第四話:王女と腐った牛乳の臭い

 物置部屋に閉じ込められている。異世界に来て最初にまともにしたことは、この部屋で軟禁されたことかもしれない。


 なぜ?と聞かれるとお仕置きみたいだよ。私は何もしていないけれど、ウンディーネがやった。


 扉は癒着しガタガタ鳴るだけで、開きそうにもない。


 この近年嗅いだことのないカビの臭いというか、小学校の掃除道具入れの中の臭いに近い。掃除道具入れって腐った牛乳みたいな臭いするヤツあるよね。


「これが異世界での新生活のはじまりかあ・・・」


 独り言は外から響く、足音に掻き消される。やたら隣の部屋に出入りする人が多いんだけど、何してるんだろう。


 そう思うも、聞き耳立てる趣味もなければ、そんなに興味もないので私はこの部屋で静かに座っている。誰も邪魔される事もないから情報を整理しよう。


 小さくなった腕を組み、この部屋の周辺について。


 連れ込まれた先の部屋は王様の執務室の隣にある、物置部屋。周りを見ると古い書類が大半を占めている。

 そして記憶上ではお転婆して計131回巨人にぶっ飛ばされ死んでいる。


 あれ・・・国王執務室の扉を破壊して登場した巨人。あれが父親で、それが国王ってことは、私の身分は王女?


 少しこの話は置いておいて精査しよう。そしてここが何なのかというと私の、ウンディーネの、家だった。家というか王城?


 あれ、やっぱり王女じゃん私。


 話は置いておけなかった。

 面倒なことにウンディーネの記憶の棚を1つ1つ開けていくと理解できる感覚。その行為をすることでウンディーネの記憶が流れ込んでくる。最初からポンと把握できないものか・・・。


 そんな途方もない作業を目前に文句を漏らす。


 短くなった足を組み、出会った人物のことをおさらいした。


 私が異世界こちらに飛ばされた時に出会った少年2人。名前はノームとシルフ。私を殴ったのがノーム、それに隠れていたのがシルフ。


 ウンディーネは日常的にシルフにイタズラをし、それをノームが助けるという一連の流れ。記憶が次々と露わになり、日ごろの行いでノームとはよく喧嘩していたみたいだ。


そもそもノーム、シルフは私の兄にあたる。


 そして、ドスとチャカ。この小物2人は使用人見習い。

 ドスは東諸島帝国という国発祥の刀剣を売っている商人の息子だったが事業は失敗し、両親は王城で住み込みで働いているようだ。チャカは狩猟銃を主に扱う銃砲屋の息子だったが・・・この流れは同じで、両親とも王城で働いている。


「ディーネちゃ~ん、反省した?お父さんにごめんなさいはしたの?」


 げ、予想外にも早々に邪魔が。


 私を閉じ込めている、開かずの扉の向こう側から女性の声がする。ここで記憶の引き出しを開いてみようか。声の正体は…。


 ガチャと音を立て扉が開く、そして現れたのはOh…金髪美女。歩く度にダイナマイトなバストをぷるんぷるんさせている。私は女性だけれど、その魅惑的なメロンを凝視。凝視しているうちに記憶の引き出しに成功。母親だった。父親、巨乳好きだね。 


 名前はルサールカ。日本人以外の年齢って見た目で区別し難い。日本人にも美魔女というチート持ちもいるそうだけど。


 説明するまでもないが、ディーネは愛称に当たる。


「どうしたのディーネちゃん、固まって。ここに居たら体が冷えちゃうわ」

「うるさい、ババア!」


 え、ちょっと待ってくれる?口が勝手に動いたんですけど。私はこんな美女にババアって言わないよ?本当だよ?というか王妃、ノリ軽い。


「まあ、ディーネちゃんったらババアですって」

「褒め言葉じゃないよ」


 あれ、次は私が思った言葉がそのまま出た。これはウンディーネの自我が出ているの?これは相当やりづらい、今後何かに不都合がおきなければいいけど。


「ほら、こんなカビ臭いところから出ましょ」


 ルサールカというか、母親が手を握りしめ私を連れ出す。

 監禁されていた部屋を出ると、思いっきり「物置」なんて書いてある。


「あの親父め~こんな所に我が子を閉じ込めるなんて」

 

 久方ぶりの新鮮な空気を吸い込み、落ち着きを取り戻そうとしている所を見たルサールカはくすくす、と笑っている。


(臭っ・・・!なんの臭い?)


