第5話
僕らは店を出た。店からコンビニまでは1分もかからない。この道をまっすぐ歩いていくと右側に目指すコンビニがある。更に3、4分この道をまっすぐ歩くと、左側に小さな古いビルがあり、その5階が僕の家だ。でも、そのことは彼女には言いたくない。彼女に変に警戒されたくない。この昭和のドラマみたいな展開を大切にしたい。
ここのコンビニの店員の顔は大体覚えているが、店長を除いて、どの店員もやる気がイマイチだ。僕らは酒が陳列されている大型の冷蔵庫にまっすぐに向かった。普段は、レモンの酎ハイか国内大手メーカーのメジャー銘柄ビールしか買わないので知らなかったが、こんなにも酒の種類が多かったとは。見たことのない銘柄がたくさん陳列されている。普段いかに見ていなかったか、軽いカルチャーショックを受けた。
「あった! これです。このクラフトビールが美味しいんですよ」
彼女は嬉しそうに手にとって、僕に手渡した。
「へぇ。どんな味なんですか?」
冷えた缶ビールを持ちながら、彼女に聞いた。
「インディアンペールエールというホップがたくさん入っているビールです。苦味が少し強めなんですが、フルーティーな味なんです。嫌な苦味ではないので、苦いのがお嫌いでなければお薦めです」
苦さとフルーティーさがどう両立するのか、全く想像ができなかったが、これまで彼女が薦めてくれたビールに間違いはなかった。ビール伝道女子に委ねよう。
「いいですね。じゃあ、これを2缶買いましょう! 僕が出します」
「えっ、あっ、ありがとうございます。でも、どこで飲むんですか」
彼女は同じビールをもう1缶、大型の冷蔵庫から取り出しながら、僕に手渡した。
「任せてください!」
僕は彼女が選んだビール2缶をレジに置いた。いつも通り覇気のない店員だ。
任せてください、と勢い余って言ってはみたものの、大丈夫だろうか。急に不安になったきた。僕がこれから彼女を連れて行こうとしている場所は、僕のお気に入りの場所ではある。しかし、彼女が気に入るかどうかはまた別の話だ。まぁ、いい。彼女ががっかりしたら、謝って、駅まで送って帰れば良い。
缶ビールが入った小さなビニール袋を持ちながら、僕らはコンビニの前の道をまっすぐ歩いた。
「この辺り、お詳しいんですか?」
いきなり積極的に動き出した僕を見てそう思ったのか、彼女が聞いてきた。
「僕、この辺地元なんですよ」
言ってしまった…警戒されたくないので言わないようにしていたが、あっさり言ってしまった。
「ご自宅が近いんですね」
「はい、結構近いんですよ」
十字路に差し掛かかったので、左折すると正面は橋だ。隅田川に架かる橋は夜になるとライトアップされる。この辺りにある橋は、それぞれ赤、水色、緑、黄色と色が
異なる。そして、夜になると、それぞれの橋の色をテーマにしたライトアップがされる。
僕らは、橋のたもとにある階段を降りた。この階段から川沿いの遊歩道につながる。川沿いに来ると、体感温度が少し低くなった気がする。見上げると真っ黒な空だ。真っ黒い画用紙をペタッと貼ったような空だ。一方で、目の前に見える川の色は真っ黒ではない。川にはライトアップされた橋の光が反射している。それに、首都高から届く光や遊歩道の街頭の光も重なっている。川には細かな川波がゆっくりと揺れているので動きがある。一筋一筋の川波に光が反射しているので、川面にキラキラと光の筋がたゆたっている。
川の上流に視線を移すと隅田川に架かる赤い橋が見える。吾妻橋だ。吾妻橋のすぐ右側には、アサヒビールの金色の炎のオブジェが輝いている。昼間も目立つが、夜は黒い空にオブジェの金色がよりくっきりと目立つ。さらに、右側に視線を移すとスカイツリーがある。何と贅沢な組み合わせなのだろう。この景色を視界に一度に収めることができる。毎日見ている景色ではあるが、全く飽きない。
僕の一番好きな場所だ。
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