸胸胸!Ah~真夏の~♪と言わんばかりに見下ろしてきたルサールカのファビュラスなソレが、私の顔に影を作る。胸囲の格差社会、自分の胸を見て母親の胸を見る。くっ・・・。


 でも朝から良い物を見た気がする。ウンディーネの母親は、私の母親であるのか。未だ肉体に精神が宿りきれていないから、少し私的には気まずい。


ピチャ・・・。


 私は鼻の違和感を覚え、手で拭う。鼻からは血が出ていた。鼻血だ。見ればわかるが、それを確認してしまったばかり何故か滝のように血が零れ出てくる。やばいやばい、こんな事あり得な・・・い・・・・。


 もはやお馴染みになってきた天空の上り儀式。はやく女体出てきて、遅い。そんなこんなで惨事となった私の寝室を見下すように包まれてしまった。

 死因:出血多量。


魅惑耐性を手に入れた。

(翻弄してくる魅惑攻撃に効くよ)


 元の原因のやつが欲しい!と私は見慣れた台座で目が覚めた。横にはルサールカが手を握っていた。


「おはよう。か、母さま」

「まあ、朝の挨拶ができて偉いわ」


 むぎゅりと私を抱きしめてきた。私というかウンディーネ。もうややこしくなってきたから私で良いか。それよりも奥さんのセクシーダイナマイトが当たっています、やめてください。また死んじゃう。


「ほら、朝ごはんができているわ。今日はディーネちゃんが好きなハムとチーズのバゲットサンドよ」


 私が恥ずかしそうに腰を引くと、「まあ恥ずかしがり屋さんね」と笑顔をこちらに向ける。そりゃ恥ずかしいに決まってる。

 それにしても、朝ごはんは悪くなさそう。こういった世界での基準はまだ分からない点が多いけど、人並みにご飯を食べられるのは安心。高価なのか普通なのか分からないが頂こう。


 私と母親は食卓へ戻った。歩く1歩1歩でルサールカのプッチンプリンが揺れ、これを毎日見るのかと思うと年頃の男ではないが、刺激的。執事たちはそれをガン見している。気持ちは分からないでもないが、不敬な目。


 食卓へ着くと、ルサールカが言った通りやや噛み応えのありそうなバゲットにハムとチーズ、胡瓜きゅうりが挟んである。パリパリとした表皮のバゲットは塩味、それにハムチーズが口の中に広がり、朝から優雅な時間を過ごせた。

 私は喉に詰まらせないよう細心の注意を払った。


 ゆっくりと朝ごはんを平らげ、それをニコニコと眺めていたルサールカが開口する。


「今日はお利口さんに綺麗に食べられましたね」

「うるさい、ババア!」


 またこれだ。私の意と反する言葉を言うのを辞めて頂きたい。遺憾の意。これを言ってみたかった。使い所は違うと心の中でツッコミを入れ、母親の顔を見ると「元気でいいわねえ」と言いたそうな顔をしている。この母親は私を甘やかし過ぎている気がした。

 この返しばかりで申し訳ない気持ちもあり、返答の検討を加速する。



「う、うっそぴょ~ん」



 場の空気が凍った。母親の顔も凍った。私の心も凍った。

 だってずっと1人歴の方が長いし?とは言え、私の実家にも家族はいたが放任主義みたいな両親と、あまり話さなくなった双子妹が居たくらい。コミュ力と呼ばれるものは全国平均以下と自負している。こういう時に進研ゼミコミュ力講座をやっておけば良かったと思った。そんなの無いけど。


 き、気まずい空気。今ここで死にたい!いや死にたくない。

 そんな空気の中で勢いよく食卓の扉を開ける救世主が!

 頼れるものは父親だと私はその筋肉に飛び込もうと助走をつける。私の助け舟になり、今この空気を変えることが出来るのは頼れる男、いや国を背負うお父様!愛する国王様と呼ばせてください!



むにょん。



 うん?こんなスライムの様な部位、あの父親にあったか?ふとそのスライムから見上げてみると金髪の美人が立っていた。ううん?母親の妹?私は咄嗟に記憶の引き出しを開ける。


私の師匠だった。剣の稽古に魔法の稽古、勉強など、ぶべら!!!


「いつまでくっついて居るのよ」


 その細身からどうやったら出る?くらいの凄まじいDPSの殴りを見せた。

 一撃ワンパンお姉さんの登場。私は腹部を抑え、机に持たれながらも立ち上がる。


殴打耐性が発動しました。貫通されました。


使えない!


 それで、よくも私を殴ったわね、不敬だ不敬だ、私は御姫様だからね!


 そんな目線もピクりともしない、ローザモンド・スリー・フェヒクンストマイスター。ゴリラの16歳みたい。間違えた、私の師匠。


「あらあら、師弟仲良しね」

「僭越ながら、どこがですか、王妃様」


 ツッコミの早さも流石だ。そしてドスンドスンと大きな足音を立て、ローザモンドが私に近づいてくる。顔つきはかなり美人だが、どこが冷酷な目をしているように感じ取れる。腰には高価そうな装飾の剣をぶら下げている。


「ロジー、お迎えありがとね」

「いえ、これが私の役目ですから」


 師匠は母親と仲良さげに話している。

 記憶の引き出しの隅っこに情報が残っていたのだが、ローザモンドは勇者養成学校に通っているみたいだ。そんなもの量産していいの?


「ディーネ様、どうして立てるの?」

「うるせーババア!」


 私のボキャブラリーが無さ過ぎて、私が困る。この先ズタズタにされるに決まってる。確定事項だ、既にローザモンドは腰に携える剣に手を伸ばしかけている。異世界生活をはじめて私はいったい何回死ぬハメに・・・。


「う、うっそぴょ~ん」


 お、終わった・・・。私も大概だった。次は何の耐性を貰えるんだろうか・・・。 


あれ、私、死んだ?


 咄嗟に目を閉じた私は、今生きているのか死んでいるのか分からない。痛みも何もない、死というのはこんなにも清々しかったのか・・・。


ぷっ。


 何だか不思議な音が聞こえた。天使が放屁でもしたのかな。

 私は徐々に目を開いてく、薄目では金髪美女が2人いる。天使は金髪だったのか、と思い身を委ねよう。そうしよう。開眼するとそこには紅潮し笑いを堪えるローザモンドがいた。かましてやる、このチャンスに。


「うっそぴょ~ん」


 アハハ!!と豪快に笑うローザモンド。脚がプルプルと震え産まれたての小鹿のように、そして地面に伏してしまった。ふっ、この勝負は私の勝ちだぜ。



ところで、この人は何のためにここに来たの?

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