 物置の外はインクが焦げたような臭いが充満しており、カビ臭いからインクが焦げた臭いに早変わり。

 しかし、それはどこか懐かしくも身体が慣れているように感じた。これは根底にあるウンディーネという人の身に私が順応し始めてるのかもしれない。


 改めて、明るくなったところで私の手足を確認するも、やはり小さい。


(ちょっとまだ違和感が・・・あれ・・・)


 ふと私の視界が歪み、私はその場で膝を突いた。捲れたスカートを気にしている場合じゃないけど、こういう時に頭痛が痛いと言うべき?

 ああ、やばいやばい、バカ苦しくなってきた、息を吸い込むたびにヒューと喉を鳴らす。


「ディーネちゃん!?」


 ルサールカが話しかけてくるも返事をする余裕はない。

 咳が収まらず咳をするたびに、倦怠感が増し悪寒が急速に全身を震えさせる。止まらない咳、喉に圧迫感を覚え、身体が拒否反応を起こし吐き出すと血痰が床に散らばる。それを見た私は意識を失い死亡した。


 もう3回目だよ、とうんざりした私は天空に浮かんでいく途中でテンションが下がっていく。異世界カビ強すぎ。

 巨大な女体に吸い込まれていく、早く吸い込んで。

 死因:レジオネラ肺炎。


呼吸持久力アップを手に入れた。

(水泳に役に立つよ)


 さっきから使え無さそうなものばっかりじゃない?


 * * *


ドンッ。


「ディーネ!!!!!」


 盛大な扉開け、花嫁でも攫って行くかのような勢いだ。 

 うわ、出た暑苦しそうな巨人こと、国王。汗で程よく光っている御髪を後ろからレギーナはあらあらまあまあ、と見惚れている。


 巨人がのしのしと入室するとすぐに狭苦しい部屋に早変わりした。


「明日は手伝いから逃げるなよ、わかったな」

「知らないよ、ジジイ!」


 また口が勝手に動いた。ふざけんなウンディーネ、どう頑張っても勝てないでしょ、巨人国王に。これでぶん殴られるときは、あなたを許さない。

 この厄介なものは何なのか、これをどうにかしないと満足に新生活を送れない。というか死んで戻ったんだから心配はしてくれてもいいんじゃない。


「わかったな?」


 と国王は私の肩に重く手を置いた。


「はい」


 この返事は、もはや私の意思なのかウンディーネの意思かわからない。


「あら、ディーネちゃん良い返事だわ」


 私の返事を聞いてレギーナは目を輝かせてこちらを見て来る。こっち見んな。眩しい、バルスでも受けたのように根暗な私は直視できない。


 くう・・・。

 ズシりと重い肩ポンをされたら咄嗟に「はい」と答えてしまうでしょ。日本人は基本イエスマンだが、この重圧を感じノーと拒否できるのはガッデムしてる奴らだけ。


 だが、この世界を知らない私が外出、一回一回記憶の引き出しを探っていても前方不注意やら何やらで死に、台座から目覚めては~と堂々巡りになりそう。明日は手伝いをしてるフリをしながらの情報収集としよう。そうしよう。また死ぬのはごめんだからね。


(あれ・・・・。)


ふと私は気付いたことがあった。


 私はウンディーネで、本当の私の身体はどこ?あの教室に置きっぱなしになっているのでは?あの有象無象のクラスメイトや妹は姿を消したということは・・・こちらの世界に自分の身体で来ている可能性が高い。


 私の身体と魂が別々になってどこかに保管されているのなら良いのだが、そうでなければ今頃は事故物件、もとい事故教室になっているのかも。


・・・それよりも何か大切なことを忘れているような。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る